第87衝 相殺の鑑連
先の戦いで先鋒を務めた安東が、追い縋る門司城兵を見事に蹴散らしたためか、松山城まで退き始めた大友方への追撃は発生しなかった。
後衛を守る由布が鑑連へ報告に上がる一幕が。
「……敵追撃は無し。間違いありません」
「そうか。では兵を休ませて良い」
「……はっ」
「……」
「……」
「ん?どうした」
「……備中は目を覚ましましたか」
「クックックッ。まだだよ」
「……それは心配ですな」
「前から思っていたが、そなたは備中には甘いな」
「……我々とは毛並が異なりますので」
「それで甘やかしているのか?らしくない気がするがね」
「……性格的な欠点は多いと思いますが、あの者、殿にとって唯一無二の何かを備えているように思います」
「性格だけではない。刀はダメ、弓などまるで当たらんし、鉄砲は重いとほざきろくすっぽ持てん。馬術もヘタクソだ。信じられるか」
「……ですがまだ生きて、奉公しています。他家の御当主の覚えも良いと聞きます」
「不可解なのだが佐伯や立花、田原常陸からと妙に評判が良い。だが、それはワシの如き漢の下にいるから、というだけだと思うがね。つまりは憐憫だよ」
「……あるいはそうかもしれません。ふふ」
「……という夢?を見たのです」
意識を取り戻した備中、帰陣し休息中の安東へ伝える。
「うーん、夢だな」
「やはりそうでしょうか」
「ああ。殿の言葉はワカらん。そのような事をおっしゃるかもしれん。だがね、最後に由布殿が笑ったって、あり得んことだ」
「えっ、そこですか」
「あの御仁の笑顔を、私は見たことがないぞ。備中はあるのか?」
「い、いやあ。うーん、どうだったか」
「ほら、願望じゃないか」
「そ、そうですかねえ」
「しかしまあ。殿の表情に気を失うとはな。その様を私も目撃したかったよ」
笑う安東の声を背中に、悩み続ける備中。
「夢だったのかなあ」
予想された追撃がなかったため、損害なく松山城へ戻ってきた大友方本隊将兵、荒れされた陣地を見て嘆く。
「随分とやられたもんだ」
「松山城兵の数は想定より多いようだ」
「橋爪殿が負傷されたらしい」
本陣にて、吉弘や鑑連、諸将に頭を下げて詫びる橋爪殿。あちこち負傷しており、血が滲んだ包帯が痛々しい。
「かたじけない」
うなだれる橋爪殿に大将吉弘曰く、
「無事でよかったが、何があったのだ」
「松山城兵と戦っている時、南から安芸の水軍が攻めてきて、挟み撃ちに……」
「田原常陸殿が蹴散らした残党かもしれん」
「いくらか兵が逃散してしまい、包囲に支障が出たため、救援を求めたのだが……」
「ワカった。今は休んで傷を癒してくれ」
板の上に乗せられ運ばれていく橋爪殿。鑑連の背後に侍る備中は、前もこんなことがあったなあ、とぼにゃりと考える。
その後に行われた大将軍議の結果、松山城包囲が再開された。
陣幕の外で主人を待つ備中。諸将が退出するなか、主人鑑連と大将吉弘の声が聞こえてきた。
「鑑連殿には橋爪殿の面子を保って頂いた。感謝する」
「気にしないように。付近にあるいくつかの城が動揺している。ワシはここを拠点に引き締め直す。そなたは城攻めの指揮を続けるとよいと思うが」
「承知した」
鑑連と吉弘がこちらを向く。既に片膝ついて面を下げている備中に、吉弘は声をかけずに去っていった。備中は吉弘とはさして親しく無いが、佐伯紀伊や立花殿、田原常陸と比べると寂しさを感じてしまう。
そんな備中の気配を読んだらしい鑑連、邪智を込めた笑いをしのばせる。
「フン、今の吉弘には余裕が無い。あれでは重責に潰されてしまうかもな」
「……はっ」
「善行とは人知れずに行うものだと世の悪知恵を持つ連中は言いふらしているが、ワシはそうは思わん。天はそんな些細な話には興味がないはずだ。違うか?」
「……御意」
身分をわきまえぬ期待を持つ意味があるのか?と問われたのだと、こんな時は主人の辛辣な意見を確実に読み取ってしまい、ヘコむ備中であった。
戸次の陣。幹部連へ、指揮杖で地面を突きながら方針を伝える鑑種。
「長野城へ向かう」
「周辺の引き締めですね」
「加えて兵糧調達だな。恐らく戦いにはなるまいが」
「私達が達成した成果が、吉弘様の作戦のためか、それとも橋爪様の不手際のためか、あるいは田原常陸様の迂闊なるのためか、手直しが必要になりましたな」
そう吐き捨てる戸次弟に頷きながらも無言の鑑連。しかし、結果的に吉弘を助ける作戦であるのだ。なんだかんだ、鑑連は変わらず備中の提言を容れてくれている。嬉しくなった備中に、気を感じ取ったらしい鑑連、ピシャリと言打する。
「余計なことを言ったら承知せんぞ」
それでも感動が続いている備中は力強く頷く。
「……はい!」
今、鑑連の言葉を受け、通常ビリビリ来るはずの痺れを感じなかった備中、心地よい満足を得ていた。




