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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
63/505

第62衝 勘査の鑑連

 自陣へ帰還した鑑連は、忍び近づいていた安芸勢撃破の戦績を陣中にて派手に吹聴させた。


「お前たち、世間話をするにしても勝利の話をまずしてから、と心得るように」

「はっ」

「クックックッ!」


 以下は戸次弟、由布、内田の言葉である。


「生きるも地獄、死ぬも同じ。ちょっと有り得ないまさかの戦いだったよ……ところで田原隊の諸君、ご機嫌は如何かな」

「……聞いた話とは言え、完勝のなんたるかを知れたことは幸いであった。うむ、巡回ご苦労」

「私は比類ない功績をあげた!感状も早速頂いたのだ!ああ、ああ!」


 一回ならまだしも、常識に欠ける点も無くはない戸次弟と内田の言動は、他家の人間に白眼視された。もっとも、二人とて命令に従って行動しているに過ぎない。


 とは言え、勝報の効果はあり、全体の士気は確実に上がったのだ。断続的に接近してくる安芸の船団との戦いにも、熱が入るようになる大友方。一攫千金、次の武勲を求める命知らず共が活発に動き始めると、予想だにしない人物にまで影響が及ぶ。



「備中」

「はっ」


 鑑連の前で片膝つく備中。新たな命令だろうか。


「吉岡ジジイに会ってこい」

「はっ、何か新情報をお伝えいたしますか」

「噂の確認だ。ジジイが誰かに内応調略を仕掛けているらしい。やり方は任せるから調べてこい」

「ははっ、しかし総大将も、城の正面でジッとしていただけじゃなかったということですね!」

「愚か者」


 小さく雷が飛んだ。


「上手く行けばの話だろうが。しかも、今回は相手が悪い」


 ぐにゃと顔を歪め、意地の悪い人相になる鑑連。


「相手ですか」

「安芸勢の首魁には詐欺的手法の定評がありすぎるのだぞ。騙す相手には不足しない吉岡ジジイでも、敵わないのではないか」


 その首魁が毛利元就という人物である事は、さすがに知らぬ者はいなくなっていた。


「だから失敗を予期して調べるのだ。止める必要はない、内応なんて面倒事、やりたい奴にやらせればよいのだからな。我々はその上で、動く」



 これは密偵の仕事だ、と仲間を探る罪悪感に苛まれつつも、吉岡の陣までやってきた森下備中。名乗ると吉岡家の例の門番が会ってくれた。吉岡家にはこいつしか人がいないのだろうか、と独り言ちる備中に、門番は笑顔で近づいてくる。


「やあ備中殿」

「これは門番殿。吉岡様へ主人鑑連より連絡です」

「書状は受け取っておくよ。殿は不在なのでね……あんたは祐筆もやるんだろ?内容について教えてくれよ」

「主人鑑連が安芸の分隊に勝った戦いの記録だという事です」

「そ、そうか」


 門番言い淀んだのは、一度、鑑連は不機嫌のとばっちりを受けたからか、それともそんな下らないものを持参した事に呆れたのか。構わず会話を続ける自分の姿に、備中は主人の振る舞いと重ねて視た。門番も構わずにブツブツ言い始める。


「こんな長逗留になるとは思わなかったよ。早く臼杵へ帰りたいぜ」

「我々戸次隊はもっと長く門司に居るのですよ」

「そうだった。ははは、さすがに飽きるだろうな」

「それで吉岡様はどちらへ?」

「吉弘様の陣だよ。何か打ち合わせだろ」


 こいつから情報を得る事はできるだろうか。備中疑問に思いつつも、作り笑顔で話題を作る。


「城のこちら側での、戦はどうですか」

「たまに矢弾を撃ち合う事はあるけど、派手な事は何もないよ、出世するには不向きな場所かな」


 どうやらこの陣は暇のようだ。ならば……と一歩前に出る鑑連の下僕。


「顔馴染みの誼で教えてほしい事が……いや教えて下さい」

「へえ、いいとも。何かね」

「調略が為されているという噂についてですが」


 門番殿、彼から見て右上を視ながら曰く、


「そんな噂、初めて聞いたよ」


 門番のその振る舞いに、備中の目がキラリと光った。


「人が応えをする時に、右上に視線を向ける者、それは偽りを述べている証」


 これは備中があの石宗から教わった読心術である。その根拠詳細は不明だが、あの詐欺師の詐術だけは信用に足るのでは、と確信している備中だ。石宗の不快極まる笑い声を思い出しながら門番の嘘も確信した。備中、相手の人の良さに付け込み、さらに問い質す。


「仕掛け先は誰……なんでしょうね?」

「(正面を見据え)ワカらん」

「赤間関方面ですか?」

「(正面を見据え)……さあ、噂だろ」

「または門司城でしょうか?!」

「(右上を見ながら)いやいやワカらんよ」


 やはりこの男は何か知っているのか。訝しむ森下備中。ふむふむと頷くと、相手もさすがに不審な目で見てくる。


「な、なんだよ」

「まあまあ、で、どんな内応を指示したの?」

「(正面を見据え)だから知らないって」

「吉岡様は智謀の方ですからねえ」

「(微笑んで)まあ確かにな」

「戸次家が功績をあげちゃって、焦ってる?」

「(右上に目を逸らし)そんな事は……ないよ?」

「吉利支丹、ウソつかない!」

「(十字を切り)何で知ってるの?!」


 有益な情報が得られずうーむと唸る森下備中。ここは武士らしく、搦め手から攻めるか。


「なあ……こんなとこでおしゃべりしてて、いいのかい」

「吉岡様がいつか仰られた。君が私を評して戸次家の良心と褒めてくれたと」

「た、確かに。備中、殿と親しいんだなあ。そんな話まで」

「そうでしょ。だからさ、内応について、教えてくれよ」

「それなら殿に直接聞いた方がいいんでは?」

「……」

「……」

「帰ります」

「そ、そうか……スマンね。力になれなくて」


 老中吉岡に会って話を聞く、よくよく考えてみれば、これほど成果が期待できない事もない。それこそ主人鑑連の言う通り、相手が悪すぎる。



「というわけで、殿。何らかの陰謀は間違いなくある、と判断するに吝かではありません」


 備中の報告を聞く一同なんだそりゃ、という表情になる。鑑連は激怒し、二喝する。


「たわけが!下がれ!」

「ははっ!」


 叱られて退出する備中を、他の幕僚達は気の毒そうに眺めていた。が、一人内田だけはニヤニヤしながら前に進み出て、


「殿。私が得た情報によると」

「ほう、吉岡ジジイに会ったのか」

「いえ、そうではありません。流言を独自に分析して」

「黙れ!下がれ!」

「ははっ!」


 門司包囲戦は初夏に始まり、すでに秋風を感じる季節へと移っている。権限を奪われている鑑連自身にはどうしようもない。心ある幹部達は、老中吉岡の策に密かな期待を寄せるしかなかった。

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