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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第95衝 果報の鑑連

 鑑連が門司城から引き上げてから季節が過ぎる。


 鑑連は豊後の政治中枢である臼杵の城において、執務を執る日々が続いている。安芸勢との和睦は未だ締結されていないが、条件の交渉などの模索が為されている。主に老中筆頭の吉岡長増の線に沿って。


 だが、鑑連は今や大友家における軍事上の最高実力者である。目下無敗であり、先の戦いにおける独断専行が安芸勢に対する強力な抑止力となった事は誰もが認めるところである。現在の老中は、以下の通りで、


 吉岡長増 筆頭、万事担当

 戸次鑑連 粛正担当

 臼杵鑑速 筑前、筑後担当

 田原親宏 豊前担当

 志賀親度 豊後南郡、肥後担当


 吉岡家と臼杵家が外交を、鑑連と田原家が軍事を担っていることから、外交に重きを置いている。これは戦争より交渉に秀でていた大友家の伝統に拠るのだろう。この中で、鑑連がどのような役割を果たすことができるのか、世人は大いに注視し関心を寄せているのである……


「よし、こんなところか」


 門司の戦から戻ってきた後、備中は鑑連の事跡について記録を残しはじめていた。仕事柄文章を作成する事が多いため、余暇にもそれが侵食してくるのだが、これは自身の息子達の教育のためにも良いだろう、との考えに至り、記録に残すべきではない闇の事跡については控えながらも公平を心がけて章を物していた。


 早朝、それを為した後、出仕する。この頃の戸次邸ではもはや戦友となっている幹部連の姿を見る事は少ない。


 戸次弟は長引いた戦役の負担を慮った鑑連の命令で領地を巡り領民の慰撫を行なっていたし、それでいて由布は次の戦いに備えて戸次隊の整備に忙しかった。


「働き手不在の期間が長引いた村では収穫に些か不備が見受けられ候」

「当家が勇名のため募兵が活発に行われ候わば、未経験者の編入には別途対策が必要と考えられ候」


 これらの内政的な文書は備中の手から戸次叔父へ委ねられる。鑑連は内政については戸次叔父に多くの部分を委ねており、戸次叔父はその案件を内政専門の幹部と話し合って案をまとめ、鑑連の決裁を得る。それから始めて施策が行われる。


 現在進行形の戦絡みの文書は、近習筆頭の内田の手に渡るようになっている。


「えー、企救郡門司城、松山城、依然代わり無しだが兵糧物資運び込まれ候……安東様の書状か。これは左衛門行きだな……左衛門。そっちの確認の書状が混ざっていたよ、はい」

「あ……内容は読んだか」

「まあ、そりゃ」

「これは私の範疇の仕事だ。他言無用で」

「はいはい……」

「備中、依然近習筆頭は……」

「ええ、ええ。承知してますよ。候、候……」


 内田は軍事上の情報について、戸次叔父へ通す事もあるが、不在や多忙な時は、直接鑑連へ伝える事も許されていた。軍事を重視する鑑連の性格に拠る処理の流れであったが、内田の自尊心の源泉にもなっていた。場合によっては一門衆をすっ飛ばして鑑連に話を持っていけるのだから。


「うっ。そうか、こんな事があったとは……」

「どうしたの?」

「……お前には話さない」

「それ、十時様からの文書だよね」

「うるさいな。殿にお伝えするのが何よりも優先される案件だ」


 そう言って内田は事務所を退出していった。近習筆頭の内田の対抗心に疲れる所がないでもない備中だが、


「あっ、これは立花様からの……」


 稀に自分宛に私信が来る事もある。私信と言っても立花山城の城主であるからどうしても公的な文書の性質を備えるが、胸襟を開いた文章になっている事もあるのだ。立花様との淡い思い出を脳裏に浮かべながら、ドキドキ文書を開き読み出す備中。


 立花様は自身の近況や博多の町での話題などを伝えてきていた。身分違いの貴人とのやりとりにほっこりするなか、備中は一つの噂話を伝える文から視線を動かせなくなる。極めて重大かつ嶮しい情報が記されていた。書状を持って、すぐさま鑑連の部屋へ疾る備中、


「殿!」

「おい備中、今私が殿にご報告中だろうが、下がって……」

「構わん。どうした」

「と、殿……」


 衝撃を受けた様子の内田だが、それを無視して書状を手渡す備中。


「なんだこれは。立花が貴様に送った文書を読めと、ワシに言うのかね」


 真顔になる鑑連。険しい空気に、元気を取り戻しだす内田。埒があかないので備中は、


「はっ!それによると安芸の毛利隆元、急な病に倒れ、この世を去った、とのこと……」

「なに!」


 急に書状を鷲掴みにし目を走らせる鑑連。主人の放つ緊張感がビリビリ伝わってくる。


「備中、毛利隆元が死んだと?」

「ああ、立花様が博多の衆の噂話として。私宛の文書に載せてきた、ということは」

「そんなものあてになるか」

「ち、違うよ。私宛ということは、それが殿に伝わるだろう事を予見されての事だよ」

「そんな確証はないだろう、いい加減な噂だ」

「し、しかし」

「半年前、我らは門司でその毛利隆元率いる軍と対峙していたではないか。死ぬには早過ぎるだろう。そんな兆候も情報もなかった」

「で、でも立花様……」

「なんだ備中。お前、殿に仕える身でありながら他家に懸想すんのか!」


 ワカらず屋の内田だが、この指摘には胸を衝かれた備中。たじろいで口籠る。


「い、いや、そ、そんなことは」


 ふと、視線に書状に目を走らせながらニヤニヤしている主人鑑連の顔が見えた。あ、この顔は、内田と自分のやり取りを楽しんでいる顔だ。不謹慎な殿だなあ、と反論を試みる備中。


「情報通な博多の衆と誠実な立花様の情報だ。無下にはできないよ。どう扱うにせよ、殿のご判断を仰がねばならない事案だし……」

「声が小さくて聞こえん!」


と備中をいじめる内田であったが、


「やかましい」


とその戦法は鑑連によって退けられた。


「はっ!ははっ!」

「はっ」

「……」


 しばしの沈黙の後、


「備中、この文書はワシが預かるが」


 意外にも配慮を示す鑑連。家臣とはいえ私有財産の取り扱いに慎重な鑑連にちょっと嬉しくなった備中は、二つ返事で承知する。


「吉岡邸へ行こう。備中ついてこい」

「はっ!」


 立花様と鑑連の距離が近づいた気もして、喜び勇んで返事をする備中。その背中には内田の嫉み嫉みに満ちた視線が突き刺さっていたが、主人の信望を得ているという自信が、他者からの根性曲がりに対して耐性を与えていた。

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