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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
74/505

第73衝 無断の鑑連

「狼煙を盛大に焚け!」


 豊前、中津平野は佐井川前。撤退戦なのに堂々と休息を得ていた田原常陸隊、大掛かりな狼煙火に弾かれたように動き出した。対する巴旗の安芸勢は動かない。


「安芸勢の様子は?」

「安芸勢、動きません!」

「よし、全部隊、川を渡るぞ!」


 佐井川は大河では無いが、戦闘中の渡河は危険極まりない。襲われれば大混乱必至だが、田原常陸隊、安芸勢の妨害を受けずに渡河を開始する。安芸勢と城が見え、さほど近すぎない位置からまず騎馬隊が対岸に着く。その同じ箇所から足軽や輜重、負傷者が続く。


「安芸勢、未だに動かず!」

「森下殿、素晴らしいぞ。我ら考案の流言策、見事に敵を制していると見える」

「は!感無量です!」


 感動し合う田原常陸と森下備中、そこに無粋な注進に及ぶ武士。


「殿、戸次隊の姿が見えません!」

「構わん!陣形を整えたら直ちに安芸勢を攻撃する!」


 いつも冷静な田原常陸が、珍しく大きな声で号令をかける。


「お待ち下さい、我が隊だけで戦うのですか!」

「まず騎馬隊行け!敵の騎兵を襲うのだ!渡河を急がせろ!森下殿、戦場をよく見て、有益な提言をどんどんしてくれ!」


 矢弾が飛び交い始める。安芸勢も決意したのか、徐々に動き始めているようだ。


「行け!勇武を示せ!恩賞が欲しいだろが!戦わねばありつけん!ワシに続け!」

「殿、お待ち下さい!」


 主君に追いすがる田原武士。なんだか田原常陸が戸次鑑連に見えてきた森下備中。遅れないよう懸命に鞭を振るい、馬を走らせる。


「敵のあの場所!陣容が薄いぞ!本陣の突撃で弱点を突く!クックックッ!」


 ついに備中も叫ぶ。


「殿お待ち下さい!」

「クックックッ!」


 あまりの速さに戦場の風景が歪むようだ。一騎飛ぶが如く走る戸次鑑連のような田原常陸を懸命に追う備中だが、強い違和感をようやく覚えた。


「あれれ?あの笑い声は……田原常陸様のものではなく……」


 気がつけば後ろに味方はいない。敵の姿も無くなっていた。それどころか、田原常陸が戻ってくる。その姿を見て仰天する備中。その手には鉄の扇が握られていた。その道具は心の脅威として記憶されていた。


「……」


 無言で口をパクパクさせる備中に、戸次鑑連の得物を持った田原鑑連が聞き慣れた戸次鑑連の声で笑った。クックックッ、と。刹那、田原常陸は鉄扇を振りかぶり、備中の額をしたたか打ちのめす。


 強烈な痛みとともに視界が回転し、同時に体も落ちていった。


 縁から落下したのである。



「……」


 うわ、今のは全て夢オチか、と己の濃厚な妄想に戦慄する森下備中。疲労が溜まっているのだろうか。


 田原常陸の依頼でやって来た先。左右の馳走役二人は、落ちた備中を支えて助け起こしてくれもしない名ばかり馳走役だ。不審な目で備中を見ている。徹頭、無言だ。備中、己の不覚を無言で恥じ、起き上がる。


 秋の庭に宇佐の宮の神人がやってきた。邸内はなにやら騒がしい様子。


「戸次家のお使者。どうぞこちらへ」

「はい……」


 改めて通された部屋は立派な客間であり、部屋の隣には茶坊主が控える茶室の如き茶の部屋まである。一緒に来た護衛役が先におり、爆睡している。このような場所に通された事もなく、通されて良い身分では無い森下備中、返って萎縮して神人を振り返る。


「あ、あのこれは」


 ニカッと笑った神人は、


「どうぞこちらでお寛ぎください。そして田原常陸様がご到着の際は、何卒よしなに」

「え!」


 急な待遇改善に驚き、襖を引いて下がろうとする神人を止める備中。卑屈な笑みが返ってくる。


「はい、田原常陸様は佐井川、中津川を無事に越えられ、こちらに向かわれているとのこと。お使者の仰る戸次鑑連様の隊もこちらに向かっているとのことであれば……安芸勢も戦いを諦めざるを得なかったのでしょうな!ははは!」

「な、なるほど」

「それではごゆっくり」


 頭を打った衝撃が和らいできたのか、目が覚めてきたのか、頭の混乱が収まった森下備中、前後の事情を色々と思い出してきた。


 田原常陸の依頼でまず自軍陣中に噂を流し、その後宇佐の宮へ行って噂を流すことも依頼され、途中で会う人にも噂を流し、到着後ここでも噂を流していたら、気がつけば軟禁されたのだった……宇佐の宮は安芸勢に通じていたのだろう。


 急に襖が開いて神人が辛笑いをしながら苦しそうに言った。


「いえ、軟禁、ではなくご案内でして」

「……」


 どうやら独り言ちていた備中、今度は己の不明を恥じつつも、諂い笑みの神人を訝しげに見つめる。ずっと監視が付いていたのだから、どう取り繕っても軟禁だろう。それに態度ももっと横柄で高圧的であった気が……との思いの備中。今、それが好転したという事は……カマをかける備中。


「戸次隊も到着しましたか、流石に速いですな!我が主人は!」

「さあ、戸次様の隊はこれから来るのでしょう?ところでお使者の方、あなた様は戸次伯耆守様の……直臣なの……ですか?」

「まあいかにも。近習ですよ」


 胸を張って見せる備中に、勢いよく襖を開け放ち飛び込んで来た神人。


「何卒ご無礼な振る舞い、ご勘弁を……どうぞお願いいたします。数年前に田原常陸様に宮を焼かれて日々が苦しくて苦しくて、これ以上の困難はもう……もう……」

「な、なるほど」

「お願いします。戸次伯耆様には我らの非礼、ご内密に……そして厚かましいのですが、田原常陸様へどうぞよしなにお取り計らい下さい。もう近くまで迫ってきています。お願いします……」

「うーん、私が何かを申し上げても効果は無いと思いますが……」


 すると、いきなり澄まし顔を決める神人。


「それならこのお宮と運命を共にして頂くしかない。おい」


 神人パンパン、と手を打つと、屈強な益荒男数人が入って来た。


「おい、お客人に移ってもらえ」


 へい、と接近してくる益荒男に肝をつぶした森下備中。前言を翻し、命乞いを開始する。


「あ、あのっ。ワカった。ワカりましたよ。やるだけやって見ます」


 まだ澄まし顔を続ける神人に、備中道理を説く。


「私は田原常陸様を尊敬しているから、懇意であると言える。宇佐の宮の処遇をご検討あれ、と伝えると約束しよう。ただし情報が足りない。これでは弁護のしようがないよ」


 顔を見合わせた神人と益荒男。


「ではどうすれば良いので?」

「とりあえず私にだけは事実をありのままに話してくれ。安芸勢との関係、豊前の謀反勢との関わり、田原常陸様へ行った妨害行為。隠したってどうせあの方にはバレる。だからよしなに行くように言い訳を構成するから」


 腕組み唸り思案する神人と益荒男たち。


「果たして、信用できるかどうか」

「このお使者をダシに交渉しますかい?」


 とたんに背筋が寒くなった備中、自分の価値を下げないように言いくるめを試みる。


「戸次家と田原家は別に関係が深い訳ではないから、意味がないと思うよ」


 フフン、と無関心を装ってそう強がる備中を観察する神人。この撤退戦で一番心臓が爆ついてしまう備中。が、これが実った。後に備中は、この嘉事は日頃の行いが良い為である、と角隈石宗に力説をした。


「では、お使者にあらましをお伝えする。我らの運命、頼みましたよ」

「精一杯頑張ります……」

「ここは神社です。ぜひ、神名に誓いを」

「ち、誓います」

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