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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第76衝 再発の鑑連

「事の始まりは、田原民部様の思いもよらないご活躍にある」

「ふんふん」


 森下備中、情報収集のためとは言え、臼杵の町をさまよい歩いたりはしない。事情に通じていそうな人を訪ねる。気弱武士の備中には辛い高等技能だが、知り合いがいれば話は別である。


「そもそも田原の鉄砲隊は、田原常陸様が整備したもの。それを用いただけで田原民部殿の実力は左程ではない、という意見もある。だが、戦果を上げたのは事実だから、義鎮公も老中昇格を主張されたというワケだ。田原民部殿は、義鎮公が奥方の兄貴。ここは兄妹仲睦まじいそうだし、家庭の平和のための人事なのかもな」


 この吉岡家の門番は、相変わらず門番をしているが情報に通じている風だし、戦場では重要な情報を扱っている。何を考えて、門前に突っ立っているのだろう。


「当然、我が殿は賛成しなかった。あんたの殿も同様だ。片やその時点ではまだ老中だった志賀安房守様は、体調不良を理由に回答をしなかった。まあ、逃げたわけだ」

「志賀様は、門司にもご嫡男を寄越していましたね。ちゃらんぽらんというか」


 笑う門番を見て、こいつも相当ちゃらんぽらんだと思う備中。


「本当にな。だが、これに義鎮公が憤慨された。老中衆によって大友家督が蔑ろにされている、と奥方に叱られたのかもしれん」

「……」

「しかしそれでも、我が殿とあんたの殿は折れなかった。不同意だ、と。頼みの志賀様は面倒を避けて肥後に行っちまった。義鎮公もついにキレたワケだね」

「大友家督ともあろうお方が」

「無理ないよ。弟君を犠牲にせっかく得た筑前豊前では謀反ばかり。安芸勢相手に敗戦続き。頼みの老中二人は死んじまい、残った老中二人は大友家督が命じた人事を受け入れない。そりゃ怒るさ」


 えへっえへっと笑う門番の顔は珍しく人が悪そうであった。


「で、臼杵の城をご出奔したワケだ」

「え!?」


 さすがに驚愕する備中。


「今をときめく戸次伯耆守の近習と言えども、これは知らなかったろ。まあもう戻ってきているんだけどね」

「し、城をお出になられたのですか」

「ああ」

「ど、どちらへ」

「高崎山に」

「なんでまた」

「別府の温泉へ行こうとして、迷ったらしい」

「良くご無事でしたね。冬の山は危険がいっぱいなのに」

「きこりや山寺の僧が世話をしてくれたらしいよ。我が殿は噂に踊らされて、はるか豊前まで人を遣って調べていたっていうのに。義鎮公は人を喰った方だよ。あんたの殿は、形ばかりの捜索しかしなかったって、私の殿の話だがね」


 そう言えば、少し前に鑑連が石宗に漢の大将軍霍光の話を質問していたのは、まさかそういうことなのだろうか。寒気がした備中、頭を振って邪な想像を退けると、


「つ、続けて」


と門番に話を乞う。不敵に笑った門番、応えて曰く、


「そこで義鎮公は友を得たのだ」

「友、ですって」

「そう、もしかしたら生涯の友かもしれんとの噂だ。私の殿はその義鎮公の友に大いにやり込められて、這々の体で逃げ出したらしい」

「あの吉岡様が。それほど弁論に長けているのですか」

「弁論の埒外!あれはヤバイな」


 どのような人物なのだろうか。石宗が如き怪僧か、あるいは義鎮公お気に入りの南蛮の僧の類か。


「そ、その先は?」

「うん」

「……」

「うーん」

「うーん、て」

「ダメだ。話はここまで」

「そんな」

「多分、我が殿が戸次様に話を回しているはずだよ。その線から聞いてごらん」

「ねえ、私とあんたの仲じゃない。いいでしょ」

「ダメダメ。あんたは田原常陸様のお褒めに預かった身だ、すでにね。私なんかとはもう全然住む世界が違いますよ……」

「えー……」

「はは、偉くなったら私のために便宜を図ってくれよ。宜しくお願い申し上げる」


 核心には迫れなかったが、鍵を得た、と判断した森下備中。早速戸次邸に戻り、この話を鑑連へ報告する。すると、


「ワシもその噂は知っているが、最近聞いたばかりだ。確認しようとは思っていたのだがな」

「はっ」

「弁論の埒外、と言っていたか」

「はい、余程の人物のようですが」

「吉岡邸へ行くか。ついてこい」

「はっ!」


 吉岡邸。馴染みの門番が家人と談笑している。その間を割り、無言でジャッと邸内を進む鑑連、腰低く笑みを振りまきながらついて行く備中。


「おい、あんたら待てよ」


 声がかかる。門番の声ではない。ピタ、と歩みを止めた鑑連に、備中、嫌な予感がする。


「軽い挨拶くらいはしていくのが礼儀だろうが」


 馴染みの門番が、よしなさい、と緊迫した声をだすが、その家人はぐいぐい出てくる。


「ふぅ……どこのお偉いさんか知らんが、少しは礼儀というものを学」


 刹那、突風が抜けた。かと思えば、主人鑑連に捻り倒されている家人の悲鳴が響く。


「貴様ため息をつくな!」

「ふごっ!」

「ワシはふうとため息をつく輩が許せんのだ。能力も実力も劣る地べたを這う虫けらの如きくせして、何をえらそうにふうだ。が、我慢ならん!」

「ふぐーっ!」

「下郎」

「……」

「おい下郎、答えろ、こいつの素性は」

「へえっ!わ、わたし!?」


 驚きと恐怖でカチコチになった門番が叫ぶ。


「……ええと。はっ、ははっ!吉岡家が家臣、野津院が出身の」

「黙れ、もう良い」


 叫び始めた門番を怖い声で鎮めてしまう。


「坊や、口の利き方には気をつけろよ」


 鑑連は地べたに倒れた男の顔を優しく叩き、門の先に消えていく。驚きで動けなかった備中だが、馴染みの門番には顔で詫びを入れ、急いで後をついていく。


 他家の、しかも上司の屋敷だというのに、完全なる無遠慮、ドスと上がっていく鑑連。キョロキョロキョドッてしまう備中だが、


「くっ……戸次武士の端くれとしてい、征くしかあるまい」


と意を決して一歩踏み出していく。その前に、自分と主人の草履だけは綺麗に並べるのを忘れないのであった。

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