第63衝 狼煙の鑑連
目下、戦役は停滞気味である。そんな時、石宗が陣中見舞いにやってきた。鑑連、石宗、備中三名で会談を行う。これまでの経緯詳細を石宗が知るや、
「なるほど。安芸勢は何としても海峡を突破したい。我らとしては何としても防ぎたい。相手が根を上げるまで」
腕組み、大きく頷く鑑連。その所作だけで歴戦の武将も悪鬼の恐ろしさを感じるものだが、石宗は全く構う事なく、いつもの笑いを披露する。
「はっはっはっ!我らが相手に対して一方的に不利かと言えばそうでもない。隊を率いていない某が臼杵から門司まで支障なく無事に来れたように、豊前に上陸した安芸勢の動きは活発ではない」
意外な顔持ちの鑑連、同感の備中が尋ねる。
「それは本当ですか」
「ははっ!偽りを言う意味が?」
相変わらず目下相手には手厳しい。石宗は続ける。
「豊前筑前の諸城はこの戦、国家大友が守りきるか、安芸勢が突破するかを見定めているのです。それで、今は静かにしている。裏切り明白……かもしれない松山城もそうでしょう。だかれ、この戦いに勝てば全ては元どおりですよ」
「守りきるために、吉岡ジジイが内応を画策しているらしい。が、誰が相手かは不明だ。ジジイも何も漏らさない」
「ふむぅ」
一瞬考えた素振りをした石宗、小気味よく手を打ち回答する。
「狼煙ですな」
「狼煙?」
「そうだ。城は取り囲まれている。敵本体は海峡の向こう。自然に合図を交わすには、それが一番」
「あるいは鳩を飛ばすなどは」
「ははっ!そんなもの、当てになるかね……まっ、某は出来るがねっ」
「で、では、城か海峡向こうかで狼煙が上がったら、何かが起こるということですね」
「絶対に城さ。赤間関側で狼煙を焚いた所で、追い詰められている門司城側では出来ることは限られている。城の側で合図して、本隊の行動を助けるしかない」
「合図によって何を、知らせるのでしょうか」
これには鑑連が回答する。
「それは決まっている。戦線に穴が生じたことを伝えて、突撃の時宜を伝える、と言うことだ。門司城は高所にあるから、それもワカりやすい」
「はい、同感です」
「な、なるほど」
鑑連、満足げに鉄扇を手で鳴らして、石宗に向き直る。
「先生と会話をしていると、発想がどんどん湧いてくるようだ。礼を言う」
なんと、あの鑑連が頭を下げた。驚愕して動けない備中を横目でチラリと見た石宗は、フフンと鼻を鳴らして、鑑連の前で手を合わせる。
「全ては天道のお導き……はっはっはっ!」
「クックックッ!」
「……」
主人鑑連は思い切りの良い応対を好むのか、と自分も石宗のそれを真似てみるべきか、真剣に考える備中であった。
「と、殿!城から狼煙が上がりました!」
「動いたか。手筈通り、連絡を密にな」
「はっ、配下の連絡兵達が、逐一吉弘隊の動きを知らせます」
早速飛び込んで来た連絡兵が叫ぶ。
「申し上げます!吉弘隊が三の丸へ移動しました!」
「ご、ご苦労、再び戻りて配置につけ!」
「はっ!」
連絡兵、再び飛び出していく。
「吉岡の仕込みがどう機能するか、見モノだな……クックックッ」
その言い方には明らかに棘があった。ここに至り全てワカってしまった森下備中。主人鑑連は、老中吉岡のしくじりに期待しているのだ。老中筆頭田北が地位を降り、更に吉岡も下がれば、あっという間に鑑連が老中筆頭になる。これまでの言動を振り返り、この仮説に得心がいった備中。背筋に冷たさを感じながら、連絡兵を待ち続ける。
「申し上げます!三の丸付近で、大規模な戦いは発生しておりません」
「ご苦労!配置に戻れ!」
「ははっ!」
「吉弘隊は内応を期待しているのだ。だから、攻勢に出ない」
「で、ですが」
「なんだ」
「これでは吉弘隊は足を縛られているようなものなのでは……」
鑑連、悪鬼面の片鱗を見せて嗤う。
「そうさ。敵の狙いはそれだよ備中。内応を期待して待つ吉弘が積極攻勢に出ない以上、城は時間を稼ぐことができる」
「そんな」
陣中見舞い以来、戸次の陣に入り浸っている石宗が、親切に解説しはじめる。
「ははっ、さらに狼煙を見て安芸勢が攻め寄せてくれば、海沿いの戦線は危うし、ですな」
「内応は失敗したのですか!」
叫ぶ備中、皮肉な石宗に斜に構えた鑑連。
「落ち着け、まだワカらん。こればかりは誰にもワカらん。故に、こんな博打に打って出た吉岡は、戦場をワカっていないと言うことになる。余計な事をしてくれたものだ」
「しかし、戸次様にとっては好機……!」
印を作りながらニヤニヤする石宗に悪い顔を見せる鑑連。さらに連絡兵曰く、
「申し上げます!安芸勢が海峡を急進してきました!田北隊の担当箇所を絶え間なく攻めたて、火矢弾等放っています!かつてない数です!」
「来たぞ!備中、由布に伝えろ。手筈通りやるようにと!」
「は、ははっ!」
「では行け!」
三の丸に詰めかけている吉弘隊に向かって馬を駆けさせる森下備中。途中、悲鳴と破裂音交差する田北の陣を通り過ぎ、肝を冷やす。
「あわわ……さすがにこれは多勢に無勢なんじゃ……」
しかし、自分に何ができるワケでもない。役目を果たすため、三の丸へ疾る。そこでは兵士たちの不満に満ちた声が飛び交っていた。
「城門は開かないのか!」
「しばらく待て!」
「これでは無駄に時を逸しているだけだ!開かぬなら壊門させてくれ!手柄を上げられないだろうが!」
困惑の声を耳にしながら、吉弘隊本陣の旗目掛けて備中は飛び込んでいった。そして体のどこかで、この戦いは負けるのではないか、という予感を感じていた。




