第84衝 離転の鑑連
山中の拠点へ戻った鑑連は、門司城で疾風のような戦いを展開した兵達に休息を与えた。敵追撃は無い、という判断があったためだが、その場で鑑連は幹部連を集めて、戦果を確認する。その中で曰く、
「門司城を攻める、という我らの目標は達せられた。これで遠い出雲勢も満足するだろう」
それも最小限の被害で、と備中は心の中で呟いた。だが鑑連の表情に明るさは無い。いつもの笑い声も無い。やはり、門司城を突破できないのは既定通り、と踏んでいたためだろうか。
「これより敵増援が次々にやってくるだろう。あとは総大将の仕事だ……兵で膨れ上がった門司城に挑む気があるのなら、だがね」
無論、鑑連とて万能では無い。特にその性格から、同輩らの積極的な支持を得る、という点では、恵まれていない。この後、どのように出世の踏み台をこしらえていくのか。今の時代、戦場での勝利の他には、血縁ぐらいしかないというのに。
「殿は戦いを通して自身の限界点を目の当たりにしているのではないだろうか」
鑑連の溌剌としていない表情からそのような事を考えていた備中に、主人が質問を投げてくる。
「本隊の様子はどうだ」
「まだ松山城を突破したという連絡はありません。どうも苦戦しているようです」
鑑連、吐き捨てて曰く、
「全く頼りにならん」
「以後は本隊の援護に回りますか」
すると、鑑連は聞こえていない風で備中を向かずに問いかける。
「備中、貴様はワシの為に働いている、そうだな?」
「は、ははっ!」
「では以後の行動について、適切なる立案をしてみせよ」
「えっ?」
左右の幹部連を交互に見る備中。同輩らは視線は交わしてくれるがその目にはどんな言葉も含まれていないようだった。
「はっ……」
今度は幹部連からの含意の視線を感じる。助け舟は出なかったが、好奇への関心はあるようだ。よし、そんならやってやる。今の空気、幹部連の中で中心に居るのは不思議なことだが自分であるに違いなく、かつては胸に痛かった同僚の視線が妙に心地よく刺さるのも真実。備中曰く、
「わ、我らは別働隊として豊前に参りました。本隊が松山城に手こずっているのなら、その隙に安芸勢に与する諸城を奪回するというのは……」
「奪回か、良い言葉だ。で、その後は」
出だしは良い、と手応えを感じた備中続ける。
「はっ……本隊と合流し……城奪回の功績を持って、吉弘様から指揮権を譲り受け、改めて門司を攻めます」
「ほう!」
思わず声を漏らした鑑連に、ざわつく幹部連。
「随分と強気な提案だな。備中らしくなくて良い。クックックッ!」
一方の沈黙は幹部連のもの。
「よろしい、では遠回りして松山城を目指そう。その間に、この企救郡を席巻してくれよう。クックックッ!」
とっさに思いついた計画だが、受け入れられてホッとする備中。だが、幹部連は歓迎して居る空気ではなかった。その気持ちのワカる森下備中。彼らは直接言わないが、
「松山城で苦戦する同胞を放置してよいのだろうか」
という意識があるためだろう。しかし、何故か誰も話しかけてくれない寂しさに、苦笑いの備中。
出発前、内田が鑑連に小走りで近寄る。
「殿!麻生鎮里様よりお使者です!」
「麻生鎮が生きていたか、何の用だ」
「花尾城奪回のためご助力を、と」
「花尾城?微妙に進路が違うから後回しだ。そうだな、来年の夏頃には向かうとでも言っておけ」
「今回、花尾城は我らの進路を邪魔しませんでしたが、明らかに安芸寄りの連中です。麻生鎮様に城を返せば、豊前筑前の大友愛の高まりは否が応でも……」
「やかましい!」
「ぐわっ」
鑑連必殺は電光石火の足払いを受け、空中回転して地面に倒れこむ内田。鑑連が去り、備中が駆け寄る。
「左衛門、しっかりしろ」
「うるさい、一人で立てる」
備中の手を払いのけて意気消沈して去って行く内田であった。備中も思う。最近、内田に良い場面がないなあ、と。
企救郡を南に進軍する戸次隊。指揮官の士気が上がったためか、松山城の本隊を放置する後ろめたさを忘れる事ができた隊士たちは、城を見つけるや門前に陣取り、降伏を呼びかけた。大友軍では唯一負け知らず、という実績が知れ渡り始めていた戸次伯耆の軍が来た、というだけで、開門を選択する城がほとんどであった。
福相寺城(現、北九州市小倉南区)
「殿、次の城は開城勧告を拒否いたしました」
「ほほう、立ち向かってくる奴がいたか。で、情報は?」
備中、収集した情報を披露する。
「敵勢はおよそ百、さらに鉄砲隊が三十と言う話です」
備中左隣にいた十時と戸次弟が怪訝そうな声を出す。
「こんな小城にそんなに鉄砲が?不審です」
「その通り、用心が必要かと」
爆進中の鑑連に一度立ち止まって貰いたかった様子の二人だが、
「フン、雑魚だな」
「松山城が近いため、兵が詰めていたのでしょうか」
「どうでも変わらん。者ども容赦するなよ」
攻勢の前にその城は呆気なく降伏した。改めると、敵は百人もいなかったし、鉄砲隊に至っては敵全体の内数で、さらに話し半分であった。
「どういうことだ?」
「はい、鉄砲隊は内数だったようで」
内心冷や汗モノだが飄々とした態度を貫く事で謝罪を免れようとする森下備中。謝罪すれば自分の立場に傷が付く、と。果たして、誰も備中は非難したりはしなかった。あの内田でさえ、周りが誰も追従してくれないので、非難の声を上げることを控えた。
「……」
「……」
しかし、幹部連の好漢度が下がった気はした森下備中。
「数時間で片がつくというのは誠に気持ちが良いものだがここは所詮支城だ。この辺りの元締めは?」
「長野城の長野一族です」
「そうかそうか。よし備中、行って来い」
「はっ」
「……」
「……」
「何してる。早く行って来い」
「あ、あの。勧告でしょうか。開門ではなく、降伏の」
「そうだよ、決まってるだろ」
「……」
「これまでも無事だっただろうが、行け!」
「は、はっ!」
備中に意見を求めたり、その進言を採用したりするも、この扱いは相変わらずである。備中思うに、こうして鑑連は幹部連の中での均衡をとっているのだ。だから、これくらいの危険は我慢しなければならない。さあ、敵地へ向かうぞ!と気合いを入れる。
「……」
「……」
しかし、幹部連の好漢度が上がった気はした森下備中。
「うーん。人には求められる役割と言うのがあるのかも。ならあまり出しゃばらない方が、みんなには好かれるのかな。しかしそれでは……」
同僚との付き合いに悩みながら山深い長野城を目指す備中。そして、鑑連の言う通り使者たる備中は危害を加えられること無く役目を果たした。長野城は素直に恭順の意を示したからである。無事に帰陣した備中へ、鑑連は指摘を行う。
「備中、それは?」
「ひ、人質です。城主の血縁者ではありまして」
「また女の童か。まあいい。松山城の様子は?」
丁度、質問を受けていた由布。帰還した備中を無言で労ってから、
「……依然包囲中です」
呆れた声を発する鑑連。
「まだやっているのか。吉弘は大将としては使い物にならんな」
「……安芸勢の著名な守将の姿があるらしいとの報告があります。事前に松山城にて防備を固めていたのかもしれません」
「ほう……なるほど。噂の毛利元就ならそれくらいやるかもしれんな。よし、遂にだが松山城へ行くぞ」
色々と文句を言いながらも、鑑連は戦場の後背地で出来る限りの事はこなしていた。そんな主人鑑連への好漢度を密かに高める備中であった。




