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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第49衝 嘲笑の鑑連

 戸次邸に可能な限りの幹部連が集まる。戸次叔父、戸次弟、由布、内田は居るが、十時、安東等は状況視察のためそれぞれ筑前豊前方面に走っているため、心なしか人数が少ない。そんな席で、鑑連がまず、口を開いた。


「備中、貴様の予想は的中したな」

「はっ」

「皆も聞くように。知らせによると、安芸勢が大軍を持って門司城を襲い、あっという間にこれを奪った。という事は敵は大軍である。和睦は破られたのだ、一方的に」


 沈黙が支配するその場で、顔を上げ憤りを示すものはいない。それをさせない、想像を強いる声で、鑑連が会話を続けたためだ。


「だが、我が方はしばらく対応できない。何故か。家中ではこの和睦が強く信じられていたためだ。よって、直ちに大軍を展開する余裕が無い。老中間の同意もない。前回は花尾城、香春岳城が謀反により奪われたが……迎撃が遅れた場合、それ以上の混乱は必至だ」


 その混乱に至ってから出陣するのだ、という鑑連の意図を正確に読み取っていたのは、この中では自身ぐらいである、と自負する備中。この戦いは、対安芸勢との、というより、二人の老中、田北殿・臼杵殿を失脚させるための内戦でもある。そう思い直せば、この戦いは勝てる、と備中は確信できた。我が主人鑑連は、内戦に負けた事がない。


「というわけで引き続き情報収集に当たれ。裏切謀反の報告は、全て、漏らさず、ワシに伝えるのだ。寸分も怠ってはダメだ。場合によっては命取りになるかもしれないからな……クックックッ」


 片膝をついたまま、由布が口を開く。


「……既に松山城に安芸勢が入ったとの報告があります。安芸勢の動きは速く、我が方は逃げ散るのみ。それでも田原常陸介様が急遽対応に動いているとの事です」

「む……」


 鑑連のこめかみがピクリとした。どうやら、主人の中で、田原常陸は戦争上手の印象があるようだ。それにしても、由布が誰からも一目置かれている理由は、鑑連のこめかみをくすぐるのが巧みかつ落雷に撃たれていないことが理由なのだろう。


「田北、臼杵の動きは?」


 彼らに批判的な鑑連は、もはや敬称も付けない。これには戸次叔父が答える。


「それぞれの軍勢を動員するには明らかに時間が足りません。まず対応は無理かと」

「豊前方面は田原常陸頼みか。筑前はどうだ」

「高橋隊が睨みを効かせなければならず、筑前各地へ兵を送れるか……立花隊と宗像隊で謀反の抑えは可能かもしれませんが、不安はありましょう」

「宗像氏貞に勝てればそうだろうな」


 戸次弟が不思議そうな顔で尋ねる。


「はっ……?前の大宮司が戻って……くるのですか」

「氏貞らにとってみれば、もうこんな好機はないだろうが。何処に潜んでいるかワカらんが、絶対に戻ってくる。別に情報があるという事ではないが」

「兄上!我々の兵はいつでも出陣できます!どうぞ御下知くださ、ぐぇ!」


 この弟が、気合の入った美しい表情を見せた途端、兄の拳足が顔面へ飛んでいった。呻きをあげなから引っくり返った戸次弟に、兄は怒声を発する。


「鑑方。ワシの話を聞いていなかったとは言わんよな」

「は……はい……」

「よーし、それでこそワシの忠実な舎弟だ」


 備中は、主人鑑連の忠犬であるこのご舎弟をあまり好いてはいなかったが、幹部連一同の面前でのこのやり取りに、流石に同情するのであった。


 しかし、本当に兵を出さないのか、という表情を浮かべる一同を背に、戸次叔父が上席者の務めと、勇気を振り絞る。


「殿。兵を出さねば、義鎮公や諸将からいらぬ疑いを掛けられるやもしれません。戦巧者の田原常陸様は迎撃の準備に入っているとのことですし」


 鑑連はこれにも答えを用意していた。


「田原常陸は、自領の守備のために動いているのだ。別にこの城と府内を往き来するだけの遊び人の為にではないぞ。大友全体で動くには、時間も調整も不足している。また、その役目は老中筆頭の役目だ。勝手にはいかん。その指示があるまでは、報連相に専念していればいい」


 その日の話はこれで終わった。戸次隊は本当に、全く動く気配を見せなかった。



 それから遠くない日、筑前にいる十時から急報が入った。


「前大宮司宗像氏貞率いる軍勢が宗像郡に出現、宗像鎮氏様を破りました!」

「クックックッ!ワシの予感も的中だな、備中」

「はっ……さ、昨年の苦労が水の泡となり、く、悔しいです」

「その責任は、無意味な和睦を無垢にも信じた愚かな連中にとってもらおうか。で、鎮氏はどこへ行った」

「その行方、しかとわかりません!」

「結構、下がって休め」


 にんまりとした鑑連、まだ備中を離さない。


「これで筑前方面から救援に向かう場合、敵となった宗像勢を相手にせねばならん。また一つ困難が増したな」


 自分も予想していたとはいえ、あまりに嬉しげな鑑連に対して、かける言葉も見つからない備中。


「ワシの想像では、次は秋月が蜂起すると思う。となれば、安芸勢はしっかりとネマワシができる敵ということになる。これは真の強敵だぞ。家の存続を賭けた戦いになるかもな」

「大友家が……滅びるということですか」

「あるいは、大内家の実態を引き継いだ毛利家が滅びるか、だな。クックックッ、血が騒ぐわ!クックックッ!」


 鑑連の笑い声が戸次邸に響く。その声を聞きながら、森下備中は一つのことは確実に理解した。すなわち、戸次鑑連という人物にとって、自身が出世をするためには国家大友の存続など大した意味合いを持たないのだ、ということ。忠誠心でもなく、弓取の道でもない。これは覇者の道だ。そんな話を、前に石宗が明の古典を引用して話していたことを思い出し、ちゃんと話しを聞いていれば良かったなあ、と後悔する備中であった。



 数日後、混乱を避け、立花山城に避難した様子の十時から、秋月勢が蜂起し、その領域から国家大友の使用人らが追放され始めたことが、戸次邸に伝えられた。


 もはや、何者もはばからぬ高笑いが垣根を飛び越え、臼杵の城下に響き渡るのであった。

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