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スキルはないけどジョブチェンジ

作者: 風見鶏

「あのー!すみませんー!ジョブチェンジはこちらでいいですかー!」


クラッシックな風合いといえば聞こえはよいが、正直かなりボロい今どき珍しい木製のカウンターだった。ルクスは大声で奥にいるだろう担当者に呼びかけた。


「はぁい!今行きます!」


お役人とは思えない気軽な返事に内心驚きながら、ルクスは封筒から書類をそっと取り出すと、カウンターの上に置いた。

その書類の1番上に小さく書かれた文字は「ジョブチェンジ申請書」である。







ルクスは今朝早く、彼の住むシンシアシティにおいて行政、金融、司法などの集まる中央区エストに存在するジョブ登録センターに向かって家を出た。

胸には新たな希望と野望、手には夢への切符ともいえる書き込み済みの書類が入った茶封筒。

センターは昨年度にリニューアルしたばかりのシティ1番の超高層ビルドだ。

メトロを乗り継いで久しぶりに中央区にやってきたルクスは、駅から通路の案内を見ながらビルドにたどり着き、その天空にそそり立つ輝くビルドを口をポカンと開けて見上げた。


「なんて高さだい」


表通りに面したセンターの正面玄関の大きなドアを前にして、描かれた大きな魔法陣に目を見張る。


「なんてどでかい魔法陣だよ…。これ維持するのにどれだけ魔法力がいるのか…」


クリスタルのドアに手をかざすと、キンと小さな音を立てて魔法陣がわずかに光る。ドアは音もなく左右に開き、ルクスはビルドに足を踏み入れた。

中央吹き抜けのビルドを見あげれば、あらゆるフロアに人々がせわしなく行き交っていた。

様々な言語が遠くから近くからざわざわと波のように聞こえる。


「よしっ!」


ルクスは意気揚々と大股で歩いて、入口左手にあったインフォメーションカウンター正面に立ち、今日の受付担任アンドロイド受付嬢ににっと笑った。


「ジョブチェンジの手続きは何番だい?」


センターの中においては少々大きめなルクスの声とその内容に、表情筋などないはずの受付嬢は眉をひそめたような表情でルクスを見上げた。


「変更のお手続き窓口はこちらのビルドではございませんので、中央通路つきあたり奥の出口から出られてすぐの隣の東棟、旧センターでお願いいたします」

「えっ、登録はここで手続きしたのに?」


無機質な声の中に何故かつっけんどんな雰囲気を含んだ受付嬢の対応に、ルクスはまた大きめな声で疑問を口にした。


「登録はこちらで受付ますが、チェンジは」

「あー、あ、はいはい。分かりました。あっちの出口ね」


さっさと歩き出したルクスは早足で出口に向かった。

早く目的を達成せねば。

もっとインフォメーションをもっとわかりやすくするようシティのネットワーク掲示板に意見しておこう。



シンシアシティはミネヴァ王国の第五首都であり、ミネヴァの中でもかなり大きな町だ。ルクスの済むヨー区は農家と住宅以外には小さな工場、料理屋、商店などがひしめく田舎以上都会未満な町(ルクス談)で、中央区エストとは人口も何もかもが桁違いだ。


ミネヴァにはルクスのようなヒューマンやセンターの受付嬢のようなアンドロイド、他の星からやってきた様々な生体を持つスペースィアン、とあらゆる人々が住んでいるが、みな『生まれ持った自分のスキルからひとつを選択し、それをもとに16才になった時に自ら申請したジョブで生涯の糧を得る』という王法に従って仕事についている。

転居してきたものは転入届と同時にジョブの申請を行う。

正確に言えばアンドロイドはオーナーがそのジョブに必要なスキルをオーダーしてチューンナップされて仕上がるし、脳や手足を複数使いこなすスペースィアンなどは複数のスキルとジョブを保持していたりするのだが、あくまでそれらは例外である。


ヒューマンはだいたいのものは2つのスキルを持って生まれる。

スキルは父と母から受け継ぐものなのだ。だから両親ともスキル1つ持ちで同じスキルであれば受け継がれるのは少なくなり1つ、多いもので3つか4つとなる。

王族など高位魔力を代々受け継ぐ家系はもっと複数のスキルを持って生まれると伝え聞くが、ルクスにはあまり興味のないことであった。


ジョブに必要なスキルは、そのジョブに携わり日々の労働を重ねると少しづつレベルアップし、特殊スキルや上位スキルにランクアップする。

スキルをランクアップさせるには特殊な訓練や学習が必要であるのが通常である。

もともとスキルレベルが通常の人より上がりやすい人々もいて、それはプラススキルと呼ばれ、人々からは『プラス持ち』と呼ばれる。

生まれてすぐの病院で、健康診断とともに行われるスキルチェックで我が子のスキルにプラスがあった親は大喜びだ。将来の成功は約束されたようなものだから。


一旦登録したジョブを変更することは、ミネヴァではほとんどありえないのだった。








カウンターの奥からガタンとか「きゃぁぁ!」とかバザバサっとかいろんな声や音がして、ルクスはだまってしばらく待った。


「お待たせしました。ジョブチェンジ申請担任のトゥルと申します」


カウンター向こうに少し慌てたように現れたのは、シンシアシティではあまり見かけないライトブラウンの肌と緑の髪の色を持った女性であった。ニコニコしたトゥルをポカンとして見てしまっていたのに気がついて、ルクスはぶるぶる頭を振って、カウンターに置いた申請書をぐいっと奥に突き出した。


「ジョブチェンジの申請書を持ってきました!」

「はい、書類は記入済みですね。拝見します」


手に取った書類を上から順番に指差して確認していたトゥルの指はある項目でピタリと止まった。


「…今のこちらのジョブからこちらのジョブにジョブチェンジですか?お間違いないでしょうか?」

「間違いないです!」

「しかし」


トゥルは困惑の表情でルクスを見る。

申し訳ない書き間違えました、と言われるべき内容だとトゥルは思う。

1年にほとんど申請がないこの部署に配属されてから数年、この書類を見たことはまだ両手に足りないほどだ。

しかし、こんな荒唐無稽と言ってしまってよいような申請内容は初めてだった。


(ありえないわ…どうしよう…でも内容に不備があるわけではないし…)


困り切ってチラと見た肝心の目の前の青年はキラキラした目でトゥルを見つめるだけだ。


「マジカルエンジニアから料理人にジョブチェンジ、ですか?」


マジカルエンジニアとはこの国では希少なジョブであり、ジョブチェンジでクラスアップする者さえ極わずかなジョブなのだ。

人々の夢であった魔法と科学の完全なる融合は、他の惑星からもたらされた未知の技術によって叶うこととなった。

歴代の偉大な魔法使いによって作り出され人々に伝わった魔法道具と科学文明の融合により、人々の生活はいっそう豊かになり、文明のもたらす問題は解決へと近づくと大いに期待された。

枯渇が叫ばれていた魔法石によるエネルギー問題だが、近年ついに夢のハイブリッドシステム『エアリアル』が実用化に向けて動き出した、と国の研究機関から発表があったのは先月のことだったか。大々的に報道されたニュースによると、国内から選抜されたマジカルエンジニアにより開発が進められていたのだそうだ。

プロジェクトを率いていたのはまだ青年だが大変優秀であるとそのニュースで言っていた。

マジカルエンジニアは世界の新しい技術者として国が大事に保護していたはず。



「料理人になって焼肉屋をやるんです!」

「ゼロスキルからマジカルエンジニアのスキルをゲットしたのに、それを放棄して料理人に…?」

「はい!」


信じられない瞬間を見ているとなかば呆然としたトゥルは、それでも役所に勤めるものとしてきちんと書類を確認し、不備がないのを確認してから受理のスタンプを押した。

シティで使われるマジカルアイテムのスタンプは、申請の書類に受理印を押すと魔法の力によりシティやミネヴァに情報登録される。その後サイエンスエンジニア達が一括管理する『ミネヴァ王国国民情報管理センター』で厳重に管理されるのだ。


「素敵なジョブチェンジを」

「ありがとう!」


トゥルがお決まりの声をかけると、太陽のように笑う青年は軽やかに旧センターの古いドアをギギっと音を立て手動で押して出ていった。


「はぁ…よかったのかしら…」


トゥルはため息をつきながら手にした書類をもう1度まじまじと見た。


広大なミネヴァ王国の国内にほんの数十人と聞くマジカルエンジニアが今、1人いなくなってしまったのだ。

自分がその受理のスタンプを押した。

何となく国の未来に大きな影響を与えてしまったような気がして、責任をちらと感じる。


「ゼロスキルでマジカルエンジニアなんて…そんなひと、本当にいるんだわ…」


旧センターからルクスが去ったあとにはこの国を揺るがす書類を受理した担当者以外には人影もなく、トゥルのつぶやきは誰にも拾われることないままだった。

トゥルは夢を見たままのような心持ちで再びカウンターから部屋の奥に戻り、ルクスが来る前の作業を再開した。

もともと1年に数枚あるかないかの申請書を待つだけの部署に専任の担当者など置いてあるわけはなく、トゥルはある部署の掛け持ちなのだ。


ルクスはプラス持ちよりも少ない『ゼロスキル』、生まれつきのスキルを持たないヒューマンだった。


何故焼肉屋なのか?それは焼肉は美味しいからという以外にない。ルクスはそう思うのだ。


晴れやかな表情で再び巨大なビルドを見上げてルクスは叫んだ。


「美味い焼き肉を食うために頑張るぞー!!」


焼肉屋になれば毎日美味い焼き肉が食べ放題だとルクスは思っていた。

実は焼肉屋はそんなに美味い焼き肉を毎日毎日もりもり食べていたりはしないのだが、それをルクスが知るのは紆余曲折あって晴れてルクスが料理人となり、ヨー区にオープンさせた焼肉屋がありがたくも大繁盛して、てんてこ舞いになってからなのである。




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