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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
489/505

第488衝 真価の鑑連

 指揮を執る鎮理の側からでさえ、敵の勢いに押し出されているように見えていた戦況が、瞬く間に一変した。全過程を目撃した備中、息を呑み称賛する。


「す、凄い」


 初撃で武雄勢を強打した高橋武士らが歓声を上げ、それはどんどん広がっていく。空を揺るがす呼応に対し、将らが鋭い声を放った。


「油断するな!すぐにの後から次の敵勢が追いついてくるぞ!」


 天正六年以来、筑前の大友方は裏切り者を相手に常時寡勢、孤立を友に戦い続け、この年には八年目を迎えている。過酷な環境だが、一方で将兵に練度と連携と尚武とをもたらしており、さらなる精鋭化に繋がっていた。


 この事を、他の誰よりも自分達自身で自負していたが故、解き放たれた高橋勢の反撃は武雄勢の先行者たちを瞬く間に血祭りにあげ、その足を完全に止めるに至った。これが備中がはじき出した見立てである。


 盛り上がりが情報の足も速めているかのように、

飛び込んで来た伝令曰く、


「申し上げます!潜んでいた高良山部隊が敵側面へ向かって攻撃を開始しました!」

「おお!」


 鑑連の策が見事に発動したようだ。この戦役において、高良山の将兵は座主から一般僧兵に至るまで鑑連に協力的であってくれたから、戸次武士らも彼らには友好的であった。備中も手配しただけとはいえ、作戦に携わった喜びがその体を高揚させていた。彼らの奮闘への期待が大きくなる。


「武雄勢だけでなく、後に続いていた他の佐嘉勢も我らを追うばかりで伏兵には全く気が付いていなかったとすれば」

「敵を総崩れにできる」

「では、我々自身の出番だな」


 兜の尾を締め直し、次々に出陣していく高橋武士。彼らの士気の高まりを感じ、少し所在無さげになる備中、次の伝令の声を聴き足が止まった。曰く、


「御井の陣から戸次様の本隊が動きはじめました。我ら高橋隊の右手を進む気配にて」


 その時、風が逆巻いた。前進した鎮理は、残っていた将兵に檄を飛ばす。


「総大将が動くということは、局面が変わったというご判断だ。我々はひたすら前進を続け、立ち塞がる敵を倒し、逃げる者を追い、一人でも多くの首を上げる」

「この戦い、我らのものである。もはや手柄は思いのままだ」

「敵だけでなく総大将にも見えるように勇気を示すのだ。義統公にも伝わるだろう」


 明鏡止水の化身らしい号令であった。彼は部下達を統率していた全ての手綱を全て解き放った。ふと見ると、小野甥が率いる隊の幟旗が戦場を進んでいた。高橋隊において自分に出来ることはない、と判断した備中、混沌を睨む鎮理の後ろ姿に一礼し、次の戦場へ向かう。



 勝利のお膳立てを用意されていた高良山部隊の受け持ちは横からの奇襲である。鎮理の戦場構築はよほど完璧だったと見え、高良山将兵は佐嘉勢を殺しまくっていた。


 逃げるか、踏みとどまって戦うかの判断も統一されていない佐嘉勢を殺すのは、これまで虐げられてきた筑後人の怨みなのか、血飛沫溢れる凄惨な地獄が繰り広げられていた。座主の陣に入った備中、笑顔で迎えられる。


「佐嘉の者共、もはや高良山に主顔で登ることはできないだろう!」

「森下殿、戸次様へ並ぶ者無きご采配に感動しているとお伝えして欲しい」

「今日は最良の日となったが、無論定まった終わったわけではない。我々は久留米の城を落として見せる」


 高良山座主は喜びに沸き上がっていた。これまで如何に佐嘉勢に苦しめられてきたか想像に難くないが、久留米城を攻めるという。


 与力として陣に属している大友武士が、声を潜めて備中に曰く、


「久留米城には、座主様に敵対するご兄弟が入っていますので」

「あ、そうでしたね……」


 戦場での思いも一つではない、と備中の気が鎮まってくる。


「折角の横合攻撃を放棄して城攻めに向かうこと無いよう、我々も助言を続けますが、戸次様にはお伝えした方がいいかもしれません」


 座主に顔は売れてきた備中でも、その戦術を押し留めることはできないだろう。有り難いこの助言に従い、急ぎ御井の陣へ戻ることに決め、来た道を戻り始めた。



 肉を打つ音と悲鳴、怒号と絶叫がこだまする中、両陣営の声が聞こえてくる。


「もはや我々の勝利だ!」

「逃ぐっな!戦え!騙さるっな!敵ん総大将は目ん前や!」

「一つでも多くの首を取れ!栄達の機会を逃すな!」

「なんしてけつかいよっと!こんまま殺さるっ、組頭んば死んだ!」

「あれは西牟田勢か。大物じゃないがそれなりの価値がある!首を取ってやる!行くぞ!」

「だー、味方はどこや!死にとねえ!」


 反転、奇襲、参戦が全て上首尾の大友方に比べ、佐嘉勢は混乱を収拾できていない。大勢が決したことは明らかだが、


「戸次伯耆守が動き出したぞ!」

「何処だ!」

「あれだ!」


 全将兵注目の的である鑑連にとっての勝利はこの先にあるはずであった。敵を撃破するだけでなく、圧倒的勝利を演出し、豊後人を力づけ、豊後の敵をくじくのだ。それにはまだ足りないはずだ。備中は鞍下の馬へ過重任務を詫びながら、戦場を縦横、主人鑑連に追いついた。


「と、殿!」


 飛び込む様に下馬し、自分自身で見てきた情勢を全て報告する。自身の健気さが目に染みる。


「上々だ」


 鑑連と言えば、大勝利を前にまだ高揚が頂点に向かう最中であり、


「小野が戦線に加わった」

「私も見ました!」

「この勝利から最大の利益を得るためにはワシも渦中に身を投じるべきだろうがな」

「は、はい!」

「そうだ。鎮理は上手く目的を遂げたな」

「はい」

「これまで鍛えてやった甲斐があったというもの。貴様もよくやった」


 思わぬ賛辞に、不意打ちされ、言葉を失った備中だが、喜びより自身の責務を優先させて曰く、


「この筑後平定作戦は、柳川奪取が肝です。ここでできる限り佐嘉勢を、殺しておく必要があると考えます」

「クックックッ、無論だとも。往生際に耐えかねた田舎武者どももそろそろ逃げ出す頃だ。雑兵どもだけでなく、武雄の領主も生かしては返さん!」


 戸次隊、高橋隊、高良山部隊が包囲の輪を閉じるように攻勢を継続する。包囲殲滅戦は総大将の面目躍如、高良川を背に、佐嘉勢は次々に命を落としていく。


 田舎武者なだけあって、蛮勇を秘めた侍がせめて鑑連に一矢報いてから死ぬべしと捨て身の攻撃を仕掛けてくるが、自分から進んで前進しこれを斬り捨てる鑑連。愛刀千鳥が剣閃を疾らせる。


「ぎゃあ!」

「ぎゃあ!」

「クックックッ……悪いが、死んでもらうぞ」


 斃れた敵の影から、鉄砲を手に走り寄り、至近距離で鑑連を狙う者が出たが、


「ぎゃあ!」


 強烈に顔面を踏みつけられた兵は動かなくなった。蛮勇には蛮勇で返す。これが古希を超えた男の戦い振りか、と震え上がる備中だが、顔は悦びに綻んでいた。火縄を拾い担いだ鑑連、備中に尋ねて曰く、


「武雄の領主の後藤何某はどの辺りにいるかな」

「……」

「おい」

「は、はい。敵は分散傾向にあるため、大将が何処にいるかまでは……」

「チッ、その無能さが寿命を延ばす例だな」


 それでも良い運動になったと、満足感たっぷりの鑑連であった。周りを固める家来達も、総大将に先頭に立たれては恥とばかりに、競って先頭に並び合った。鑑連式の鼓舞術に備中が苦笑していると、配置していた網の伝令一人が全速力で戻ってきた。


「申し上げます!一度は動きを止めた筑紫勢が、急速に迫っています!」

「えっ……も、もう一度言って」

「筑紫広門が近づいてきています!」

「ええっ!そ、そんな。だって……ま、間違いじゃないのか」

「間違いありません!このまま高良川を渡る勢いです!」

「と、殿!」


 筑紫勢の攻勢が再開されても大友方の優位は揺るがないだろうが、一度退いたのに、また突入してくるという。常識では計り得ない決意を感じ取り、鑑連へ警鐘を鳴らしてみる備中。すると反応が返ってきた。


「あのガキはこのワシと戦いたいのだろう。そうは思わんか備中」

「ど、同感です」


 かつて鑑連から与えられた侮辱を忘れていないのだろう。だが、それだけではあるまい。


「つ、付け加えるならば……殿に認められたい、いえ、認めさせたいという思いが、彼を動かしているのかもしれません」


 秋月種実だけでなく、筑紫広門との戦いも長く続いている。鑑連への憎悪に燃え惹かれているのならば、年長者として生か死か、運命を指し示す義務が、父性豊かな鑑連にはあると備中は確信していた。


 下郎のそんな視線を正確に読み取った鑑連は、自然と頷き、嗤った。


「ヤツは幾つだったかな」

「確か、三十路半くらいのはずです……」

「筑紫のガキの相手をしてやるか」

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