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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第48衝 諮詢の鑑連

「わざわざ臼杵に越したというのに、義鎮公が向かう先は府内ばかり、との泣き言をヌカす輩もいるが、それは愚かな事だ。この国を治めているのはワシに代表される老中衆なのだから。ワシらに注視すべきだ。なあ?」

「はっ」


 収集された情報を鑑連の下へ届けた備中。鑑連、それに目を通しながら膝上に置いた愛刀千鳥を撫でる。この主人が刀を近くに置いていても備中は恐ろしさを感じない。恐怖はむしろ、懐の鉄扇である。何度泣かされてきたことか。


「今、臼杵城下は吉岡ジジイがいる。ワシがいる。義鎮公不在の間、ワシらは中々に多忙だが、心地良さ感じるな」

「石宗殿は、泣き言を漏らしておりました。伝統的な咒が蔑ろにされるのでは、と」

「フン、あの坊主も逆境には弱い」

「義鎮公は、度々府内の南蛮寺に参拝されているとの事で、石宗殿はなんとかせねばと憤っておりました」

「知るか、好きにさせておけばいい。当主がどの寺に参るかなど、大した問題では無いし、あれは貧乏人どもの人気、慰みなのだろう。捨て置け」

「はあ」


 鑑連は本当に南蛮人について無関心であるが、義鎮公の熱の入れようからすれば、それは異様な姿である。やはりこの主従関係は極めて特殊だ、と口の中で呟く備中。


「なんだ、何か言いたいのか」

「朽網様や橋爪様のような血筋の方々も、南蛮の僧と熱心に会っており、その内国家大友のご家来衆が皆、吉利支丹宗門になってしまうのではないか、とも危惧されておりましたが……」

「今お前が言った両名は生きていくためにはお先棒担ぎになるしかない、というイヌなりの事情がある。老中さえしっかりしていればよい。何度も言わせるな。この国は老中が治めているのだ」

「はっ……殿は南蛮の僧にお会いになられますか」

「備中。行きたいのなら府内へ送ってやるぞ。但し、もう復命せんでいい」

「い、いえ。誠に失礼いたしました」

「そんな事より、宗像と秋月の動きはどうだ。情報集め、怠ってはいないよな」


 宗像には大友家が望んだ人物が入ったが、秋月には安芸勢が支援した人物が入っていた。


「はい、それはもう。立花様から頻繁に書状を頂いておりますし、それとは別に博多の衆からの連絡もあります。今のところ、さしたる事もありません」

「何事も漏らさず調べるのだ。他の情報は」

「はっ……まだ仔細は不明ですが、駿河の」

「駿河?何の話だ」

「す、駿河の今川公が上洛の際に尾張で討死されたそうです。結果、都の物価の高騰が落ち着いた、とのこと」

「ほう。興味深い話だが、何者が討ったのだ」

「尾張の豪族で織田という者だと。ご存知ですか」

「知らん。しかし、当主の討死は御家にとって致命的だ。国家大友にその心配はないがな」

「そうなのですか」

「そうだ。あの義鎮公が将軍家や野心のため、京を目指したりすると思うか。絶対に起こり得ない事だ」

「な、なるほど」


 鑑連自身が擁立した主君を如何に尊敬していないか、痛感する備中である。


「そんな遠い国の話などどうでもよい。安芸勢に関する情報は無いか」

「ええと……お待ち下さい」

「さっさとしろ」

「少々お待ち……下さい。いや、かなりの情報があるのです。今の安芸勢は、博多の町ばかりか石見の銀山を奪われ銭不足に悩まされているとのこと。金銀をあてにしていた連中を失望させているそうです。また、東の戦線では敗けが続いているとのこと」

「それは博多からの知らせか」

「博多の衆に立花様、他は吉岡様の館からも同様のものが」

「備中殿は立花様、を随分と尊敬しているようだね。え?」

「はっ!」


 これは戯言だ。珍しい、主人がこのような戯言を自分に言い放つなんて。上機嫌ではあるようだ。


「なんなら暇をやっても良いぞ。あるいは、身柄を立花山へ貸し出しても良いが」

「わ、私が誰よりも尊敬しているのは、殿にございます」

「ほう。心にもない事を、平然と口にできるようになったか。感心はしてやるとしよう」

「いえ、そんな……」


 確かに、かつてよりは鑑連の前に座り、緊張しなくはなっている。思えば出仕してすでに十数年経つのだ。


 鑑連も五十代に近く、既に零落していた家名をほぼ独力で持ち直してきているのだ。疲れもしているのだろう。他者に漏らせない事も、自分には零してくれる。これは近習冥利に尽きることだ。


 備中が目元を熱くして独り感動していると、いきなり鑑連の雷が飛んできた。


「この書状は何だ」


 飛んできたというより放雷したというべきか。手に握られていたのは佐伯紀伊守に関する情報文である。内容は、佐伯の対岸である八幡浜に隠居状態の紀伊守だが、その倅が伊予の西園寺家に出仕した、とのものだ。


「はっ、佐伯様御一行の近況に関する事で」

「馬鹿者、紀伊守の倅が、今伊予を攻めている高橋の敵側で戦っているという事だろうが。なぜこういう重要な報告を先にしなかった!」

「はっ!はっ!」


 あっという間に、落雷に変わってしまった。


「この文書をばら撒いてこい。そうすれば、紀伊守の評判はもっと落ちる!さっさとやるんだ!」

「ははっ!」


 十年前の肥後攻めで競った恨みをまだ持っている鑑連の執念深さに、流石に心の中で閉口する森下備中であった。



 常在なる日々が続いたある日、それは備中の想像よりも早く訪れた。安芸勢、再び豊前門司城を襲撃した、という急報であった。

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