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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第88衝 懐開の鑑連

 それから数日が経った。怪しげな気配があったかはともかく、松山城の後背地の国人らを引き締め、食料物資を購入して戻ってきた戸次隊。陣の設営をしながら、幹部達が集まって話し始める。


「秋も進んできた。来月には今年最期の月か」

「早いものです。戦もぼちぼちでしょう」

「しかし松山城もしぶとい」

「地形上、包囲網を完全にはできないからな。我々の隙をついて食料物資を運び込んでいるのだろう」


 安東と同じく、備中に対して邪念を持たない十時が、文系武士の肩を叩きながらしみじみと述べる。


「やはり備中のにらんだ通り、この戦役も門司を抜くことなく終わりそうだな」


 石宗の前できった啖呵を思い出して恥ずかしくなる備中。


「しかし、松山城を奪われたままの年越し。殿はどうお考えだろうか」

「きっと致し方無し、とお考えでは」

「殿が大将の地位につけば、違うと思うのは、主君びいきが過ぎるだろうか」


 恥じらいからかニヤニヤした安東に、幹部連は優しげな視線を向ける。そんな事はないさ、私だって同じ事を考えているよ。と。武士仲間のみに共有できる暖かな空気が漂い始めたそこに、鑑連が吉弘との軍議から帰ってきた。一同の正面に座ると、愛刀千鳥を地に突きて、堂々と宣告する。


「もう一度、門司城を攻める。繰り返す。今一度、門司城を攻める」


 幹部連、皆絶句する。決まって戸次叔父が最初の言葉を発する。


「相変わらずの陣容で、でございますか」

「その通りです叔父上」


 静まり返る陣中。この遠征で、何度静まり返ったことか、数えていれば面白かったかも、とニヤニヤ独り言ちる備中。鑑連が続ける。


「諸君はこの後に及んでまだ門司に挑むのか、正気の沙汰ではない、と考えているだろう。ワシも同感だが、大将である吉弘がそれを望んでいるのだ」


 そう言うと、苦い表情で俯く幹部連を見回す鑑連。いきなりくるりと備中を向いて悪鬼面で心を射る。先日、失神した時の顔よりは諧謔の気配が漂い、備中も意識を失う事はなかったが、それでも声なき声が聞こえてくるようであった。


「備中、ワシはお前の言った通りにしてやっているがね」


 我慢してやっているのだぞ、という事だが、なんと森下備中、視線に耐えきれずその声なき声に反論してしまう。


「し、しかし殿。吉弘様は殿にお心を開き始めているように、か、感じますが」


 急に何を言い出すのかコイツは、という顔をする幹部連。鑑連だけは、悪鬼面を一層強めていく。ここで珍しく助け舟を出してくれたのは戸次叔父であった。


「ま……それは確かにそうだな。私もそう思うよ。しかし、これだけ殿の世話になっているのだ。感謝をせねばそれはもちろん人の道に外れるということだ」


 ささやかではあるがその優しさをバネに頑張る備中は続けて、


「御大将が望んでいる事を、と、殿が全力で助ける。吉弘様と親しくなれた事は、以後の殿にとって、大いなる財産になるのではな、ななな、いでしょうか」


 が、鑑連はそんな美辞を一刀両断にしてくる。


「それは我らが門司から生きて帰ってこれればの話だがね」


 その口調は強く、隠せぬ憤りがほとばしっていた。


「今年の遠征は、門司城を陥落させられないばかりか、謀反した松山城も落とせない。敵の大攻勢を防いだ前回よりも余程酷い出来だ。次、無事に帰ってこれる保証がどこにある。今の状況、まさに八方塞がりという言葉が相応しい。さて、吉弘の友情を得ることが財産だと?良いか備中、ワシの本音を正直に言ってやる。それはクズの好意などいらん!……ということだ」

「さ、先々に、将来に、い、活きてくるかもしれません」

「時間をドブに捨てるようなものだ」

「ととと投資とは一見そのようなものなのかもです。はい」

「それでしくじれば、何も返ってこないではないか」

「そ、そりゃしくじれば……」


 追い詰められた備中は、なにかどうでも良くなってきてしまった。そしてやや投げやりな放言が口を突いてしまう。


「では、今の事態、殿ならどう対処されるか、それを吉弘様に伝授されてはいかがですか。それならしくじらないのでは」

「なに……!」


 あからさまな言い様に驚愕する幹部連。鑑連の体がワナワナ震えていると、誰にもワカる。備中の投げやりな態度の裏には、吉弘様を出世させるのがそんなに嫌ですか、という彼の本音が隠れている。それを敏感に感じ取った鑑連、不思議な変身を遂げる。いつもの悪鬼面ではなく、超真剣なまなざしを湛え、ある意味で備中を怯えさせた。


 が、鑑連は身を正したつもりでいたのだ。鑑連の周囲はへつらう者ばかりであり、彼自身本当の所の本音を吐ける機会は少ない。この時は、備中の態度が、鑑連の心の扉を押し開けた。そして、元気良く、という言葉が適当なほど、溌剌に計画を述べる……と言う妄想を期待する備中。


「ワシなら門司城など無視して周防に攻め込むだろう」

「え!」

「そうだろうが。このまま戦っても事態の打開ができないのであれば、そうするほかあるまい」

「しかし我ら豊後勢は周防の土地については不慣れ。危険が大きすぎませんか」

「備中。一つ言っておくぞ。危険を攻略しなければ、大いなる収穫などあり得ん」

「た、確かにそうでしょうが」

「だが吉弘めにはこういった発想が浮かばん。下手に寵愛を受け、武士必携の飢えを忘れているからだ。名声への飢えだぞ。それは、背後で邪悪な糸を操るだけの吉岡も同様だし、義鎮に至っては、クックックッ、何も考えていないのかもしれんなぁ」


 饒舌になって来た鑑連を前に沈黙する備中。他の幹部連も同様であるが、みな、鑑連の人物評に聞き入っていく。


「考えてもみろ。安芸勢は門司城を取るためにだけに、幾度も豊前奥深くまで兵を送り込んできているではないか。そういった手段こそが相手を出し抜く戦略と言うものだ。たとえ、連中の水軍衆のような海慣れした兵隊どもを我らが欠いているとしてもだ。挑まねば何も始まらん……」


 無言の備中、無言の幹部連。並ぶ無言を前に激昂する鑑連。


「貴様ら、ワカらんか!」


 すぐさま宥めにかかる備中。


「いえ、ワカります!」


 すると、幹部連も続く。


「ワカりますとも!」

「兄上、私もワカります!」

「ワカります、殿!」

「殿、ワカります!」

「私だって!私だって!ワカっておりますとも!」


 戸次叔父、戸次弟、安東か十時、最後に内田がそう叫んだ。ああ、我々は何をやっているんだろうか、と自身らの阿諛便佞をふと天から眺めてみて、その滑稽さに呆れ果て恥じ入る備中であった。


 だが、大将吉弘も総攻撃をかけるまでの決断はできない。膠着状態が続いたまま、大友方は門司城と松山城の間を行ったり来たりする日々が続いた。それは無益な日々であったが、筑前・立花山城からの使者が、そんな停滞を打ち破ろうとしていた。

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