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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
495/505

第494衝 柳川の鑑連

 坂東寺。


 柳川を目指して一路進む戸次隊。総大将鑑連は、柳川方面の前線拠点の機能を果たしていた坂東寺にて、内田の小隊と合流した。


「この方面の目配、容易ではない任務だったが、良くやった」

「はっ!」


 近習衆では一番の重責を担う出世頭の同僚を見て、備中も嬉しくなる。率直なお誉めの言葉を授かり、悦びの声を上げて額ずく内田である。


「いや、いやいや、私の働きなど。それより久留米での戦いの勝利が伝えられ、自分も参加したかったと誰もが唸ってました。まあ、柳川城兵どもは動揺してようですが」

「内田殿、柳川城主のその後について、続報はありますか?」


 率直な内田へ、複雑な小野甥が問うたのは、これもまた重要事項である。内田は自身認めざるを得ないほどの同僚に対し姿勢を正し、回答する。


「佐嘉勢内部での権力闘争にある程度関わっているという噂に間違いは無い。具体的には、現当主、鍋島飛騨守、江上武蔵守が、龍造寺上総介を引き入れたいと考えているらしいこと。流説だがね」

「実際にそんな動きもあるのでしょう。現当主と家老の鍋島の不仲も取り沙汰されるくらいですから」


 もちろん、その噂は殿の命令で私が流しました、とは小野甥の顔の何処にも書いていない。鑑連も知らん顔だ。


 この話、佐嘉の死んだ先代から眺めると、二人の息子と義兄弟の権力闘争となる。さらに、弟達はいずれに与力するべきか、見定めている。げにも恐ろしきは謀略、と心を無にする備中、織田右府無き後、その全てを継承した羽柴筑前を思い出し、先例をなぞるなら家老の鍋島が筆頭候補となるのだろうか、等と独り言ちる間にも話は進んでいる。


「南からは山下城の蒲池様を中心とした軍勢が、すでに柳川へ進軍しています。道中の、佐嘉方の小城主らの抵抗はあるものの、大した障害にはなっていません」

「警戒すべきは強かな田尻丹後守だが、ヤツの動向は?」

「佐嘉城へ戻ったと聞いています」


 ならば、南側の包囲網にも問題はないということになる。作戦は順調に進んでいる、とみな安堵する中、内田が何かを思い出した。


「……あ、話は変わりますが、宗像掃部殿が、義統公から感動的な感状を賜ったと大喜びでした。折を見て殿の御前に参上し、必ずお礼を申し上げるとしきりに」

「ヤツは蒲池の補佐に徹しているか」

「はい」

「結構結構。それにしても義統がバラ撒いた書状はあちこちで効果を発してるな」

「義統公には文才があるのでしょう」

「意外に喜んでいる者が多い」

「我らにとって、有難い後方支援です」

「もっと書かせよう。備中、本国へそう伝えておけ」

「は、ははっ」

「薦野から連絡は?」


 この坂東寺に薦野は来ていない。すでに先発し、そのまま、戦地で合流する予定だ。


「崇久寺の陣立ては明日にはほぼ整う予定とのことです」

「なら、ワシも明日にはここを出発するか」

「ただ、崇久寺は生前の龍造寺山城守が相当に破壊し、その後の復旧も為されておりません。前にも申しました通り防衛には不適です」

「構わんさ。あの寺は滅んだ蒲池の菩提寺だ。そこに陣取るだけで、旧勢力はワシに心を寄せるだろうよ。焼け野原にも使い道がある」


 それは善導寺や千栗八幡も同じくだろうが。心中の批判を惹起させる辛辣な鑑連の言葉に被さるように、小野甥が続ける。


「すでに高橋様、朽網様が先発していますが、柳川城下の北に住む商人衆も、西の漁師どもも、我らに協力すると伝えてきております」

「寺院はどうだ」

「寺領を安堵してほしいという依頼が殺到しています。善導寺や千栗八幡の件が、彼らを怯えさせているようですが、信頼を得ることは、殿ならできるのではないでしょうか」

「なおさらそうだな。よーし、廃寺復興の後押しをしてやろう!」



 崇久寺(現柳川市)


 龍造寺山城守による徹底した報復により、柳川でも指折りに権威ある禅寺が、廃寺一歩手前にまで追いやられたのは四年も前のこと。本堂跡に設置された本陣に、大友方の諸将が結集。作戦会議では、滅ぼされた柳川蒲池勢の遺臣が、地理の解説をしている。


「柳川城は、北に沖端川、南に塩塚川が流れており、さらに城の周りに堀が張り巡らされており……」


 鎮理、朽網殿の他はいわゆる大身は不在だが、勝利の暁には鑑連からその立身を支援すると約された武将が多く並んでいる。筑後平定が目前ならば、彼らは鑑連の支持者である。


「よって、大兵力でも効果的な展開は難しく、二万の兵で攻め寄せた龍造寺山城守は力攻めに限界を感じ、謀略で城を奪い……」


 昨年から続くこの戦役も、かつて筑後で最も権威ある武門が治めた城を攻めることで、大きな区切りになる。諸将の顔も希望に満ちている。今更ながら、先の久留米での勝利の効果の大きさを実感する。


「佐嘉勢は、我ら蒲池領から収奪を徹底したため、城には兵糧が唸っています。一方、土地柄、水は豊富ですが、真水は貴重です。これからの夏、出水があれば城兵の士気低下が見込まれ……」


 あの時、鑑連はもっと勝ちたかったに違いないが、仮に武雄の領主を討ち取っていれば、そのことで逆に佐嘉勢の結束を強める結果になっていたかも、と考えると、丁度良い塩梅に落ち着いたと言えなくもない。セバスシォン公の離脱により危ぶまれたこの作戦も、順調に推移している。


 地形の解説が終わった。ここで、鑑連が改めて基本方針を説明する。


「佐嘉勢による柳川防衛体制は、まあ万全と言ってよい。問題があるなら、人間側の話になる。城主龍造寺上総介について、先の戦いでは為すこと少なく坂東寺から引き上げ、さらに権力闘争の流言が飛び交っている。そのためかな、佐嘉勢の動きは鈍い。で、援軍の気配は?」


 そう問われたのは、敵の動向を監視していた薦野である。言葉に自信を込めて曰く、


「ありません」

「うむ」


 鑑連もその流言を煽った甲斐があったことだろう。辛抱たまらんと、幾人かの武士らが声を上げる。


「総攻撃を!」

「戸次様、ぜひ我らにお命じ下さい!」


 自信に向けられた熱気の盛り上がりに応じた鑑連だが、


「ワシらの包囲も完璧に為される!よって、力攻めするまでもない。囲んでいれば、龍造寺上総介も進んで降伏するだろう!命を賭ける戦いは、その後にこそある!」


 武将らはみな力強く同意を示した。備中思うに、佐嘉勢が片付いたあと、薩摩勢との戦いが待っている。鑑連には兵力を損なうような戦略は許されないはずであった。



 柳川城への接近が始まってから数日間、幾つかの小競り合いが展開される。包囲させまじと城を出撃した佐嘉武士が果敢に挑んでくるが、士気に勝る大友方が、ほぼ全ての戦線で圧倒撃退し、城の包囲に取り掛かった。


「鍋島飛騨守が真に野心深い人物なら、無理を押してでも援軍を繰り出してくるに違いない」

「それは羽柴筑前守の如く……」

「羽柴筑前を見るまでもない。そいつが家中の主導権を握りたくば、近道は戦いで勝つこと意外に無い。が、佐嘉から援軍が来る気配は無い。流言があったとしてもな。家老の鍋島には、大それた野心はないのかもしれん」

「そ、それでは」

「ああ、今頃ワシと如何なる和睦を為すかについて思案中に違いない。まあ、それよりも先に龍造寺上総介を死なせたく無い現当主からの使者が来るかもだがな」


 夏も盛り。柳川の掘割が陽光を乱反射し、昼の戦場は明るい。


「申し上げます、龍造寺家の現御当主殿より、殿個人に内密の相談がある、と言うことで使者を寄越したい旨、伝えてきています。いかがいたしましょうか」

「殿個人への内密の相談ですか……まずは暗殺を警戒するべきでしょうが」


 薦野が懸念を示すが、待望の獲物を得たとばかり、鑑連は身を乗り出して確認する。


「この話、誰がもって来た?」

「現当主の近習だという若い使いです。成富何某という」

「当主も若ければ使者も若い。ワシは、受けて良い話だと思う。よって、ワシの判断でこの内密の話を受けるぞ」


 反対してもどうせ止められないのだが、薦野は反対意見を出す。久々に合流して、忠誠心が高まっているのだろうか。


「いささか危険ではありませんか。そも、龍造寺政家は殿に何の用なのか。無論、概ね予想できます。自ら主導しての和睦の話でしょう。しかし、家老を通さない話など、後々に無効とされるかもしれないのでは?」

「それはそれで良い。佐嘉勢家中の混乱が露わになるだけだからな。それに家老らに恥をかかせることが、龍造寺の目的かもしれんぞ」


 それ以上の反対は控えた薦野を他所に、鑑連はご機嫌である。少し早い気がするが、阿諛の徒としての主張は今だ、と決意した備中、唇を震わせる。


「殿、お、おめでとうございます!」

「クックックッ!」


 鉄扇を取り出して扇ぎ始める鑑連。次なる諂いが聞こえず、不安に駆られた備中、さらに続けて曰く、


「こ、これで筑後平定ですね!」

「結構結構、物事がようやく回転し始めたな!」


 追従を不快に感じたのか、薦野が今一度口を開く。


「用心忘れるべからず。殿、こういう時こそこの言葉を思い出して下さい」

「まあそう言うな増時。どれ、その若い使者何某に、ワシの顔を拝ませてやるか」


 上機嫌に立ち上がり歩き始めた鑑連を折って、幹部も後に続く。愛想良く振り返った鑑連曰く、


「余り目立ってもいかんのだがな」

「殿を害する気配が見えれば、斬り捨てます」

「まだまだワシを知らんな増時。ワシを暗殺することなど不可能だ。なあ、備中」

「は、はい。左様で」


 陣を出て、来客用の陣へ向かう一行。ふとみると、柳川城を囲る小競り合いは続いている。そして鑑連が歩き始めると、敵も味方も注目をしている様子だった。やはり鑑連には華があり、老いても尚変わらない。このような主人に仕える幸運を噛み締める備中、同時に照れつつ進む。視線を感じるのだから仕方がない。


 突如、鑑連が倒れた。


 例の具足は備中自身の手で直してある。また別の故障だろうか、と譴責を危ぶむ備中だが、前回と異なり、鑑連は立ち上がらない。備中、鑑連の側に駆け寄りしばらく待つが、一向に、立ち上がらない。


 その時を、敵も、豊後衆も、筑後の諸将も、誰もが目撃していた。


 一行の後にいた小野甥が、色をなして叫んだ。


「この陣の周りにいる見知らぬ者共を尽く捕えろ!絶対に逃してはならない!無理ならば殺してしまえ!」


 鑑連は意識を失っており、起き上がらない。その横で、無垢なる顔付きの鵲が葦に止まり、鑑連を見ていた。

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