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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
86/505

第85衝 転換の鑑連

 豊前松山城。


 大友方の包囲陣に加わった戸次隊だが、城は絶対守備の姿勢を明らかにしており、既に活発な攻防に立ち入るのは容易では無かった。


 軍議に出向いた鑑連と由布、その帰りを待つ幹部連。鬼の居ぬ間の陣中談話も盛んとなる。


「備中は去年、使者として城に入ったっけな。中はどんなだった?」

「はい。城内広く兵や兵糧を十分に込める事ができそうでした」


 ほう、と息を吐く安東。


「すると外からの防衛を数でこなす自信があるのか。吉弘様が手こずる理由はそれか」

「しかし、城主は子供だろう。堅城には似つかわしく無い」

「はい、ご当主は本当に幼く、家来衆が懸命に盛り立てている印象です。痛々しくも見えましたが、団結力はありそうです」

「この城から取っていた人質がいたな」

「去年の撤退時に家へ帰した時に、粗略には扱わなかったか」


 戸次家の格式を強く意識する相変わらずな戸次弟。


「無論、大切に扱いましたとも」

「その線からの開城工作もあり得たのかもな」

「今となっては……」

「では我らが到着しても戦略は変わらないか」

「殿はどうお考えだろう」


 ここで戸次叔父が初めて話に乗って来た。


「吉弘様を立てていらっしゃる。色々相当我慢してるだろうがね」

「確かに、口を出したくて仕方がないような感じだ」


 小さく笑い合う幹部連。鑑連が怖い、という事情もあるが、彼らなりに主人への同情を深めているのだ。


 鑑連と由布が帰還するや、直ちに軍議が開かれる。


「我が方は再び門司城に迫る事となった」


 驚く幹部連。


「殿、それは」

「事実だ。決めたのは吉弘大将閣下様であってワシではない。よってワシが責任を負う作戦ではない」


 といっても鑑連はこの遠征の副将格なのだ。そうもいかないだろうから、ちっとも愉快そうではないように備中には見える。戸次叔父が筆頭家臣として、鑑連へ質問を行う。


「もしや、殿が企救郡を制圧したことで、この状態ならできる、とのご判断でしょうか」

「かもしれん」

「しかし、この松山城を放置して門司を攻めるとは、危険すぎるのでは……」

「橋爪隊を中心に、幾らかの兵は残していく事になった。ここの兵どもが背後で悪さをしないようにな」

「橋爪様……精鋭とは言えませんな」

「しかし、吉弘には背後で吉岡ジジイが知恵を授けているはずだ。ただ単に攻めるだけではないだろうよ」

「また、外交交渉でしょうか」

「それしかないさ。かつてのようにな」

「毛利元就はきっと、約束を守りませんぞ」

「好機があれば平気で破るだろうな」

「と、殿……」


 そこまでご承知の上ですか、と陣中に沈黙が広がる。あまりに鑑連がおとなしいため、この後に来るだろう雷の激発を恐れていたのだが、それがなかなか来ない。焦らされて発言したのは、戸次弟であった。


「兄上はいかがなさいますか」

「どうもこうも、精一杯吉弘のヤツを支援してやるさ」

「支援、ですか」

「どうせ門司城は抜けん。事情を承知しない義鎮や、何を考えているかワカらん吉岡ジジイの命令に従うしかない哀れな男をワシが救ってやる、という形になる。まあイヌだって感謝くらいはするだろ」


 鑑連の声に覇気が無い。それも当然、と考える備中。状況を変えるよりも従うしか無いのは、吉弘だけでなく鑑連も同じなのだから。沈黙の陣幕を切り離して、備中は物思いに耽る。


 義鎮公や吉岡の軛から逃れて自由に振る舞えたら、殿はどんなに幸せだろう。しかし実際はそうも行かない。義鎮公擁立から始まるこれまでの戦功によって、戸次家の所領は豊後だけではなく、肥後、筑後、筑前に存在している。しかし、それが鑑連の血となり肉となるには、それら所領が余りにも他人のモノでありすぎている。やはり、戸次家の本貫地と言うべき土地は豊後国大野郡なのだ。それは魂と言って良い。家臣一同、その地の関係者でもある。その地に生きる戸次家の源流が大友家にある以上、どれほど主君の政略を批判しようと、やりすぎるワケにはいかないし、何をするにも限界がある。


 鑑連が見せるこの寂寞さ、備中には見覚えがある。これまで幾度か、主人がこの様な気を発する姿を目撃している。


 だが、行き詰まる、という事も悪いことばかりではないはずだ。閉塞から新しい発想に導かれ、飛躍できるかもしれないのだから。思えば備中自身こそ、社交的でなく武術にも不慣れな冴えない武士であったのに、辛く厳しい鑑連の下で十年以上歯を食いしばって来た事によって得たものが、確かにあった。そしてこの感動は、鑑連を批判的に見る事、他家の主君を密かに敬い慕う事で培われたに決まっている。


 鑑連も幹部連も何も言わない。だが、備中は進み出て発言した。それも、魂から放たれた気に押されたかのように。


「殿」

「なんだ」

「殿、吉弘様をご支援なさるべきです。それが出来るお方は、国家大友がいかに強大な存在であるとしても、家中には殿お一人しかおりません」

「そんなことはない。吉岡がいるではないか」

「吉岡様はその場凌ぎのお方です。それ以上ではありません」


 驚く幹部連。戸次弟が見咎めるが、


「備中、控えるのだ」

「構わん、続けろ。それで?」


 鑑連は続けさせる。備中、不思議と吃らずに話を進める。


「苦境にある吉弘様をお救いすれば、必ずや世間は殿を褒め称えるに違いありません。それはかつて国家大友で誰も得たことの無い名誉のはず」


 取り憑かれたかのような備中を手で制した鑑連、質問を投げ掛ける。


「その名誉は、なぜ誰も得ることができなかったのか」


 備中淀みなく答えてしまう。まるで自分以外の何かに突き動かされているかのようだ。


「天道を歩もうとする気力胆力は、誰もが持ち得るものではないためです。しかし殿は違います」

「備中、貴様は本気でそう言っているのか」

「はい」


 鑑連の目はやや咎めるようでもあった。貴様はワシが非道に手を染めたこともあると知っているくせに、綺麗事を言うのか、という。それでも備中は続ける。


「先人が天道から逸れた事まで、殿が責任を負うべきではありません。それは殿が高みに達するために必要な事象だったというだけのこと。それより眩い光に届いた手を、如何にして用いるか。その手は人々に感動をもたらします。万人がその執行を心より期待しているはずです。人々が国家大友を見る目とは、そのようなものではあるべきではありませんか」

「……」


 陣中は再び沈黙に覆われたが、その様子は先程とは幾分かは異なる。備中は国家大友のため滅私奉公はするべきであって、それによって成果を上げ得るのは鑑連しかいない、と断言したのである。この場に感動が無いといえば嘘になる。


「備中」

「はっ」

「貴様、石宗に操られてはいないよな?」

「はっ!正気です!」

「妖術とかさ」

「い、今は正気のはずです」

「影響を受けたことは否定できまいが」

「そ、それはまあ……」


 再び沈黙となった。が、それは短く、鑑連にしては珍しく備中の目を見た。


「貴様の口車に乗ってやる」

「あ、ありがたきしあわせにござ」

「由布。もう一度、門司城に接近するぞ。成否の程はヤツの素質にあるだろうが、活躍できるようお膳立てはしてやるのだ」

「……御意」

「せいぜいワシに感謝させてやろう、クックックッ!」


 こうして、戸次隊の陣幕は活気を取り戻したのであった。

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