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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第7衝 首改の鑑連

「備中、阿蘇家の使者はいそうか」

「はっ、あの丘のあたりに武者が単騎でおるのが見えます」

「呼んでこい、早くしろ」

「はっ、はっ」


 はっは息を切らせて丘まで走る備中は運動がさほど得意ではなく、武士の中にあってはむしろ苦手である。それでも主人の命だ。


「ああ辛い。こういう時にこそ、思考は停止させねば」


 気づけば、ぼんやりした頭のまま使者の前に立っていた。はっとして口を開く。


「阿蘇家の方か。私は大友家家臣戸次鑑連が家臣……」

「わかってるよ。首改だろ。今行くよ」


と、吐き捨てるようにほざいた。このような対応を受けるとは全く予想外の森下備中。無粋な態度だ、とプリプリしながらあらくれ武者を連れて戻る。


 なのにその武士はここに至り大いにへりくだり、片膝をついた。備中が目を丸くしている間に、すらすら自己紹介を済ませてしまう。


「阿蘇家家老甲斐親直です。以後どうぞよろしくお願い申し上げます。ここにあるは戸次様お求めの御標、どうぞお受け取りください。大友家に阿蘇家、両家の変わらぬ友好を確認するために、拙者は参りました。そして肥後隈本(現熊本市)までの道案内も努めさせて頂きます」


 阿蘇家はかくもゴツく人相の悪いあらくれを何故家老にしているのか、と驚いた備中。鑑連はというと、あらくれが持参した桶を開けるよう、森下備中に命じる。一瞬、主人の顔に視線を投げて再考を促す備中。対して無言の鑑連だが、下郎の身分の上下を弁えぬ思い上がりに怒りを溜めている、という顔だった。


 主人の雷が落ちるまえに、言う通りにする備中。主人に雷が落ちればいいのに、と思いながらえへえへ薄笑いを浮かべる。目を瞑ったまま異臭が漂う桶を開けると、


「傾けろ」


という冷たく厳しい声が飛ぶ。そんなの首改役の仕事では、と異論を訴えたいが、場の空気がそれを歓迎していない。内臓を蝕む微かな異臭に耐えながら備中、しかたなくおっかなびっくり桶を鑑連に向けて傾ける。


「おお、これぞまさしく我が舅、入田親誠殿の首だ。どれ」


 ここで鑑連、生首の落髪を無造作に掴みて持ち上げる。血の雫が肩に垂れ、イヤな気分でいっぱいになる備中。


 眼球、くちびる、歯、少し垂れた舌、首の切断面を観察しながら、ふんふん頷いていた鑑連は、ふいに生首を桶にズボっと戻す。首の断面がゴスン、と沈む音が不気味に響いた。阿蘇家のあらくれを向き、胸を張り口を開く。


「大友家の望みは達成された。大宮司様には心より感謝申し上げる。我が殿も、阿蘇家の方々がこうしてくれることを予想していた。つまりは伝言を預かっており……えー、これまで通り、大友家と阿蘇家の友好関係は変わらない、阿蘇家の所領についても大友家はその保持を全面的に支持するものである」


 珍しく丁寧な言葉を吐いてみせる主人をみてほほうと上目遣いをする備中だが、鑑連が入田の血に汚れたその手を、備中の甲冑や袖で吹き始めると、驚きのあまり声も出ず、酸素不足が極まってついに悲鳴が破裂した。そんな備中に無言でゲンコツを食らわせる鑑連を前に、あらくれ武者は一切の表情を変えずに正面を見据えている。


 情けない近習に比べ、あらくれ武者の堂々たる態度を心強いと思ったのか、


「隈本城までの案内を頼めるか」


とこれまた口調を正して依頼する鑑連。その間、哀れな備中は苦虫をすりつぶしたような顔で、キョロキョロと体を清める池や川を必死に探し続けていた。

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