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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第89衝 落局の鑑連

「珍しいことに立花山城から情報を伝える書状が届いた」

「おお、立花様ですか。夏以来ですね」

「だからなんだ」

「い、いえ……その……」


 備中の嬉しそうな顔を一笑に付し、その時に飛んだ鼻くそのように苛く扱う鑑連だが、鼻白む備中に続ける。


「寄越してきた情報は実に重大なものだった。それはこの遠征軍の命運を分けるだろう」

「そ、それほどまでに重大なものですか」

「そうだ、これで門司での膠着状態は決定付けられる事になる。内容を伝える」

「ゴクリ……」


 今回の戦いの行方について石宗へ啖呵を切る、主人と議論をするなど深入りしてしまっていた備中は、自身の運命を占うつもりもあって息を飲む。


「安芸勢の援軍が門司を目指してやってくるというものだが、それを率いるのは毛利元就が嫡男隆元とその弟小早川が率いる軍団だ」


 回答を聞いて一層息を飲む備中。目眩を覚えながら、何とか言葉を絞り出す。


「こ、この遠征のそもそもである、発端であるところの、い、出雲勢との戦いは……」

「知るか」


 備中は思わず微笑んだ。


「御曹司二人が率いてくるのだから、軍団の規模はまず間違いなく一万人を超える。それを降る事はあるまい。という事は戦った場合は総兵力で劣る我が方は圧倒的に不利、という事だ」

「い、一大事にございます!」


 自身の予想が外れてしまう。そうなればどのような目に遭うか、知れたものではなし。狼狽する備中だが、鑑連はそれを制した。


「焦るな。戦いは起こらん」

「……えっ?」

「まず起こらない。立花からの情報は博多の街を経由して届いたものだ。つまりあの吉岡ジジイが知らぬはずがない」

「そ、それは確かにそうかも知れません」

「さらに言うと、その情報によれば安芸勢も出雲勢との戦いでは苦戦していたという。決着は付いておらんとさ」


 なんだ、東の戦線について知ってるじゃん、という顔をした備中、鑑連にギロリと睨まれて首を竦めて俯いてしまう。


「……ということで安芸勢は和睦をしたいのだろう。少しでも有利な条件でな。無論、我らが八方塞がり大将吉弘も戦いを望まない。対してワシは吉弘を望まない」


 誰も笑わなかった。どうやら鑑連は本気で言っているからである。


「安芸勢の首魁、毛利元就もこれ以上の戦いを今は望まないのだろう。我らが優先順位をつけられるとは、全くニクイ野郎だ……つまり和睦のためにこそ大軍を派遣してきたのだ。我ら老中衆から譲歩を引き出す為に。となれば、何者かが和平条約の仲介をしてくるのだろうよ。そしてその人選は、吉岡ジジイがばっちりやってしまうさ。よって戦いはこれで終わりだ」

「和睦はすぐになるのでしょうか」

「用意が整ったとしても、その先どうなるかはワカらん。よって我ら戸次隊は門司城付近に進軍する」


 この切返しに、幹部連はみな、あっと驚いた。だが、鑑連の声は小気味良く響いている。


「いっぱいいっぱいの吉弘には動けんだろう。ワシがやるしかあるまい。のう備中」


 平伏して恐縮をして見せるしかない備中であった。主人鑑連は徹底した人物である。中途半端というものを好まない。吉弘を援護すると決めた以上は、自身の野心と折り合いをつけて、双方が満足する行動を取ろうとしている。主人の得意満面な様子から、備中はそう理解した。


「というわけで我らはいつでも出陣できるよう精神を研ぎ澄ませていなければならん。兵どもがいつでも動けるように、処遇するように。また他家の部隊のやり方は無視するように」



 和睦の噂というものは疾風の如く、戦場を駆け抜けるものだ。それが自分自身の運命を決めるのだから、武士たちは敏感にならざるを得ないのだが、噂の広まりと、松山城包囲の気合とが、反比例して上下していく。


「敵の援軍はまだ到着はしていないようだが、確実に近づいては来ている模様……殿はああ仰っていたが、導火線に火がつけば、全面戦争ということにもなり得る」


 眉間に心労のシワが刻まれた戸次叔父。一門の重鎮として他家との調整に追われる彼は、戦闘態勢をまるで解いていない理由の説明に追われていた。と同時に他家の兵にも一層の緊張を訴えていたのだが、和睦の噂の広まりは強く、徒労に終わっていた。その疲労が深まる中、森下備中、新情報を携えて曰く、


「安芸勢との和睦を斡旋しているのは……京の将軍家です」


 おう、とため息が漏れる鑑連不在の陣中。戸次弟が懸念を示す。


「和睦を結ぶ事が既定路線なら致し方ない。それが吉岡殿の決定なら尚更。しかし安芸勢、というより毛利元就相手に結ぶ和睦とは一時の戦じまいに過ぎないのではないか。見事に裏切られた前回の例を見よ」


 その意見に同意する幹部連。珍しく由布が意見を述べてみせる。


「……それは我らが今日の日を迎えている事からも明らかです。殿に至っては確信をお持ちのようで……よって戸次隊は臨戦態勢を解かない、という選択を取りました」

「そうだな」

「前回と異なる点として」


 備中、由布の言葉に付加を行う。


「少しでも有利な条件の下、和睦を結べるよう備えているという事です。いざ事あれば速やかにその環境整える事ができる……それはつまり、和睦を台無しにすることも可能ということでしょう」


 大胆な予想にざわつく幹部連。例によってトンがった武将を嗜めるのは戸次叔父の役割だ。


「備中、口を慎め。それでは将軍家を巻き込んだ和睦を我らが破ることになってしまうではないか。殿はそのような無礼はしない……と思う」


 対して先の功一番隊長安東が笑いとともにその可能性を肯定する。


「その時は将軍家へ、義鎮公が金を積めば解決でしょう」

「何を言うか。安東そなた、先の勝利で、天狗になっているのではないか。いかんぞそりゃ」

「しかし、約束破りの達人である安芸勢が世間からさほど指弾されないのは、彼らが将軍家に金を積んでいるからという噂もあります」


と十時が安東を支援すると、戸次叔父は激怒する。


「相手と同じ所まで堕ちてどうする!いいか、大友家は名門なのだ!パッと出の毛利とは格が違うのだ!守らねばならない伝統秩序というものがある!それに思いを致せ!」


 一門の長老の怒りを前に、流石の安東、十時も慌てて頭を下げ、平伏する。このように実力隊長二人が立場を弁えている姿を前に森下備中、ああ美しい、とやや悦に浸りてそれを眺め入る。すると戸次叔父が不意に、


「ふぅふぅ……備中はどう思うか」


と振ってきた。特に何も考えていなかったので備中言葉に詰まるが、不意に思いついた言葉を適当に吐いてみる。


「ええと……ぎ、義を見てせざるは勇無きなりと言う言葉もありまして……」

「ふぅふぅ……ふむ、それで」


 その言葉に多少、落ち着きを見せてきた戸次叔父の表情。


「ですので……その……将軍家がお困りであれば、資金を奉ずる事も……」


 戸次叔父の顔つきが険しくなってきた。


「む、無論、名門大友家であれば、じょ、上品に行えるのでは無いかと……」

「ふむふむ、それはそうだな」

「つまりは競りですね」


 十時の突っ込みで、いよいよ戸次叔父の表情は険しさを増し、再び激怒する。


「この……不謹慎な者共が!」

「備中が悪い」


 戸次叔父の怒りを搔き消す声が鋭く飛んできた。陣の入り口にはいつの間にか鑑連が立っていた。


「備中の言葉には前の句が欠けている。すなわち其の鬼に非ずして之を祭るは諂うなり……だ。ワカるか?」

「も、申し訳ありません」

「筋道を通らない事はしてはならん、という意味になる。将軍家の歓心を金で買って何が悪い。国家大友の金によって、将軍家は京で活動ができるのだからな……という事でよろしいですかな、叔父上」

「……はっ」

「備中はもっと精進してから問答を行うように」

「も、申し訳あ」

「戸次隊は出陣する。門司城へだ」


 備中の返事を無視してそう伝える鑑連。幹部連はみな片膝つき、最後に片膝をついた備中は己のカッコ悪さに忸怩たる思いになる。


「和睦の話は吉岡ジジイがまとめる。ワシらの役目は、それを有利な形にするための助太刀だ。ワシらの活躍のせいで和睦が霧散するかも、等とは考えるな」

「はっ」

「こういった知恵の回し方こそ、武士には必要なのだ。これは各自覚えておくように」

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