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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
97/505

第96衝 圏外の鑑連

 臼杵の吉岡邸。


「おい、面会だ」

「……はっ!戸次様!良くお越しくださいました!」


 いつもの門番、前回兄が鑑連にはっ倒されたのを見ているためか、歴戦の兵士の如き敬礼で出迎える。が、


「申し訳ありません!本日、主人は城で政務を行なっております!」

「戻らないのか」

「かなり遅くなると思われます、はい!」

「まあ、待つか」

「あ、あのっ!」

「何だ」


 言いにくそうに、しかし動揺に震えて門番が口を開く。


「恐らく、かなり遅くなるはずです……」

「理由は」


 実に冷たく問う鑑連に、恐る恐る、言葉を、選びながら、発言を、する門番。


「主人長増が……宗麟様に申告したき内容があるとかで……」

「申告だと?」

「……最近宗麟様が……その……良からぬ風俗に染まっているとか……それをその」

「はっきり言え。また同じ目にあいたいか」


 いきなりビシッと直立した門番。今度は平伏してハキハキ述べる。彼自身、鑑連の被害について心の恐怖になっている様子。


「はっははっ!宗麟様が芸者遊びに現を抜かしており、外聞が良くないためこれを諌めるために諫言申し上げるため、主人長増は本日は遅くなる、と申しておりました!」

「芸者遊びだと?初耳だな。第一、これまで吉岡が義鎮公を諌めた事があったか。自由に遊ばせていたではないか、何を今更」

「私も詳細までは存じません、はい!」

「チッ、城へ行くか。備中来い」


 相手をまるで省みない鑑連の態度を門番に無言で詫びながら去る備中。そんな主従を前にやはり胸で南蛮の作法をする門番。振る舞いはどうしてなかなかしぶとい奴だ、と備中密かに感心して、吉岡邸を後にする。



 臼杵城。


「吉岡殿」

「これは鑑連殿。登城とは珍しい」

「話は貴宅の門番に聞いた。義鎮公が芸者遊びだと」

「その通り」

「好きにやらせておけば良いのでは?」

「今回はダメだ。将軍家のお使者とともに来た堺の芸者なのだが、出資者は毛利元就らしくてな。足元を見られては堪らん」

「ほう……クックックッ、安芸勢の首領は凄いな。いや、色々手を打ってくる。ワシらも見習わねば……それで、諫言の効果はいかほどか?」

「ダメだね。聞く耳をお持ちでない。前にほら、そなたが始末した猿丸太夫だが、あれにそなたを嗾しかけたのはわしだという噂が耳に届いたらしくてな」

「ほうほう!それで」

「わしにも実に冷たい。妙な噂を流したのは、そなたの近習どもではあるまいな」


 吉岡、備中を見ずして備中に疑いをかけるが、


「市井の噂話が耳に届くような人物ではないでしょう」


と鑑連が突き放した回答をするに及び、苦笑して備中を見る。そして軽く会釈をしてくれたので、備中、片膝をついたまま頭を下げた。そして、そんな噂が流れるとは天は確かな目と耳と口を持っていると確信する備中。


「その芸者、間者ですかな」

「ワカらんが時期が悪い。どうであろうとも遠ざけねば」

「芸者の逗留予定は?」

「まあ義鎮公次第だろう」

「ここは毛利元就の間者と断定して話を進めよう。長逗留であれば引き出した情報を草の者に伝えるのだろう。その草の者を斬ってしまおう」

「鑑連殿、そなたに任せてもよいか」

「承知した。これからも諫言を続けるのですかな」

「まあねえ」

「それなら間に田原民部を通しては?この件でも腹を立てているのであれば」

「気が進まんな。代わりに田原民部の老中就任に同意せよ、と迫ってくるのは目に見えている」

「それを言わせるための芸者遊びではありませんかな。将軍家との折衝で多忙なこの時期、吉岡殿を困らせる理由など他にないでしょう」

「それも考えんでもなかったが……それに本当に女に狂っている可能性もある」

「それなら当家の女遊びの達人の知恵を借りて見ますか」

「誰?まさか志賀安房守?」

「その通り」

「親父の方?倅の方?」

「親父」

「ダメダメ。あれは素人専家だから芸者など好かんはず」

「だから素人娘を送り込ませるのですよ。純朴さによって強かな芸者を追いやるのです」

「そなたは女遊びに心を傾けた事が無いと見える。素人里山娘と大都会玄人芸者、両雌並べば誰だって玄人芸者をとる」

「なら志賀殿は?」

「あれは変態じゃから」

「ほほう、そういうものですかな」


 大国豊後の老中筆頭と次席がこんなおかしな会話を繰り広げていることに、頭がおかしくなりそうな森下備中。話は終わりそうだった。


「それでは、ワシは草の者の排除にあたろう。吉岡殿もご健闘されたし」

「はあああ、そなたも。備中、ではな」


 吉岡と離れ歩む鑑連について行く備中。久々に鑑連の太鼓を叩いて見る気になる。それ


「殿、間者退治ですな!」

「……」

「重要な任務ですな!」

「……」

「早速、その手の者を手配いたします!」

「……」


 反応の無い鑑連に、言葉を間違えたか、と戦慄する備中。


「備中」

「はっ!」

「吉岡ジジイをどう思った?」

「え……はっ!」


 どう思った、とは言葉の通りの質問なのだろう。ここは見たままが正解だと判断した備中、


「いささかお疲れのご様子かと……」

「そうだな」


 おお!当たりだ!と備中歓びを噛みしめる。


「判断力が鈍ってるな。全ては義鎮の謀だろうにな……老いとはこのようなものなのか。いずれやってくるその日に備えて、日々精神を鍛え上げなければならん」


 まぐれ当たりに肩を落とす備中だが、鑑連の背中は少し淋しげであった気がした。


「殿、草の者を退治するのであれば、左衛門が適任かと存じますが……」


 事実、内田は剣の腕が立ち、ねちっこくしつこく執念深い。鑑連の栄達のため、という理由があれば、笑顔で何でもこなせる男だった。が、鑑連はつれなく、


「いらん」

「はっ……」

「次同じ事をヌカしたら……」

「っ!ははっ!はっ!承知しております!はい!」

「ならいい。それよりも志賀と話をしたい。手配せよ。確か肥後から戻ってきている筈だ」

「志賀……」

「親父の方だ」

「さ、前の安房守様ですね。かしこまりました」


 この時の備中には主人が何のため志賀前安房守との会談を期待しているか、まるでワカらなかった。確かに吉岡との会話でそれらしい話は出たが、鑑連がそれを実践するとは全くの予想外であったためだ。



 調べてみると、志賀前安房守は府内に居ると言う。鑑連に伝えると、


「こちらから出向こう。この手の話は、臼杵よりも府内の方が適している」


と、備中に段取りを命じた。

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