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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第5衝 追討の鑑連

 大友家にて大殿と呼ばれていた当主大友義鑑公の死が発表された。謀反人達の兇刃は、大殿だけでなく、寵愛に一方ならぬものがあった大友家三男坊と多くの女房達の命まで奪っていった。大殿義鑑公の奥はほぼ皆殺しにされ、全滅した。それでも辛うじて最後の息を残していた大殿は、群臣の前にて嫡男義鎮に家督を譲った、と公表された。


「知れたものか。それを見た者は限られているのだし」


 予想された非業に憤る備中だが、


「身分の低い我が身には関係ないか」


と思い直して書状を書き続ける。それもまた、道徳に外れているような後味の悪さがあったが、明日を生きるには捨て去らねばならない。



 鑑連はすでに本領に戻っている。自分だけがなぜこの府内で文を書き続けなければならないのか、と不機嫌になったりはしない。むしろ、


「鑑連様……あっきつら様……悪鬼から解放されるとは、こういうことか……」


と清々しさを覚えるほどであり、故に筆も進むのだ。


 書状の要点はこうだ。

若殿義鎮が家督を継いだ事。

先代義鑑が逆徒に殺されたためである事。

逆徒とはすなわち先代を誑かした入田親誠なる老中である事。

新たな家督は入田の老中の地位を解いた事。

隣国肥後の反徒と結託している事。

武士たるもの皆これを討伐して然るべき事。



「いかがでしょうか」


 大量の書状を府内の奉行所へ持ち込む。点検するのは一人の翁で、飛びっきりの老人だ。


「よいじゃろ」

「ありがたきしあわせ」


 数多い書状をまとめながら備中を見る事なく翁は続ける。


「戸次伯耆守殿はすでに津賀牟礼城を落としたそうだ。入田は取り逃がしたようだがな。いやあ、羨ましい若さだ。そのまま肥後隈本まで進み、菊池殿を討って一件落着、かな」

「はっ!」


 翁は微笑み、下がってよい、と手を振った。備中が退室しようとすると後ろから言葉で止めて、


「ああ、そなただったかな。あの文を記したのは。あの文とは、例のあの文のことだ」


 翁は懐に手を入れる仕草をする。あの時、近くにいた人物か。驚き畏まって、返事を控えて片膝をつく備中。


「新たな老中衆も出揃った。一同、殿を前に忠誠を誓い合った。新しい大友の世がやってきたのだ。それもこれも伯耆守鑑連殿のお陰。そなた良い主君を持って幸せねえ」


 本心の、あんな悪鬼……そんなわけあるかい、とはさすがに言えぬ。こんな時、平伏していれば相手に顔を知られる事はない。顔を埋めつつ、鬼が笑う如き、鑑連の顔真似をしてしまう備中だが、


「なるほど、そなたは主人が居なくて羽を伸ばしているということか」


 見えるはずがないのに、と心臓が止まりそうになった備中。そそくさと退出した。



 騒動は終わった。判断するまでもなく、幸いにも主人は勝利者の側にあり、もっと幸いなことに主人は不在。自分は今、都会にいる。豊後国最大の町、府内。ここでは珍しい舶来品も、見目麗しい美女も、なんでも手に入る。そして自分は一応は武士なのだ。武士に誘われて嫌がる若い娘があろうか。多少は金もある。羽を伸ばしまくるぞー!


 燃えたり壊された建物が増えた府内の町を、浮かれて速歩しながら戸次館へ戻ると本領からの使者がいた。主人から、というその書状を見て顔をしかめた森下備中。まるで呪いの品に触れるように扱う。


「ええと……引き続きワシは入田勢を追討中だ。城は落としたが反逆者は肥後の阿蘇領へ逃げた。阿蘇大宮司が入田の舅であるためだ。よって肥後にて一戦あるやもしれんから、戸次の衆をかき集めすぐに肥後国境まで来い。これはいつまでも吉岡ジジイの相手では肩が凝るだろうというお屋形としての温情だ。ありがたかろう」


 休暇は終わった。呆然と立ち尽くした備中の顔には徐々に諦めの色が浮かんできた。仕事だから仕方がない。頭の中で、休暇をそっと引き出しにしまった備中は、使者に問う。


「戦況はどうか?」

「我が方、圧倒的優勢です」


 それなら援軍など不要ではないか。あの悪鬼、なんのつもりだろう、とは言えない。この使者はまた鑑連の元へ戻るのだ。


「さすが殿ですな!」


と笑顔で言っておく。


「ですが、佐伯隊の活躍も目覚ましく、殿としてはテコ入れが必要と」


 成る程、功第一等のために、我が休暇は……落ち込んでいても仕方がない、とおずおずと支度を開始する備中。そこに、


「戸次館はこちらだろ。それがしをご存知ですかね」


と一人の怪しげな呪術師の如きいでたちの人物が訪ねてきた。仕事の邪魔をされて不愉快満点の気分で対応に出る備中にその呪術師は名乗って、


「角隈石宗です。そこもとらに吉を呼び込んで進ぜよう。はっはっはっ!」


とバカ笑いをかまし、繊細な備中は一層不快な思いを強めるのであった。

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