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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第68衝 強課の鑑連

「は、は、は」


 主人鑑連とはまた異なった威圧がある。


「は、は、は。で、田原隊は活躍していたかい」


 ここは正直が正解だ、と見定めた備中、元気よく。


「はっ!」

「指揮する田原民部殿はどうであった?」

「はっ!存分のご指揮ぶりでした」


 田原常陸の開いた口がさらに広がる。例えるなら獲物を飲み込む獣が如く開いているが、人間の口とはこうまで開くものなのか。く、喰われるかも、と本気で危ぶむ備中。が、ひとしきり開いた口は、ゆっくりと閉じられた。切ないため息とともに。


「そうか、民部殿は功績を立てたか……私の育て上げた兵を用いて」


 なるほど、そういう見方もあるのか。小せえ話だ、とガッカリしないでもない備中であったが、田原常陸のガッカリぶりは中々のものだった。


「私が何を言っているか、ワカらないだろうから説明しよう。つまりだ。吉岡殿は、義鎮公からの依頼をしっかりとこなした、ということだ」


 それでもさっぱり事情がワカらない備中に、田原常陸は小さく笑った。


「戸次殿が戻ったら、聞いてみるといい」


 ここに備中、会話継続の好機を見つけた。曰く、


「ですが、主人が生きて戻って来なければ、それも叶いません。分を弁えない発言を、お許し頂きたく存じます」

「ほう」


 ちょっと興味深げに顔を向けた田原常陸。


「お願いにございます。これより門司城へお寄せ頂き、主人鑑連をお助け頂きたく、お願いいたします!」


 備中の懇願に、田原常陸は吹き出し、大笑いした。それはしばらく続き、近くに控えている田原武士たちも、どんな笑える余興があったのか、と好奇の視線で陣を覗きこんでいる。腹を押さえながら田原常陸は返す。


「ははは……私が門司へ向かう事などありえないよ。まずもう遅い。私が僅かな兵を連れていっても役に立たない」


 そんな事は知ってて言ってるんだよ、と心でツッコミながらも、敢えて深々と平伏し、表情を悟られないようにする備中。


「さらに言えば、戸次殿は実に効果的な、私からすれば辛辣に見える指示を今回出してきた。門司へは向かわずに退路を確保すべし、ということだが、ワカるかい?」


 これは全くワカらなかったため、顔を上げて首を捻る備中。


「豊後へ帰還するため、ここを通らなければならないという法は無い」


 素直に反論する備中。


「で、ですが、一番通りやすい道です。豊前路を除けば暗く険しい山道を……日田までひたすら歩むしかありません」


 ニコリと微笑み、壮年の男ぶり輝く田原常陸。


「そうとも。つまり、安芸勢の追撃は、必ずこの企救郡から始まり、京都郡、中津郡、築城郡を貫いていく」


 思わずむせた備中、気づいてしまった。主人鑑連は何という酷い指示を出したのだろう。


「そう。そなたの主人は私を囮にするつもりなのだ。十中八九……」

「で、では田原様も日田を通って一緒に撤退をなされば……」

「それができない所がこの指示の辛辣な所さ。私は豊前の海岸を従わせ、義鎮公に献上したからこそ今の地位がある。仮に豊前を見捨てれば、そんな立場は簡単に吹き飛ぶよ」


 流石に言葉が出ない備中。


「引くに引けない状況を作り出すのは吉岡殿の十八番のはずなのだが、戸次殿の指示ということなら、彼もまた先達に学ぶ所大きいということかな。は、は、は」


 鑑連や石宗とも違う、その乾いた笑いは超不気味である。だが、主人鑑連のやり口に備中が嫌悪を覚えたのも確かで、それを思えば、目の前の田原常陸は報われない役目を強いられているのだ。ふと、その立場を己に重ねて見てしまった備中。自然と一歩進み出て述べた。


「私も、豊前路を通って、豊後へ帰還いたします」


 妙な顔をした田原常陸へ、弁解じみた説明を行う森下備中。


「しゅ、主人鑑連からそう申しつけられているので、はい」


 興味深そうに備中を頭からつま先まで見直した田原常陸曰く、


「危険は大きく、敵の追撃に命を落とすかもしれない。主人の命令だからといって、従わなければならないのかね?」


 備中、今度は嘘口上を述べると決める。


「主人鑑連には確かに手段を選ばぬ所ございますが、冷酷な人間ではないはずです。命じられた私が田原様に従って豊後へ帰還する事で、その証を示す事ができるかと存じます」


 田原常陸の視線を強く感じた森下備中。この方、もしかして下人の自分を見直してくれたかもしれない。でも申し訳ありません。間違いなく、我が主人鑑連は、田原様がお感じになられた通りの悪辣冷酷辛辣な悪鬼です。そう心の奥底で詫びつつ、しかしその事実とは別に備中は近習としての務めを果たさねばならないのだ。それが下級とはいえ武士の端くれである己が誇りだ。その誇りを胸に、吐いた嘘、心に届け!田原様!


「いいとも。無事に生きて抜けよう」


 嗚呼、届いた……。死ぬ事よりも恐ろしい事、それは軽蔑を向けられる事。その事に気がついた備中は、自分が一回り大きくなった気がしていた。



 数日後、豊前松山城に吉岡家からの早馬が来た。


「田原常陸介様に申し上げます!我が方の門司城攻めは終わり、全軍退却に入りました!」

「本隊のお歴々に変わりは無いかな」

「はっ!」

「戦果はどうだった」

「攻城も深入りをせず、それでいて幾らかの成果を上がっています。ですが敵の追撃は必至であり、田原常陸介様におかれましては格別なるご用心が必要だと、御老中衆より承っております」

「ワカった」

「それではこれにて!」


 退出しようとするその使者を止める田原常陸。真顔である。


「お使者。どちらへ?」

「えっ……はっ。本隊に合流いたします」


 真顔のまま、続ける田原常陸。


「そなたは吉岡殿の伝令だろう。我らと共にここにあって、何か異変があればまた報告に戻ればよろしい」


 苦々しい笑顔を見せ、それを拒否するお使者。


「はっ……あのっ……主君の命により戻らねばなりませんので……これにて!」


 脱兎の如く去っていった使者。変わらず真顔の田原常陸。ここで意地の悪い顔をしない点は、この人物のお堅い性格を表しているのかも、主人鑑連なら悪鬼面になるもんだし、と実力者達の違いに想いを馳せる備中。


「……」

「……」

「森下殿」

「はっ」


 田原常陸は、備中を森下殿と呼ぶ。鑑連は戸次殿。これは老中とその下郎を同列に扱うという不遜だ、と備中は感づいたが、それにはツッコまない。


「そなたを私に寄越した戸次殿はともかく、吉岡殿は私を安芸勢への生贄に捧げるつもりのようだね」

「……」

「は、は、は。正直な気持ちを述べても構わないよ。誰にも言わないから」

「は、はあ……」

「ふふふ、まあいいか。よし、それでは我々も作戦開始だ」


 兵を前に演説を開始する田原常陸。


「これから豊後安岐城へ帰還するが、海と陸それぞれの追撃を交わしながらの進軍になる。同時に、道中の城に配属された大友方の城代達を無事に回収しなければならない……これは名を挙げる好機だ!栄達の機会を逃すな!大いに戦え!」


 逆境を活かす話し方をするとは、中々にニクいね、とその統率力の高さを見せつけられた備中も、いつの間にか不思議な高揚の中にあった。こうして田原常陸隊は撤退を開始した。



 田原常陸隊が大友家の役人を伴って去った後、豊前松山城は直ちに安芸勢の旗を掲げるのであった。

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