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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第92衝 歳末の鑑連

 ついに年の瀬になる。門司城を睨み続ける戸次隊、冬の寒さに耐え忍びつつ、鑑連の命令で屠蘇の仕込みを行う。正月も帰れないが、せめて不吉を払おうという事だ。そこに由布が入ってくる。


「……殿、申し上げます」

「ご苦労、毛利の援軍が来たか」

「……はっ。その数一万余にはなるかと」

「睨み合いを続けさせるぞ」


 到来した毛利の援軍。鑑連の見立てではこの援軍の目的はこれ以上の戦線拡大を防ぐためのものであるはずだが、全ての諸将がそれに納得できているわけではない。特に、幹部連は動揺し、戸次弟は慌てふためき、鑑連にしてみてればとんちんかんな振る舞いに及ぶ。


「あ、兄上。和布刈の神社まで兵を進めてみましょうか」

「バカモノ、それでは開戦になってしまうではないか」

「し、しかし対峙していて何もしないというのは……いざ攻められれば一たまりもありません!」


 恐慌を来した戸次弟を被し隠すように、戸次叔父が発言する。


「殿。鑑方の申す通り、手をこまねいてるだけでは、我が方の士気にも関わります」


 戸次弟の発言から不穏な空気が広まらないように、という配慮である事は、戸次弟以外の全員が理解した。よって、それを皆で配慮を支援するが、由布が乗ってきた事は皆の驚きであった。


「……いざという時に動く為には、士気の維持が欠かせません。望ましいのは、相手に行動を起こさせない手法になります」


 無口な由布が言うと鑑連も耳を傾けてくれる。今が機会と安東、十時、内田も続く。


「確かに、小早川隊を退がらせた後、敵の動きは鈍いですからな。何かを企み始める前に……こちらの姿勢を示せれば」

「連年のこの長逗留も、我らの武勇を伝えるネタにはなっているでしょう」

「殿は常勝どころか無敗のお方。いかな安芸勢が多勢と言えども、できれば戦いたくはないのでしょうな」

「ふむ、それもそうか」


 備中の見立てでは、今の発言、内田が最も高得点を取っているはずであった。自尊心をくすぐられた鑑連の、喜びを押し隠した顔を見よ。


「ではワシがここにいることを知らしめるやり方を取ろう。幸い実力に恵まれたワシは、内田の言う通り未だ戦場では無敗を誇っているが……」


 内田の顔に花が咲く。


「博多の衆からの情報によると、結構有名らしくてな、ワシの無敗伝説!クックックッ!」


 幹部連、作戦会議を開始する。


「で、では、使者を送りましょうか」

「何の使者を?」

「降伏でも勧めるのか」


 備中の提案に、鑑連の指摘が奔る。


「うーむ、吉岡殿が活発に外交している今、使者を送るのはイマイチかな……」

「では、書状のみを送りましょう」

「なんて書いて?挨拶でもするのか」

「しかし、そう言った性質のものに、成らざるを得ないのでは無いでしょうか……」

「では、矢文がよろしい」

「あれも上手くやらないと、届かない、という事もある。そうなってはマヌケだぞ」

「……届かない矢文は悲惨」


 すると腕に覚えのある十時が前に出てくる。


「僭越ながらそれがしなら、百発百中の自信があります。矢は得意中の得意です」

「わ、私だって自信はあります」

「わ、わたしとてそうだ!」

「いや、私は苦手で……」


 盛り上がってくる。寒さ対策で鑑連は飲酒を許可しているから、段々と宴会の様相になってきた。戸次叔父が収拾に乗り出す。


「ワカったワカった。なら全員で矢文を送ろう」

「全員?」

「弓を扱える全員で」

「そりゃいいですな!」

「……暇を持て余すにはちょうどよい」

「問題は、文になんと記すかだが……」

「そうですな、こればかりは……」


 一同、備中を見る。


「殿の右筆殿」

「や、矢文の話が出た時から覚悟をしておりました」


 爆笑する一同。備中の弓矢の取り扱いがてんでなっていないことを知らない者はここにはいない。


「ま、今回弓隊は数が少ない。安心しろ」

「それでも千枚は書かねばならないのでは?」

「そ、それは余りに……」

「枚数は矢文の内容次第さ。内容は……降伏勧告でしょうな」

「効果がなくてもいいわけだからな」


 すると鑑連、そんな安東の野放図な発言に訂正を入れる。


「うーむ。効果を期待しないのなら、勧告はいかがなものだろうか」

「はっ」

「もっと、ワシの恐ろしさを伝える表現にしてもらいたい」

「ははっ」

「いいか。もう戦闘は起こらんだろう。だから安心してこの作戦を遂行してよい。つまりこれはある意味でお遊び。そう遊戯のようなものだ。よって諸君、正月でもある事だし無礼講と行こう」


 鑑連にしては驚きの発言である。その優しさを背景に、戸次叔父が仕切り直す。


「……という殿のお指図だ。どうだ、良い案を出してみよ」

「百人一首でも記して……」

「殿に関係していないではないか」

「では家紋を描くというのは」

「大友宗家と同じもの……イマイチ」

「殿の戦績を記しましょう!」

「それだ!」

「ひっ!」


 弾かれた様に立ち上がる鑑連とそれに怯える備中。嫌な予感がしたのだ。


「備中」

「ははっはっ!」


 この様な時の為に、全て記した一覧を備えていた備中。懐から取り出そうとするが、背筋に寒気が走る。その中には、入田丹後守つまり大友義鑑公排除、一万田兄弟排除、菊池義武公排除、本庄・中村勢排除、佐伯紀伊守排除が書いてある。同士討ちばかりであった。こんなものを記せば、安芸勢の笑い者になるは必定。


「どうした備中、虎の巻を見せてみよ」

「こ、今回の……」

「今回の?」


 混乱で頭が真っ白になる備中。思い出したのだ。何だかんだ言っても、鑑連は罪を背負っていることに。それを避けて功績を誇る文章を記すなど、酷い欺瞞ではないだろうか。


「……備中どうした」


 停止してしまった備中を気遣う由布の声でなんとか正気を取り戻す。ええい!


「こ、小早川隊に対する勝利の記載がまだでした。書き加えてから、ご覧に入れます」


 苦しい言い訳だが鑑連は、


「そうか。ならすぐに始めろ。こちらは内容を詰める」


 陣中の隅に移動して、硯を用意する備中。背後で愉快に意見交換を交わす幹部連を振り返ると、心に小さな風が吹くを不意に感じた。

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