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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第90衝 理性の鑑連

 鑑連主従にとって、もう何度目かの企救郡。


「殿、山間部、海岸部、どちらの道を進みましょうか。どちらにも敵影はないようですが」

「今回も山だ。姿を見られないに越した事はない」


 だが、山間部を進む戸次隊にとっては思いがけず、戦闘が開始された。それも、敵に先手を取られるという形で。



「敵襲!」

「何!」

「あ、安芸勢です!敵襲です!」


 慌てる備中に鑑連けたたましく怒鳴る。


「和睦の話が動いているのだぞ!なぜ安芸勢がここまで出張っている!」

「……あ、ワカりました。相手も殿と同じことを考えていたのでは」

「あ、なるほどね……」


 気持ち良いほどにその意見がスルッと腑に落ち、一瞬真顔になった鑑連。すぐに苦い顔つきで文句をこぼす


「チッ、毛利元就め。発想でこのワシに肉薄するとはな。聞きしに勝るとはまさにこのこと」

「と、殿!先手を敵に取られました!各隊とも混乱している模様!」

「戦うのみだ!由布へ安東隊、十時隊に前面の敵を叩かせろと伝えろ!背後は内田隊に守らせろ!」

「敵の規模がワカりません!は、背後に回られるかも!」

「だから後背に内田隊を置くのだろうが!」

「は、ははっ!」

「急ぎ伝えてこい!」

「はっ!」


 狼狽する鑑連主従を他所に、同山間部での戦闘経験が深い戸次隊は、落ち着いた戦い振りで安芸勢をしっかりと押し返し、すぐに形勢は互角となった。


「戻りました、殿!すでに混乱は収拾されています。我が方はさすがですな!」


 無言で頷く鑑連。が、見れば戸次叔父が陣中に入り、鑑連に進言をしていた。どちらの意見に頷いてくれたのか、ワカらなかった備中は片膝ついて待機する。戸次叔父の話が聞こえてくる。


「ですが、数ヶ月前に戦った時とは違ってこの敵には粘りがあります。総大将でも臨戦しているのかもしれません」

「敵の援軍は早くも到着したのか……否定する材料はありませんな」


 おや、鑑連がやや弱気な判断をしていないか?と思った備中。すると戸次叔父もそう感じたのか、真剣な顔つきになり進言を強める。


「恐れながら、数の上では、我が方が圧倒的に不利です。狭隘な当地で敵を押せている今、勝利を収めて撤退するべきではないでしょうか」

「叔父上、それはできません。ここで引けば、それは和睦ではなく降伏と言う形になってしまう。そうならば全てワシの責任と言うことになってしまうではありませんか。それに門司城はともかく、この敵の規模はまだ不明です。そうだな備中」


 急に話を振られたが、神経が高ぶっていたのか、備中は見事に言葉を拾い投げ返す。


「はっ!目下、計算中です!」


 だが、その言葉を無視するように、戸次叔父は続ける。


「しかし、我が方は圧倒的に不利です。敵は補給路からも近く」

「叔父上」


 鑑連が怖い声を出す。離れて聞いていた備中だが、その言葉の鋭さに思わず体が痺れた。ふと気がつくと、鑑連は備中の目の前に無表情で立ち、じっと見下ろしていた。しばしの無言の後、抗議が始まる。


「備中貴様!何のためにワシがいると思っているのか。戸次家家督であるワシがここに立つ事で、最前線で武者どもを叱咤するためだろ!兵どもを鞭打つためだ!貴様も含めて皆を狂気に染め抜くためにここにいるのだ!安心して戦い、功績に酔え!ワカったか!」

「と、殿はもう隠居の身ですが」

「やかましい!」


 思わずツッコミを入れた備中を叱りつける鑑連。これは八つ当たりだ、とうんざりしてしまう備中だが、鑑連が武具一式を確認し陣の外に出ようとしているのを見て、これまた思わず止めてしまう。


「殿、前線は危険です!安東隊、十時隊に任せられ……」

「引っ込んでいろ!ああ、叔父上。というわけで戦闘は継続です。よろしいか」

「……はっ」


 もはや観念するしかなさそうな戸次叔父。


「おい、備中」

「はっ!」

「ワシが最前線に出たことを叫んで走れ!味方はもちろん敵にも聞こえるようにな。この戸次鑑連が最前線にいるのだ。その事を忘れるな、と!それから次、ワシを止めたら貴様と言えども承知せんぞ」


 その言いっぷりが持つ凄味に恐れをなした森下備中、命令を幸いに陣を飛び出していった。振り返った備中の目には、最前線へ向かう鑑連の姿が見える。兵たちは誰もが視線を総大将へ向けており、


「確かにこれは気合が入るかも知らん」


と主人の作戦に納得した。



 感じた通り、この戦場では鑑連の蛮勇が活きた。普段は背後で冷静な指揮を執ることの多い鑑連が、最前線に出ている。その姿を目の当たりにした兵士たちは、戦功評価に関してはとかく厳しく公平であるとの評価の持ち主たる鑑連に自分たちの活躍を見てもらおうと、我先にと敵に取り付いたのである。形勢は逆転した。


「おお、すごい!」


 十時隊の最前線で鑑連登場を布告していた備中、味方の勢いに感心していると、最前線で屹立する鑑連を見つける。それも、戸次の兵たちが鑑連の前に出て、活躍を見てもらおうとするため、鑑連自身には愛刀千鳥を抜く機会すら与えられていなかった。ふと、馬上の備中と、徒歩で進む鑑連の視線があった。士気が高まっている備中は、景気良く叫ぶ。


「殿!我が方は敵を押しています!」


 すると、鑑連も負けじと大声を出す。備中の目には、鑑連が小さいが笑ってくれたようにも見え、


「ワシはもっと前に進むぞ、追撃の手を緩めさせるなよ!」

「はっ!」


 もはや、時に反対意見を進言せねばならんと自らに課している戸次叔父も、一門隊を率いる戸次弟も、恐るべしこの鑑連を留めなかった。前に突出し続ける鑑連を敵中で危機に晒さないように、安東と十時も前進を命じ続ける。さらに両隊長とも、攻勢に乗じる事ができる性格だ。当初の奇襲から一転して大攻勢となった。勢いに乗る戸次隊はそのまま安芸勢を押し出して、門司城前の小さな野に到達した。


「殿!」

「ようし、上々の成果だ!このまま城を攻める事ができるか!」

「一時兵をまとめましょうか?」

「この勢いのまま、城攻めが出来るか聞いている!」

「由布が兵に集合をかけ始めています!」

「む……」


 これには流石に落ち着く鑑連。鑑連にとって由布が如何に大切な武将かがワカる。が、由布は由布で、鑑連を良く理解しているのだ。


「由布様からの伝令です!集合の後、直ちに前進可能とのこと!」

「クックックッ、さすがだな。では小休止後、城に取り付くぞ」

「もしかして攻略……出来るでしょうか」


 だが、戸次弟の言葉を即座に否定する鑑連。


「ワシらは余計な事は考えるな。この戦いの目的は門司攻略ではない」


 残念そうな戸次弟。そこに部下の伝令が持ってきた内田隊からの情報を鑑連に伝える備中。


「殿、山中での安芸勢は小早川隊の兵でした!捕虜が吐きました!」

「では本隊は赤間関まで来ているのか?」

「いえ、どうも我らにそう思わせるための先発隊だった模様です」

「そうか……チッ、鯛を釣り上げたワケではなかったか」


 これに、戸次叔父がまた反対意見を提示し、一度は凹んだ戸次弟がそれに乗ずる。


「ですが、敵本隊がまだ未着であれば、もしや我らだけで城を落とせるのでは」

「そうすれば、功績も比類無きものになります!」


 そう喜ぶ戸次叔父と戸次弟だが、鑑連は戸次弟のみを叱りつける。


「鑑方、ワシが言った事を復唱してみろ」

「え……あ……はっ。こ、これは、和睦を、有利にするための、戦、であると」

「そうだよな。くれぐれも忘れるな」

「ですが殿……」

「叔父上、この寡兵で門司を仮に陥せたとしても多くの郎党の屍の上の勝利になるでしょう。それでは戸次家の力はそこで終わりです。国家大友家中で一目置かれ続けるためには、兵を無駄死にさせてはならんのです」


 鑑連の説諭にもう異論を述べる者はいなくなった。しかし、勝利を手にしても理性を失わない鑑連の真価へ向け、備中は心の中で拍手を送っていた。

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