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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第77話 意馬の鑑連

「また何かやったな」


 好々爺の表情を崩さない吉岡だが、内面は相当複雑な人物であるのは間違いなく、かつて目の前で書を文字通り丸呑みにした姿には忘れ得ぬものがある。


「挨拶はよろしいでしょう。今日来たのはお宅の」

「おや今回は備中も一緒か。珍しいな」


 備中をみて笑顔を作る吉岡。そう、それは作るという表現が似つかわしいなんとも言えない表情であった。よく見なければ気がつかないが、余り機嫌は良くない様子。なんと言っても先の敗北の責任者なのだ。


「今日来たのはお宅のご家臣がこれに話を」

「備中どうだ。調子の方は」


 また話の腰を折る吉岡。鑑連の顔を確認する備中に、主人はフン、と鼻を振り、返して良い、と示す。


「……はっ。しゅ、主人の仕事を通して、国家大友の方、方々の御為になるよう日々」

「先の戦いでの活躍については鑑連殿から聞いているよ」

「は、はっ?」


 ニンマリと笑う吉岡。これに怖くて振り向けないが、鑑連の憮然とした様子は明らかだ。


「あ、ありがとうございます。こ、今後も精一杯励みます」

「まあ生きて帰ってくるようにな。死んではそれまでだから」


 緊張の中、高揚感を得た備中。老中筆頭に褒められた事よりも、主人が他人に部下の自慢をしたらしい、という話を聞けた事、これまでにない悦びであった。鬼のような殿も、私を多少は評価してくれているのだなあ、と。



 嬉しさに浮かれてしまった備中、その後の話を余り覚えていない。気がつくと、義鎮公の城の前で待っていた。そして、隣には先ほど鑑連にブチのめされた男が立っている。顔の青痣が痛々しい。


「さ、先程は、しゅ、主人が失礼いたしました」

「いや……」


 気まずい沈黙が漂うが、意外にも会話は続く。


「……弟もあれを受けたらしい。兄弟そろって食らうとは」

「弟?」

「あの門番は私の弟なんだ……戸次様の話は聞いた。実物を見るのは初めてだったから……そうと知っていたら、あんな事は言わなかったのだが……」


 思い出したのか、陰気な表情が一層暗くなる男。時間はかかったが、気持ちの切り替えには成功したらしかった。


「……ウチの殿が悪い顔でニヤニヤしていたがどうやら、戸次様を義鎮公にけしかけるつもりかな。ご存知か、老中衆へも面会を謝絶されているらしくてね」

「あ、弟さんに教えてもらいましたよ」


 率直なことを言う人物だと思った備中、門番が教えてくれなかった事を、この男なら教えてくれるかも、と思い、質問をぶつけて見る。すると呆気なく教えてくれた。


「ああ、そりゃ猿だよ」

「猿……あの猿ですか」

「そう、ご出奔中に高崎山で出会ったらしい。義鎮公も物好きなものだ」

「……」

「……」

「猿と?」

「そうだよ。義鎮公に良く懐いて、公の命令しか聞かないようでね」

「はあ、それはまた……」

「この猿が義鎮公の面会拒否の原因だからタチが悪いのよ。面会の間への通路に放たれていて、通る者に襲いかかってくる。無論、身分問わず」

「え!」


 備中、いきなり嫌な予感がし出した。この予感はよく当たるのだ、と。


「通れないのだから、会えないのだよ。義鎮公には」

「ま、まさか……」

「我が殿は戸次様の威によって、猿を退けるつもりに違いない」

「……」

「おっかない人だもんなあ。思い知ったよ」

「……」

「ん?どうした?」

「な、なんということを……」


 額を押さえて呻く備中に不審を認めた門番兄。


「おい、どうした。あ、主人の身を案じているな?大丈夫、あの戸次様なら心配はいらんよ。まあ、猿がびびって逃げ出せば、我が殿もご満足のはずだ」

「主人鑑連は」


 備中、悲鳴のような声を発す。


「きっとその猿を討伐するでしょう。そうなれば、義鎮公の感情はさらに害されるに違いありません」

「え!」

「急ぎ止めねばなりません!吉岡家や戸次家だけではありません。それが国家大友を守ることになるはずです!」

「し、しかし、どうやって」

「我々も中に入りましょう!」

「だから入ったとして、どうやってあの恐ろしい戸次様を阻止するのだ!」

「そ、それは……」


 その時、虚空に悲鳴が響いた。城下まで響いたそれは、間違いなく屋内からのもので、さらに人の声とは異質であること明らかなのだが、恐怖と哀しみを帯び、耳にする者たちの心に陰を差すものであった。


「ああ、遅かったか……」


 がっくり膝をついてうなだれる備中。


「おい、あんた。何があったんだ。言ってくれ。まさか、まさか……」


 起こってしまった事態を瞬時に理解した備中には門番兄の問い掛けに応えるだけの活力が残されていなかった。


 膝を抱えた備中に、立ち尽くす門番兄。ただこの悲劇が豊後の人々の未来に悪しき影響を及ぼさないためにはどうすれば良いのかを、必死に考え続けるしかなかった。

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