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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
82/505

第81衝 鎬削の鑑連

「石宗殿」

「はっはっはっ!」

「い、石宗殿!」

「はっはっはっ!!」

「くっ……こ、この詐欺師!」


 その言葉にピタと止まった石宗、ゆっくりと振り向いて鬼の笑顔で備中を脅す。


「おい小僧、なんか聞こえなかったぞ」


 小僧という年では既にない備中。相手の酷く恐ろしい顔つきに恐怖するが、引き止めてしまったのだ。勇気を持って問いただす。


「あ、あ、あなたは義鎮公専属の咒師。まだ詳らかにしていない話があるはずだ」

「ははっ!それがしが?戸次家の方々へ?」

「え、ええ」

「そりゃ、なんだね?」

「……」


 怒った石宗は、鑑連ともまた異なる恐ろしさを放ち、威圧に沈黙してしまう備中。笑顔でも血走った目が、凶暴かつ容赦ない本性を滲ませる。


「言っておく。言いがかりなら前からの付き合いがあるとは言え、容赦せん!」


 凄まじい強迫に圧倒される備中。この男の本質はかくも恐ろしいものだったのか。


 だが、と備中は思うのだ。自分だって修羅場をくぐり抜けて来たのだ。戸次家のために一咒師と対決出来ないでどうするか。決意した備中、一歩踏み出して問い質す。


「殿は義鎮公と取引をした、との事。取引とはなんでしょうか」

「そんなもの、それがしが知るはずもない」

「それであれば、あんたはその程度の坊主だ。が、今日、戸次家に来たのは、義鎮公の為に様子を見に来たのではありませんか」

「おいおい、呼んだのはお前だろうが」

「いつも人を操るあんただ。私の行動を読んでいたに違いない。本当に汚いやり方だ」

「青二才。証拠でもあるのかよ」

「証拠などどうでも良い。私があんたのやり口を暴いてやる」

「ほーう、いいだろう。聞いてやる」

「殿は取引をしたのだ。次の門司戦に際して、作戦遂行の独立性を得る為に。義鎮公のトモダチ……猿丸大夫を討ち取ってしまったシコリがまだ残っているというのに」

「……」

「さらにその取引は許しを得るためではない。引き渡したのは、田原民部様の老中登用への賛意だ」

「……」

「何の為か。吉岡様への反撃のためだ。強力な一門衆が誕生するのを吉岡様は望んでいない。無論、我が殿も。何故か。その一門衆を通じて、義鎮公が今の秩序を変えてしまうだろうからだ」

「……」

「この反対では殿と吉岡様は一致している。が、決定的な点で一致を見ていない。それは軍略について。今回、出雲勢と組んで安芸勢を攻めるというが、残念な事にこのままでは成功しないと殿は踏んでいる」

「ほう」

「原因は指揮権の分立にある。我が主人と吉弘様がそれぞれ部隊を率いて門司を攻める。骨子は前回とほぼ同じ。異なるのは出雲勢の事だけ。さらに出雲勢の呼びかけによる受け身の戦略だ」

「……」

「主人鑑連は見限ったのですよ。老中筆頭吉岡様の軍略を。そして義鎮公の軍事上の代理人でしかない吉弘様も」

「吉弘様は関係あるまい」

「あるさ!吉岡様に忠実ではないか!」

「戸次様が吉弘様を見限ったという根拠は?」

「前回の戦いを見てだ」

「しかし、二度目で上手く行くかもしれんぞ」

「二度目で成功させるなんて!それは才能の欠如というもの。我が主人鑑連であれば、一度目で成功に持って行くに違いない。それをさせないのは、国家大友の運営方式そのものが抱える病によるのだ!」

「……砂利めが言うではないか」

「国家大友は、唯一人の大将に大権を預けることが出来ない。信義が不足しているからか、相性の問題か、伝統なのか、それはワカりません。が、次もまた失敗する。義鎮公はもとより吉岡様も、主人鑑連の持つ真の戦略の理解者ではない。であればこそ、取引をしたのです」

「迂遠迂遠!要点を言え!」

「うるさい!話を聞け!」

「……」

「……」

「つ、続けて」

「次しくじれば、筑前豊前だけでなく、筑後肥後まで謀反の火が燻り始めるかもしれない。それを防ぐために、筑後からの進路を、殿は進むのです」

「……勝てば謀反の心配はないだろう」

「勝てぬ、と老中としての殿が判断しているのです」

「……で」

「勝てぬまでも、吉岡様は全力で戦況を取り繕うでしょう。和平の斡旋によって。前々回に今は亡き田北様、臼杵様がそうしたように。そりゃ仕方ない。吉岡様は強靭な武力をお持ちでないのだから。その時、傷口を最小限に抑え、すぐに止血できるように殿は配慮しているのです!なんという忠誠心!なんという慧眼か!それに引き換えあんたらは一体全体何をしている!それでも本当に九州探題大友義鎮公近くに侍る筆頭老中か!咒師か!味方の足ばかり引っ張りやがって!それとも何か!殿を出汁に猿を殺させた吉岡様は英雄なのか!汚い手段だ!猿は義鎮公へ面会を求める重臣達に襲いかかったという!それは義鎮公なりの批判だ!あんたらへの!だらしないあんたらへの批判だよ!猿の相手程度が似つかわしいってことだ!あんたらには才覚がないんだよ!見てろ!主人鑑連は、必ず国家大友の危機をまた救うからな!覚えてろ!」


 何故かよくわからないまま激昂してしまった森下備中、そう言い放ち、石宗の前から走り去った。石宗がどのような表情をしていたかも備中にはワカらない。


 しかしだ。冷静を取り戻すと、何と大それた事をしてしまったのか、と青くなる。相手は大友家専属の咒師だというのに。このままでは処分される。


「せ、切腹……」


 ふと腹が落ちる感覚を覚えた備中、思わず吐いてしまう。


「うげっ、うげげっ」


 免責は得られないかも知れない。なら出奔しようか。何処へ?ふと、田原常陸の爽やかな笑みが眼に浮かぶが、


「いやいや、あのお方に迷惑はかけられない」


と首を振る。すると、佐伯紀伊守の優しい表情を思い出す。伊予か……と独り言ちる備中に、


「伊予がどうしたって?」


と背後からシビれる声が飛んできた。


「と、とととと」

「伊予の佐伯紀伊守の従者になりたいか?なんなら推薦状を出してやるが」

「……」

「何か言え」

「も、申し訳ありませんでした……何もかも、私が悪かったのです……この不始末」

「ふむ」

「は、腹を掻っ切ってお詫びを」

「無用だ」

「栄光の戸次の家門に泥を……自らを裁き」

「無用だ」

「い、今この場で潔く腹をば」

「無用だ」

「ふぎっ」


 頭上から足蹴りが降ってきた。感触が不思議と心地よい。そして、足の裏から感じたのである。主人鑑連がいつもとは少し異なる感じで口角を上げている表情が。


「無用だから……屋敷に帰るぞ」

「は、はぃ」

「……」

「……」


 沈黙する鑑連に、首をもたげた備中が続く。戸次邸が見えてきた頃、鑑連は口を開く。


「貴様は明日から忙しくなる。高橋や立花と連携せねば、ワシの仕事は上手くいかん。その為には書を用意せねばならん」

「と、殿。しかし、私は舌禍を……」

「まだ禍にはなっとらん。それに、あの程度の言葉で問題にするほど、石宗も暇ではあるまい」

「ご、ご存知な……ので……」

「クックックッ、家中の者全員に聞こえていたよ」

「……」

「石宗も笑っていた。だから心配は無用だ」

「は……はぃ」

「備中聞け」


 備中に背を向けたまま、鑑連は諭す。それは珍しいものであった。


「まだ、石宗はワシの味方だ。しかし、義鎮が雇用主だ。さらに、吉岡は客だ。その意味では、ワシも客の一人だ。こういう手合いは使いようなのだ。この考えに立てば、あのやり取りも悪くはない。情報を仕入れて、他所でさばいて、新たに仕入れたネタをさばきにやってくる。上客であるワシの好意を損なう真似はせんよ」

「……はっ」

「備中」

「はい」

「ワシの役に立て」

「……はっ!」

「死んではなんの役にもたたんからな、クックックッ!」

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