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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第58衝 鼓舞の鑑連

 兵士たちを前にブンブン拳を振り回し、高らかに号令をする戸次弟。


「敵の海峡越えを絶対に許すな!戦以外の事を忘れろ!上陸阻止!これだ!これが何よりも最優先!」


 その日、安芸勢の大攻勢をなんとか防ぎきった国家大友諸将。大いに面目を施した鑑連は、由布を連れて大本営へ向かった。戸次隊本陣では、幹部連がお互いの健闘を讃えあっていた。死地を共に過ごした仲間たちほど愛すべきものは無い、とでもいうように。戸次叔父、戸次弟、十時、安東、内田、備中と、いつもの面子は無事に生き延びていた。


「いやはや凄まじい戦いだったな。我が生涯でも指折りの戦だ」

「火焔も、叫び声も、破裂音もやかましく、耳が痛くなりました」


 十時の感想を聞き、腕を組んでうんうん頷く戸次叔父。そこに安東がやや不安そうに口を開く。


「安芸勢はいつになったら門司城を諦めるのだろうか。この戦の規模は異常だぞ」

「そりゃ、大打撃を受けるまで、諦めるはずがない」

「そうですな。一万余の兵が動いているのだ。これで撤退でもしたら、安芸勢の責任者は切腹せにゃならなくなるぞ」

「では、敵将小早川は切腹必至ですかな、ハハハ!」


 健闘が士気を高揚させている。笑い合う諸将に、彼らに比して表情の険しい内田が異なる発想から発言した。


「敵が諦めるのを待つのではなく、こちらから壇ノ浦を越え、長府を焼き払うというのは如何でしょうか。積極的な策は殿の覚えも良いものと思いますが」


 直ちに戸次叔父が否定する。


「あんな立派な船団に対抗できる船が、我が方のどこにあるというのだ。それに、仮に海峡を突破したとして、生きて帰ってこれるか」

「そうとも。それに門司城の包囲はどうなる。吉岡様は許可せんさ」


 戸次弟まで尻馬に乗ってきたので、森下備中、同僚の後詰に入る。


「内田の言う通り、何か手を打つ必要はあるはずです。荷駄の上からですが、敵の攻勢が集中していく様子が見えました。間違いなく、田北隊を集中して襲っていたはずです。次、敵は最も疲弊した田北隊の前線から突破を図るのでは」


 驚いた表情で自分を眺める内田を横目で見て、目をぐるりと一周させる備中。これは照れ隠し。


「そんな事があったのか。だが、海峡を渡るよりも、田北隊は入れ替えるというのが正しい順序というものではないか」


 戸次弟の言う事も最もだが、として十時が発言する。


「正論だけで戦場は収まりません。海峡を越える内田の提案、殿にご提示するべきではないでしょうか」

「主目的は門司城奪取だ!忘れるな……次いで、水際防衛なのだ。我が方の損害も考慮せねばならんだろう」

「ですが、このような激しい戦闘を続けていては兵士たちが持ちません」

「戸次の尚武をみせよ!」


 戸次弟と十時の口論を一同楽しく聴いていると、鑑連が帰陣した。主人の前での喧嘩問答はさすがにばつが悪い。戸次弟も十時も黙りこくる。が、鑑連はツッコむ。


「皆の士気が高く、ワシも嬉しい。備中、今の問答について述べよ」

「は、はひっ!」


 主人鑑連の命令だ、と、戸次弟と十時に目で詫びた後、解説を始める備中。


「その件については大本営でも議題になった」


 おお……と歓声が上がる。流石の老中衆。


「主だった老中にとって、配置換えは必要と思われていた。だが、田北刑部が大反発しおった。田北家の名誉を損なうのか、と吐かしてな。で、吉岡が田原隊への編入及び指揮命令に従う事を条件に入れ替え無し、と采配した」


 は、と気の無い返答をする幹部連。鑑連は吐き捨てる。


「素人め」


 ここで森下備中すかさず、老中吉岡と主人鑑連の持つ共通点を思い起こさせる。


「田原隊も難儀でしょうが、仮に功に逸った田北隊が下手を打っても、その責任を取らされることはないのでしょう」

「無論だな……ん?備中、お前は何を言いたいのか」

「はっ……」


 常よりも勘の鈍い主人鑑連の問い返しに、備中は目を伏せて何も答えない。当たり前だ。老中吉岡が老中筆頭田北に拭いようのない恥をかかせるために策謀しているのではないか、など幹部連がいる場所で、発言できるはずもない。


「田原隊には足軽鉄砲が多いから、実働の盾として扱うつもりなのでしょう」


 唐突に変わった空気を宥めるため、安東が話を逸らしてくれた。だが、鑑連には老中吉岡の狙いを思い出してもらわねばならない。これも君臣の道であるはずだ。備中、さらに発言を続ける。


「恐れながら、殿の吉弘隊へのご評価について、お伺いいたします」

「ん……?そうだな、水際対策は健闘している。思った以上に。吉弘隊は背後の籠城側に気をつけながら、前面の敵に対処していたようだが」


 それがどうかしたのか、と鑑連は目で備中に問う。幹部連の耳に入っても差支えが無い様に、脳中で必死に言葉を加工する。


「ええと……よ、吉弘様は言わば、吉岡様の代理人で……」

「さっきから何を言っているのだ」


 戸次叔父の叱責が飛ぶ。幹部連の視線を感じて大いに汗をかく備中。鑑連も備中をじっとみているが、どうやら興味の情が勝っているようである。勇気を振り絞って、備中は続ける。


「た、たたた田北隊が突出した動きを取った場合、吉弘隊はそれに影響されるでしょうか。田原隊はその突出を見過ごすでしょう。ですが、全体を俯瞰して監督せねばならない吉弘隊はそうはいかない。戦列に穴が生じれば、我が方は分断され、この戦役の不利が確定します。それを防ぐために吉弘隊は田北隊の支えに回るでしょう。薄くなった布陣は自然と中心、つまり吉弘隊に集まります。すると我が方の最左翼に布陣する臼杵隊が孤立する。しかし、吉弘隊にもはや支援の力は無く、全軍は壊走を開始する事となる……」


 静かに語り終えた備中の不吉な予想に、幹部連は嫌な予感を感じた。


「殿、備中の申す通りであれば、一大事です」

「布陣が崩壊したら、いかな我らとて防ぎきれるものではありません」


 吉岡は田北の破滅を望み、この戦い敗走する事がワカっているのであれば、深入りは避けるべきである。これは戦闘ではなく、権力闘争なのだから。どうやらその意図、主人鑑連に伝わったようだが、


「壊走は防がねばならん。備中、この地で我ら撤退を行えば、豊後までの道中、数限りない裏切謀反に晒され、生きてたどり着けるかも怪しいという事になるぞ」


 どうやら備中の意図は鑑連に伝わったようである。この話は主人と自分の間でのみ伝わる事項だろうが、主人が決定を下す前に、情報を伝えるのがデキる近習の務めであるはずだ。


 なにやら熟考し始めた鑑連を前に、幹部連は平伏を続ける。それがいつまで続くのかワカらぬ程、その日の平伏は長く長く続いた。

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