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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
488/505

第487衝 慶福の鑑連

「島原の二の舞を舞わせてやる」

「えっ」

「と、そう戸次様が仰っていた」

「な、なるほど」


 鑑連の真似をしたわけでないだろうが、ドキドキの備中。しかしながら、鎮理の発言と作戦指揮から、主人鑑連の意図がワカってきた。鑑連は敵を引きずり込んで、徹底的に撃破するつもりなのだろう。


 どこか?高良山と久留米城の間、高良山部隊を配置済の場所だ。小さくとも、高良川が背後に流れている。この伏兵に佐嘉勢の横脇を突かせれば、敵を殲滅する好機が得られるということだろう。だが、自分のような文系武士ですら理解できたことに、敵が気付かないだろうか。


「筑紫勢、完全に足を止めています!追撃はありません!」

「も、もしや気づかれたのでは……」

「筑紫広門はそうかもしれない。しかし、今の彼に、佐嘉勢へ義理立てする理由も無い、と私は思う」

「では、動かない……」

「少なくとも、武雄勢へ、前進の危険性を伝えるようなことは無いと思う」

「申し上げます!武雄勢、数を増しつつあります!あちこちで戦闘が起こっています!」

「負傷者の退避は完了している。我々も川のあちら側へ戻ろう」


 高橋隊が丁寧に引き始めつつある間も、どこかで戦いは起こっていた。さらに、武雄勢が集合することなく前進を継続したため、鎮理は鉄砲隊に後退の支援をさせることもなく、かなりの余裕を持って筑後川を左岸側に渡ることができた。


 それでも、武雄勢に前進を止める気配はない。


「こちら側へ来るぞ。鉄砲隊を」


 その声に従い、高橋の鉄砲隊が、前に出た。そして、筑後川へ向かって発砲、銃声が轟いた。距離もあるため、見る限り、然程、敵に当たってはいない様子だった。それからややあって、高橋武士の一人が手を挙げて合図をした。


「?」


 なんだろうか、と備中が推理を巡らせていると、再び銃声が鳴り響いた。その方角を向くと、筑後川とは逆側であり、


「く、久留米城」


 この城に籠る敵に向かっての発砲であった。その後も断続的に続き、どうやらこちら側が本命の銃撃対象であったようだ。包囲され、さらに撃たれて城兵もさぞ頭にきていることだろう。つまり、


「挑発撃ちか」


 狩場へ引き摺り込む者を増やすことを目的とした銃撃なのだ。戦いとは非情なものだと思い知った備中。この現況を鑑連に伝えるため戻るべきだろうか、との念が脳裏をよぎるが、手際良い鎮理の指揮振りを注視したいとの思いが勝った。高橋勢は、鉄砲隊が当座の行動限界に達する前に、さらなる後退を始める。それは巧妙を極めていた。


 各集団に分散しながら退き、それでいて距離を保ちつつ、追撃に足を取られた味方をいつでも救出できるよう完全に計算され、訓練された行動は、武雄勢による戦場の確定を決して許さなかった。


 ここまで猪突してきた武雄勢も困難を前に足を緩め始める。すると、高橋は騎馬武者を走らせて、前線で罵声を浴びせかける。


「主君を殺した野蛮人の番犬に成り下がった者共は武士に非ず!恥を知れ!」


 龍造寺山城守の遺将にとってこれ以上の図星は無く、彼らは止まるに止まれなくなる。さらに、


「敵後方に軍影あり!」

「佐嘉勢本隊からの増援か、確認を急げ!」

「久留米城からも敵が出ました!ほぼ全軍です!」


 戦線を統率する鎮理は味方の伝令を常に受け、即座に適切な判断を伝え無ければならないが、完璧に実施されたのである。寡兵で退いているのにも関わらず。この超人的な忍耐力と判断力は天正六年から続く絶え間ない戦いの中で研鑽されたものだろうが、主人鑑連を超えるかもしれない、と備中に思わせるものがあった。



 高良山方面へ後退を続ける高橋勢は、高良川を越えた。きっと敵兵には壊乱しているように見えるのだろう。敵も続いた。鑑連が座する御井の陣は目前であり、敵もすぐにそれを知るだろう。鑑連が使用する本陣の旗が高々と掲げられていたからであった。


 風に乗って敵の歓声が聴こえてくる。その響きは、戸次伯耆守の陣はもはや手のかかるところにある、という欲望に染まっていた。多少なりとも主人の身を案じるのが癖になっている備中、指揮を取り続ける鎮理を見上げる。


 また、伏し配してある高良山部隊が気になって仕方がない。高橋勢は彼らの動きに呼応して反転するはずだが、まだその気配が無かった。御井の陣からも、鑑連直属部隊の支援はない。武雄勢がどんどん近づいてくる。


「うわっ」


 敵の放った矢が備中の足下に刺さった。鎮理は退きながらも旗を掲げ続けているため、接近してきた敵の攻勢が集中し始める。


「た、高橋様」

「まだだ」


 生きた心地のしない備中。伝令が飛び込んで来る。


「武雄勢、まとまりつつあります!」

「殿!」

「まだだ」


 たまらず反転攻勢を求めた家来の意見を、同じく退ける鎮理。その表情は冷静そのものだが、僅かに眉間に力が入っていた。そこに備中は、永禄は門司の戦いでの吉弘殿の面影を見た。鎮理は、その父よりは明らかに美形であったが、血の為せる業である。


「久留米城兵も、迫っております!」

「迎撃させて下さい!殿!」

「まだだ。もう少し」


 同時に、今は亡き鎮信の気配すら感じる。鑑連に愛されたあの情熱を、弟が秘めていないと誰が言えるだろうか。そんな事を考えていた備中の目の前に、ふと彼らの思い出が浮かび上がってきた。門司だけではない。宝満山でも、夜須見山でも、多々良川でも、そして立花山城でも。今、高良山が加わろうとしている。


 真意がどこにあるかは関係なく、国家大友に奉仕する者同士、吉弘一門との友誼は、鑑連が得た掛け替えの無い財産となっていた。


 全ては、眼前で展開されている通りである。


 今、それを最初に鑑連へ進言したのは自分だ、という自負が備中を幸福にしていた。この作戦は必ず上手く行く、その確信を得ていた備中を、いつの間にか鎮理が見ていた。


 視線が重なると、備中の胸がひとつだけ、しかし大きく高鳴った。


 良き思い出に促されるまま、備中が頷いた時、鎮理は笑った。泰然たる貴人の初めて見る喜色に、下郎の胸がもうひとつ高鳴り、熱く弾けた直後、遂に鎮理は全軍へ反転攻勢を命じた。

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