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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
65/505

第64衝 熾烈の鑑連

「吉弘様!伝令です!」


 備中、馬から飛び降り小走りに声を張り上げると、吉弘家の武将が出てくる。遠目に座ったままの副将も見える。


「戸次隊の連絡兵か」


 彼ら将の顔色が険しく変わったような気がした。これも妙な戦自慢をして、嫌われたためだろう。しかしへこたれず、備中報告をする。


「申し上げます!安芸の水軍、田北隊への集中攻勢を開始しました!」


 一斉に騒めく陣内。見渡せば、内応者を力づける為か、立派な作りの陣だ。


「殿、三の丸から引きましょう!」

「しかし三の丸から下がれば城内の内応者を見殺しにすることになる!」

「中で何が起きているか、ワカったものではない!」

「お使者、田北隊は持ち堪えられそうか!」


 問われた備中、盛り上がりを見せる戦さ場の殺気に怯えながら答えて曰く、


「む、難しいかと……」

「え?何?聞こえない」

「む、難しい!難しいと!」


 こんな時でなくとも、見て感じたままを伝えるしかない文系武士。


 毅然と立ち上がった副将吉弘、落ち着き払って、命令を発する。


「兵を戻す。半分ずつだ。目立たないように走れ」

「しかし、追撃の危険が……」

「危険を覚悟しろ。本陣は最後衛だ」


 備中は副将吉弘の発する静かなる響きに胸打たれた。この地味で一見貧相ですらある人物なのに、今は凛々しい。


「大友方には、こんな方がいたのか」


 部下達は自分達の指揮官の美徳を良く承知しているのだろう。危険極まりない命令にも速やかに従っていた。ひとしきり感動し、去ろうとする備中に、吉弘が言った。


「備中、その方角は危ないぞ。こっちだ」

「……いや、あの」


 危険極まりない場から馬で離脱するつもりの備中を、素の言葉で危地に引きずりこむつもりか。悪意は一切感じない。


「我が隊はこの辺りの路を熟知している……つもりだ。共に生きて豊後へ帰ろう」


 備中仕方なく、死の気配漂う側に馬首を向けた。



 吉弘隊の撤退を見計らっていたように、勢いよく三の丸城門が開け放たれ、安芸兵が飛び出して来た。


「敵の追撃だ!」

「怯むな!城の敵は所詮寡兵、押し戻せ!」


 吉弘隊、後退しながらの迎撃という困難な戦いを強いられる。だが、内応策の失敗は既に明らか。こうなると、兵も動揺し始め、吉弘隊は押されはじめる。


 その時、戦場に声が響いた。


「田北隊、総崩れ!田北隊ッ総崩れッ!」


 この声に吉弘隊はみな退路を向く。備中も。そこに追撃兵らが容赦なく襲い掛かった。一方的な攻勢となった。


 そんな筈は無い。苦境にあるのは事実なれど、未だ隊は名誉を求め門司退陣能わず。剣戟に脅える備中、動揺と共に思い直す。これは敵の流言だ、と確信すると誤謬を質したくなる。


「田北隊はまだ健在!騙されるな!」


 備中馬上で声を張り上げるが、文系武士の欠点は声が伸びないこと。戦の轟音に掻き消される。それでも見たままを叫ぶ。それが自身の役割ではないか。矢弾が飛び交う中、馬上で誤りを訂正しつづける備中は敵味方から目立った。


 その時であった。にゅっと伸ばされた槍の一撃が備中の頭を激しく打った。瞬間全身の力が抜けた備中はもんどりうって落馬した。


 その備中に敵が殺到する。抵抗をする間も無く、刀が備中の全身を突き刺し、斬りつけ、首に冷たい感触を覚えた後、鋭い痛みと生暖かさが広がった。備中はそのまま起き上がれず、瞬く間に首級を挙げられた。遠くに、吉弘が叫ぶ姿が見える。


「森下備中!しっかりせよ!」


 ああ、ここで死んだ……思えば我が一生、何も思い出せない。


「備中!しっかり!しっかりするのだ!」


 無理です……首刎ねられては……主人鑑連へ家族の行く末お頼み申すとお伝えください……


「備中!」


 眉間に衝撃があった。誰かが拳固を繰り出したのだ。首をはねた上、鉄拳を見舞うとは。しかし主人鑑連の悪徳を思えば已む無しか。


「いたたた、死者に何という事を」

「目を覚ましたぞ!備中、ワカるか?」

「……はっ」

「私だ。吉弘だ」

「……はい」


 討ち取られた妄想から覚めた備中、側頭部を押さえる。ズキリと痛みが走り、大きなたんこぶが出来ていた。抱き抱えてくれていた吉弘が、備中を背負いながら笑った。


「大丈夫、出血はしていない。長槍は鉢金を突いただけだよ。馬は敵に奪われた。立てるか」

「は、はい」

「田北隊はまだ総崩れではないのか」

「あ、足が痺れて……」

「どうなんだ」

「は、はい!」


 たぶん、の声は出てこなかった。最前線で奮闘する副将吉弘を前に、言える筈がない。


「よし!おい」

「はっ!安芸水軍が引いたぞ!安芸水軍、一時退却!」


 吉弘の合図で武士らが大声でそう叫び始める。


「それは良かったです。いや何より……」

「そうだな、よし、ゆっくりと退がるからな、ついてこいよ。次だ」


 二つ目の合図で、法螺貝が鳴り始めた。本隊健在と後退を告げる合図か。やはり退がるのか。では、安芸勢は引いていないのか。


「虚報に虚報で返したのか……知的だ」


 咄嗟の判断の見事さに唸っていると、備中はどうしようもない尿意に襲われた。命が助かった事で体も安心したのだろうか。山蔭で用を済ませて戻ってくると気がつけば副将吉弘がいない。


「殿は最前線に入った。田北、田原隊を支援して、戦線を突破した敵を押し戻すために」


 一時の混乱を収拾した吉弘隊は、門司城三の丸からの撤退に成功したと判断し、休む間も無く攻勢に転じたのか。何か役に立ちたい。そう強く感じた備中も、最前線へ足を向け歩みつつ、考える。


「やはり人は人のために動くのだ……吉弘様は素晴らしい……ん?殿のために、動くこともあるな。つまり、殿も素晴らしいのかも……うーん。良いところもあるか……なあ」


 悩みながら歩を進めると、海が見えてきた。火の粉が舞い、戦の気が充満した危険極まりない海岸で、備中は吉弘を探して周る。

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