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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第4衝 府内の鑑連

 すでに府内には火の手が上がっている。掛け声や剣戟の音、惨めで哀れな民衆がせめて命は落とすまいと駆け巡る悲鳴などで、阿鼻叫喚の有様であった。どう見ても危険な戦場となっている。が、鑑連は意に返さず町に突入するや、備中へ、


「情報を探ってこい」


と突き放した様に命令してくる。


「はっ」


としか答えられない自分が惨めだが致し方ない。徒歩で町を走る。無論、まずは大殿義鑑公の館を目指す。これしかあるまい。



 到着するとすでに館は兵によって封鎖されていた。旗が上っている。抱き杏葉と共に巴の紋。兵らはかがり火の準備に勤しんでいる。


「あれは佐伯の兵か」


 備中、勇気を出して門の番兵に話しかけるが、


「かえれ!」


と追い返される始末。良く見れば苦労が染み付いた貧相な顔つきの兵だ。こんなやつにバカにされては備中もくやしからずや。とは言えその兵が備中へ弓槍を向けてくることはない。宗家と同じ戸次の紋が効いているのだろうか。もう一丁下手に出てみる。曰く、


「せめて佐伯紀伊守様の居場所だけでも教えてくれませんか?」

「かえれ!」


 諦めて帰陣したところ、主人鑑連の部隊は別の隊と合流していた。報告に向かう備中。


「館は佐伯紀伊守様の兵が守備しています」

「そうかそうか」


 少し笑顔の主人を見て、備中は嫌な予感がする。鑑連がこのような微妙な表情をする時、顔と腹の色は真逆で、大体不機嫌なのだから。


「これ備中、これより若殿を迎えに行くぞ。西の口だ」


 不気味なほど丁寧な口調だ。上目遣いかつやや距離をとって後に続く備中は、炎上する府内を進みながら、粗方の戦いにケリがついてしまっている事に気がつく。実に見事な段取り、と感心するも、こんな時、不用意なことを口にしてしまうものなのだ。


「見事なものですねえ。もう殆どの戦いが終わっている。あちこちに番兵が立ち始めているという事は、そういう事なのでしょうな」


 鑑連の額に血管が浮き出たことに気づく者は無し。


「ふ、ふ、ふ」


 備中は主人が奇妙な声を出していることに気がついた。


「ふ、ふ、ふ」


 また、嫌な予感がする備中。この予想はいつも高確率で当たる。そして、府内の西で戸次隊が目撃したものは、佐伯の兵に守られて進行する若殿義鎮の姿であった。この若殿は鑑連主従を認めると事も無げに話しかけてくる。


「おう、伯耆。この度は大儀であった。もう、ほとんどの片はついておる」


 若殿は遅参を責めているわけではないようだが、


「佐伯紀伊守惟教、あれは立派な武士だ。か程に清廉かつ迅速強靭な武士が我が方についてくれている事を、わしはホトケに感謝せねばなるまいな!うははは!」

「ははは!」


 この混乱、初動一番乗りは佐伯隊だったようだ。


「誠、左様ですな。紀伊守はご一緒では?」

「府内館を守っているとのことだ」


 主人の闊達な笑い声にほっとした備中だが、すぐに思い違いをしていたと思い知る。鑑連の後頭部には髪の毛を盛り上げる程に太く厚い血管が浮かび上がり、怒りの脈を打っていたのだ。


「うわ、器用な事をする」


 声なき声で感想を述べる備中思うに、主人には最大の役割がまだ残っているはずであった。備中は懐に手を入れる仕草で、鑑連にそれを思い起こさせる。それだけで思い出してくれる鑑連は、やはり怒りっぽくとも只者ではない。


「それよりも若殿。急ぎ府内館へ向かいましょう。宗家にあって、誰よりも速く現地入りせねばなりません」


 締まりの無い顔からキリッとした表情に切り替えた若殿義鎮を見て、些かげんなりする備中。これからろくでもない事をするのに、何という軽さだろう。



「ふ、ふ、ふ」


 府内館までの道中、奇妙な笑い声を続ける鑑連であったが、


「ゔ」


 館を守護する番兵を見るや、息が止まった音がした。


「紀伊守」

「戸次様」


 人生の数多い苦渋を一気飲みしたような顔をしたあの番兵が話しかけてきたが、なんとこれが佐伯殿であった。


 頭を掻くフリをして備中を見た鑑連の顔はさながら修羅の如き恐ろしげなもので、一瞬で心臓まで冷えた備中は刀を落としてしまう。番兵が紀伊守と気が付かなかった事は、確かに失態であった。そんな備中に佐伯紀伊は無言で近づき、拾い上げた刀を渡し返して、その頼りなげな肩をポンポン、と叩いた。渋ヅラでも笑っているようだから、力づけてくれているのであろうか。


 こうして、府内館の二階の間へ至る案内の大役は佐伯惟教のものとなった。外で待つ事になった備中の耳孔に、廊下をずしん、ずしんと歩む音が響く。憤怒に満ちたその響きは間違いなく、主人鑑連のものであるはずであった。

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