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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第69衝 晩秋の鑑連

 備中、田原常陸を見るにその超然とした振る舞いは驚きである。苦心して編成した水軍が敵に敗れただけでも落胆必至なのに、再度出陣の上、壊滅を防ぎながら撤退するのだ。


 門司城の戦いで大友方が撤退に追い込まれた原因は、制海権奪取の失敗である。よって、帰国後の強い非難が予想されるが、田原常陸は任務に邁進している。備中なら、それだけで胃に穴が開きそうになる。


 さらに、海での敗北の後に急いで掻き集めた兵は、そんな事情から練度の高い隊ではないが、


「指揮者が不足しているから、城代らの回収は増強になる」

「隊が小規模だから食糧にも不足はしていない。故に敵は、戦闘だな」

「船または馬による追撃。これに対応できれば損害は最小限になるだろう」


 城代らを回収する度に、田原常陸は兵を前にそう力説して士気を鼓舞した。食糧も大盤振る舞いした。が、指揮者級にはそれを許さず質素を求め、なんと備中にも忍従を求めてくる。


「そなたは戸次殿の名代としてここにいる。つまりは臨時で侍大将と同格というワケだね。上席としての務めは果たしてもらうよ」

「はっ!」

「結構だ」


 尊重されるのが嬉しかった備中は空腹も苦にならず、元気良く承知する。田原常陸は備中が向ける感心の眼差しを好意的に受けたのか、作戦上の相談にも同席させる。


「戸次隊は、安芸勢の分隊を陸上で破っているが、件の分隊はどこに上陸したものだったかな」

「蓑島山です」

「そう、あれだね」


 田原常陸が指で示した西の方角に、海に浮かんだ山のように見える箇所がある。紅葉が美しい。


「松山城の連中が餞別に教えてくれたよ。あの島にはまだ安芸勢が潜んでいる」

「待ち伏せでしょうか」

「蓑島山を背後にした瞬間から、敵の追跡が起こる、確実にな。私が攻める側でもそうする」

「ど、どこまで追ってくるでしょうか」

「中津川を越える辺りまでかな……」


 嫌な汗が出る備中。


「その先の城主達に救援を求めましょう」

「無駄だよ。連中は皆、今の我らの顔を見たら歯を剥いて矢弾を飛ばしてくる」

「え!」

「連中は独立精神が旺盛なのさ。故に、近くの豊後より遠くの安芸の統治を受け入れた方が何かと都合が良い」

「はあ……で、では本当に孤立無援ですね」

「中津川を越えれば大丈夫だ。そこは私の顔が利く領域だからな」


 田原常陸隊は進軍を続ける。そして左の方角にある蓑島山を越えた時、気のせいか、山から多くの鳥が空を飛んだ。敵武者の殺気を浴びたのだろうか。



「敵襲!背後より敵の襲撃です!」

「早速、蓑島山からの部隊のようです。数はさほどではありません」

「よし、迎え撃つぞ。この数なら追い返せる。深追い、追い剥ぎは禁止だ。かかれ!」


 戦闘が始まった。戦いの場で備中が役立たずである事は、田原常陸の下に居たとしても変わらないが、臨時の侍大将ということで、本陣で偉そうにしていられる。この貴重な体験に胸ときめかせる森下備中、陣の中央に立ち指示を出し続ける田原常陸を横目で覗く。


「敵騎馬の動きに惑わされるな!槍隊前へ!」


 豊前北部に留まる期間が長くなればその分、危険が深くなるはずなのに、田原常陸は堂々としている。外から見る限り、恐怖など微塵も感じていないようだ。少なくとも、家来達はそんな大将を見て安心し、存分に剛勇を発揮している。まるで戸次隊を見るが如くである。


「敵騎馬は西へ逃げる!追って痛めつけろ!本陣へ戻る事を忘れるなよ!」


 確かにこの人物は、水軍では負けたが、それでも傑物なのではないだろうか。今頃、別の進路からの撤退に全力投入しているはずの戸次鑑連という戦鬼の近くに長く侍ってきた備中は、これまで多くの優れた高位な人々を見る機会があった。


「弓隊前へ!お前達の後ろには足軽が控えている。焦らず、正確に狙え!」


義に厚い佐伯紀伊守、

眩いほど優雅な高橋殿、

異国な方である立花殿、

そして、どこにあっても超然たる田原常陸介。


 彼らは皆、我が主人鑑連がどうあっても及ばない美点を備えている。無論、それは鑑連も同じことだし、極め付けとして、国家大友には謀略に長けた吉岡がいる。これほどの異才が勢ぞろいしている国が他にあるだろうか、という気になる。


「よし!足軽隊前進!正面の敵のみ打ち倒せ!」


 それだけに佐伯紀伊守の出奔は残念であったが、篤実者という点では、吉弘も優れている。人材は豊富で、かつ代替が利くのだ。


「逃げにかかった敵は捨てておけ!我が方の負傷者を集めよ!」


 それでいて、国家大友はこれだけ安芸勢に苦しめられている。国家大友とは異なり、安芸勢は所詮が新興の勢力、パッと出てサッと消えるかもしれない。それなのにだ。


「よし、勝ったぞ!負傷兵の手当てと休憩を直ちに行え!正午前には出発する!」


 至る疑問は一つになる。すなわち、惣領、指導者に問題があるのでは、という点だ。が、備中ですらそう考えているのだ。他の有力者がこの想像に至らないなどと、誰も言えないはずである。


「森下殿」


 これまでの反逆者達は、誰よりも大友家督のその点に気がつき、従う気になれなかったのではないだろうか。


「森下殿、聞こえているか」


 気がつかない内が花なのか。例えば、自分の目の前にいるこのお方などはどうお考えなのか。


「備中、答えよ」

「……」


 今のは主人鑑連のものまねだ。間違いない。このお方もそんな戯言を行うのか。


「恐れながら、良く似ているとは言い難きものが……」

「何を言っている。集中せよ」

「……」

「……」

「はっ!た、大変失礼致しました!」


 森下備中が気がついた時、すでに戦いは終了していた。とりあえずは勝利したようだ。戦場で熟考していた非常識さに田原常陸は不愉快よりも、興味を増じたようで、ニヤニヤしながら備中へ曰く、


「何を考えていたかは問わないが、一つやってもらいたい事がある」

「はっ!なんなりと、はっ!」

「今の勝利は小さなものだが、先の道へ進んで城主達に勝利を喧伝してきてもらいたい。なるべく派手に」

「な、なるほど。多少は風向きが変わるかもしれませんね」


 備中、上々なる意思の疎通に笑みになる。田原常陸はいつも通り明るく述べる。


「そういう事だ。が、戦闘中なのだからいささか危険を伴う。しかし、護衛の兵は割けない。行ってくれるかね?」

「はっ。重要な任務を与えていただき、ありがたき幸せにございます」

「結構」


 どうやら田原常陸と自分は馬が合うようだ。先方の性格もあるのだろうが、そう思える事は幸福だった。森下備中、使番の役目に喜び勇んで馬を駆け、未だ旗色不明瞭な城々へ向かって行った。

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