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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
92/505

第91衝 発露の鑑連

 門司城へ単独攻撃を続ける戸次隊は城を包囲可能な兵力では無い。よって、付近に陣取っての攻勢になる。自然、隊の狙いは夜襲や補給隊の襲撃になる。勢いに勝るとは言え、その負担は心理面でも物資面でも大きい。


「包囲せずに嫌がらせの攻撃だけだ」

「城にも我らの狙いがバレただろうな」

「大将は先の勝利に乗じての城攻めを却下したらしいが……悪手だったんじゃないかね」


 こんな意見は備中を介して鑑連の耳にも入ってくる。それを打ち消すために、また意見を流布するのも、幹部武将たちの仕事である。


「だが、敵も攻勢には出てこない。心配ないだろ」

「我らと戦って負けてばかりの門司城兵は、恥の思いで一杯さ。だから出てこれないよ」

「つまり、上手くいっているってことさ」


 兵たちの声に意識を傾けつつ、余裕を装いながらも状況の変化の到来を待ち続ける鑑連の姿に、大将というのは本当に楽じゃないなあ、との思いにしみじみと浸る備中であった。



 ある日、後方より使者が到来、吉岡の書状を携えていた。


「殿、吉岡様からのお使者が」

「ワシは指揮で忙しいから会えんぞ。叔父上が用件を聞く。書状もそちらへ回せ」

「はっ」


 そして戸次叔父が報告にやってくる。


「吉岡様は書状にて、門司城での戦闘行為を直ちに停止し、松山城の陣へ引き返せすように、とのことです」

「備中、次のように返書せよ。今、松山城へ南下する野望を持つ敵の攻勢凄まじく、容易に撤退できない、と」

「はっ」



 数日後。


「また吉岡様からのお使者です」

「前と同じ用件内容であれば聞かなくても良い。それよりも松山城がどうなったかちゃんと聞いておけよ」


 備中、確認して報告をする。


「松山城には変わりがないようです」

「だろうな」



 また、数日後。


「と、殿」

「さすがに吉岡ジジイは使者を寄越さなくなったか」

「い、いえ、援軍が来るそうです」

「何、この後に及んでか」

「はい、あと一時もすれば、到着するとのことです」

「ほう、事前通知か」


 戦場でのやり方を心得ているではないか、と感心する鑑連。


「規模や指揮官は誰だ?」

「はっ、田原隊で……」

「何!田原常陸がか!」

「いえ、田原民部様です」

「奈多のガキか……まあいい。孤独な最前線に来るのだ、歓迎しよう」



 田原民部が隊を引き連れて到着。兵数は多くは無いが、相変わらずの鉄砲揃えの部隊で、威圧感はなかなかのもの。備中は、面会する陣の外で控えているよう、鑑連に命じられた。つまり、話をちゃんと聞いておくように、という事だ。耳に全神経を集中させる備中。


「戸次様」

「吉岡殿に寄越されたのはそなたか。ようこそ門司表へ」

「この度は、吉岡様のご命令で援軍を連れて参りました」

「そうだろうな」

「?」


 義鎮公の義理の兄に当たる人物にも遠慮無しの鑑連節にハラハラする備中。


「いやなんでも。援軍は吉岡殿ご立案なのだろう。受ける方も大変だな」

「それはまあ。ですが、自分で志願した面もあるのです」

「ほほう、危険なのに勇敢なことだ。しかしなぜだね」

「安芸勢の援軍については誰もが心配しています。よって万が一の前衛の後詰として、その役目を当家ならば果たせるものと確信しておりましたから」


 自信たっぷりの田原民部の言い方に、これは鑑連と折り合いが悪そうだ、と確信する備中。


「それはご苦労なことだが、おそらくは無用の心配だったな」

「と申されますと……今以上の戦いの拡大は無いとのご判断でしょうか」

「うん……まぁ、そうだな」

「それならそれで結構なことでございますね」


 おや、主人鑑連もちょっと気を使っているのかな、と興味がわいてくる備中。


「ところで、田原隊と聞いて、常陸介殿が来たのかと思ったが、そうではなくそなたであった。いささか驚いたよ」

「あの方は海の安全を守る使命がございますでしょう。そう軽々と動けるものでもない、とのご判断なのでしょう」

「だが、あれほどの勇者を、海に縛り付けておくのも些かもったいないと言う意見もあるのだ、ご存じかね」

「はい、存じております。私にあの方に匹敵する勇気と武略があれば良かったのですが」

「そなたも本家に対して色々と遠慮があるのだろうが」

「戸次様、私は全く遠慮などしてはおりません」


 主人鑑連には遠慮しておいた方が身のためですぞ、と注進に及びたい備中。


「なぜだね」

「明確に言えば、私は宗麟様のご指示によって、今の立場と地位を占めているためです」

「……」


 おや、主人鑑連が沈黙したぞ、と俄然、興味がわいてきた備中。


「この出兵も、志願したのは、宗麟様がそれを強く私に望まれたからでございます」

「義鎮、公がか」

「はい、宗麟様がです。安芸勢との戦いの行方を心配しておいでなのです。もう戦いも数年に及んでいるのに、決着しない。大友家督として、それは当然のご心情ではないでしょうか」

「クックックッ、そうだな。ではそなたは、私に代わって、今の膠着状態を打破する作戦を、携えて来られたのかな?」


 あ、地が出た、と額を叩いて見せる備中。


「今現在、そのようなご都合主義的手段はございますまい。ならば吉岡様斡旋の和睦を糧に、状況の変化を待つ事もまた、一興ではありませんか」


 主人鑑連と田原民部は同じことを考えている。鑑連は自分自身の為、田原民部は主君の為、という厳然たる違いはあるとしても。この二人なら、協調できるのではないか。 


 だが備中のそんな期待は、あっけなく霧消する。鑑連は言い放った。


「覚えておくがいい。国家大友は、老中衆が支えているのだ。ワシらが認めねば、何事も動かせん」


 なんという傲慢な言葉だろう。だが、対する田原民部も負けてはいない。


「戸次様のお言葉とも思えません。それは誤りです。豊後のみならず、両筑豊前の守護職そして九州探題の地位にあるのは誰か。宗麟様です。その御家来衆がどのような地位にあったとて、それは大友家督の代理人に過ぎないはずです」


 せせら笑うように反論を加える鑑連。


「では、家督だけで全てをこなすことが出来るのかね?不可能だ。そのため、ワシら老中衆が日夜家督の負担を担っているのだ。肩代わりとしてな!ワシらがいなければ、大友家督と言えども生きてはいけん!」


 しかし、田原民部はまだ鑑連へ食い下がる。その声の張りから、迸る若さを感じた森下備中、胸の高鳴りを感じる。


「果たしてそうでしょうか」

「おお、そうとも。現に、ワシらはここに居るではないか。このまま門司城の前で年を越すことになるかもしれん。それもこれも、拡大した大友領を守るためではないか。ワシらの故郷を富ませるためではないか。豊かになった豊後を、外敵の手から守るためではないか!そのために謀反人共を成敗してきたのではないのか!ワシらがただ私利私欲のためだけに戦場に長逗留しているとでも思っているのか!」


 情熱溢れた反論に、若き田原民部もそれ以上の発言はしなかった。だが、森下備中は思うのだ。殿、私利私欲が占める割合も、相当のはずではありませんか、と。主人もこのような芝居を打つようになった。だが何の為か?主人にそこまでの事をさせる何かが、この武士にはあるのだろうか。思えば、他者に向かって直接感情を露わにするなど、鑑連らしくはないのである。考え込む備中であった。



 二人の会談は不調に終わったのかもしれないが、門司城を監視する大友方の戦線は維持され、補強されたのだ。年の瀬が近づく。

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