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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
484/505

第483衝 賞揚の鑑連

 豊後、府内に到着した備中は、新任老中二人が府内に居る事を確認できた。が、彼らよりはまず先に、義統公への挨拶を優先させた。


 鑑連の家臣、というだけで、すぐに通してくれた義統邸。そこには顔色の悪い、やつれた様子の公が座していた。少し、酒の匂いも感じる。上手く行かない状況を嘆き、やけ酒を呷っていたのかもしれない。


 公の状態不覚に間を取られた備中、自身が鑑連の名代であることを伝えると、


「この度の弟の不始末、恥ずかしいばかりで、戸次伯耆守には誠に申し訳ない」


 大友宗家の主は、陪臣の自分にすら丁重だった。そこからは、詫び言が滝のように溢れ出てきて曰く、


「弟の件、そもそも父がねじ込んできた人事だったが、この始末である。許可せざるを得なかったとは言え、面目が立たない」

「善導寺での不始末についても聞いた。もう、吉利支丹とは決別をしなければ国が持たないだろう。しかし、父に従い吉利支丹となった者どもの数の何と多いことか。彼らの協力を得なければ、国を守ることは不可能なのだ」

「よって、私はもう津久見からの意見を聞かないことにした。筑後戦線の総大将として、戸次伯耆守を正式に任命する」


 これは鑑連が喜びそうなことであった。義鎮公の横槍人事がなければ、去年の夏には決まっていたはずのことであるが。


「新任老中の二人とはまだ会っていないか。今、府内に来てくれている。だが、寄合としての老中衆は今は機能していない。親家めは津久見の父上の所に隠れてしまったし、伯父上は豊前の反乱に処置するため、未だ離れることができない。朽網も戦場にいて、一人橋爪が走り回っていたが有意な成果は得られなかった。この度、伯耆守の強い要請を受け、あの二人を老中としたが、これまでと変わらないかもしれない」

「今、筑後の制圧まであと僅かと聞いていても、同時に薩摩勢の到来が伝えられている。自分の身は自分で守る、という空気が支配的なのだ。嘆かわしい」

「豊後人の薩摩人を恐れる様は尋常ではない。天正六年の悲惨の記憶が強く残ってしまっている」


 主人鑑連がその記憶を取り除くでしょう、と答えるしかない。また、肥後でも踏ん張っている大友方と、鑑連は連絡を絶やしていないことも伝える。すると、義統公は情け無いという顔で曰く、


「これが豊後の現実だ」

「弟にしても、堕落し怯懦に取り憑かれた多くの豊後人の思いを代弁させられただけかもしれない」

「もはや希望は、戸次伯耆守にしか無いのだ」


 それでも、主人鑑連が筑後奪還は安心して一任されることを直接伝えたがっていたことを述べると、義統公は意を強くすることができたようで、


「戦地から側近を送って報せてくれたこと、伯耆守の思い遣りだと思っている」

「私にしか出来ない数少ないことがある。都からの援軍を一日でも速く豊後へ呼び寄せることだ。羽柴筑前殿、最近公卿に上られたというこの御仁は、三河や尾張での戦いを和睦で終え、今は紀伊攻略に取り掛かっているという。驚くことに安芸勢を従えてだ。あの安芸勢をだぞ。信じられないくらいに驚きだ」

「安芸勢が羽柴筑前殿に従うのなら、我ら豊後と安芸の三十年に及ぶ争いも已む。幅を利かせている秋月種実も、一層孤立するだろう。力の無い私だが、支援の努力は惜しまないと伝えてもらいたい」


 義統公の心に胸打たれた森下備中、主人鑑連が必ず筑後を平定し、薩摩勢をも打ち破り国家大友を危機から救済するだろうことを約束する。公も力強く頷いた。


「私は必ず、豊後で編成した援軍を持って、筑後に赴くだろう。必ず、私自身が率いて。伯耆守と轡を揃えるのが待ち遠しい」



 義統公の邸宅を出た備中、陪臣の自分に無礼はあったはずだが、全く問題にせず接してくれた義統公に深く感謝していた。


 豊後で最も尊い貴人の熱き思いに触れ、義統公と鑑連が協力して力を発揮すれば国家大友は危機から脱することができる、備中はそう確信を深めていた。


 誓った約束を実現させるためにも、二人の新任老中に会わねばならない。


 鑑連の名代としての森下備中の来訪を、鎮連はこれは驚きいった、という表情で迎えた。あの森下備中が伯父上の名代とは、と書いてある顔を隠さない鎮連は、今は亡き鑑連の弟の面影が濃い。伯父に忠実な、良き戸次本家現当主である。


「吉利支丹と吉利支丹嫌いの反目が、かつてないほどに強い。強すぎるといってもいい位だ」


 頷いて同意を示すのは、もう一人の新任老中である。


「吉利支丹門徒には、派手で目立つ人が多いから、反発も強いのだと思う。柴田礼能殿、志賀家の若当主殿と、まあ実に華がある」


 門番についてはともかく、志賀パウロについては備中も全く同感だった。既にセバスシォン公について、豊後へ帰還している。


「そもそも宗麟様からして派手好みだからな。下々の心を魅了する振舞いが実に巧みだ。それに比べて、義統公は真面目な方だから、父上の如くは行かない」


 兄が戦場を棄て帰宅した弟を責め、父が弟を必死に庇うというこの構図、憎しみは募るばかりなのだろう。


「だが義統公も宗麟様に対しては頭に来るところもあるようでね。噂では、宗麟様秘蔵の名品を、無断で羽柴筑前守へ献上してしまったという」

「名品……茶器でしょうか」

「そう。新田肩衝、似たり茄子というものだそうだ。あくまでも噂だがね」

「噂なものか。事実に決まっている。宗麟様は衝撃の余り、義統公とは口も利かないという有様らしいからな」

「セバ……親家公のこととは別にですか」

「そう。こんな様だから、義統公と伯父上が求めている新しい軍勢の編成など困難しか見えない」


 上手く行っていないのだろうか。であればこの二名、余りに呑気なのではないか。鑑連がどれだけの失望と苦悩に耐え、筑後に在陣していると思っているのか、と抗議したくなる備中だったが、


「我ら何とか五、六千の軍勢の目処は付けた」

「おお!」


 一転、心に明るい花が咲いた。


「ハッキリ言って吉利支丹勢を筑後へ送ることは不可能だ。連中には独特の教えがあって、神の指し示す天道に従う、と実に非協力的なのだ。しかし、筑後で奮闘する伯父上を良し、とする者も多くいる。吉弘家、橋爪家、一万田家、田北家、吉岡家……あの志賀一門も分家筋は協力を約束してくれているし、田原民部様も」

「あの御方もですか」

「ああ、豊前に踏ん張っているから兵は出せないが、我らに協力するよう諸将へ働きかけてくれている」

「で、では援軍が送られる、い、いえ筑後高良山へ到着するのは」

「この夏には。ある程度まとまった軍勢でなければ話にならんだろうが」


「それでも老中衆の一員となった喜びがある。国家大友への感謝も。筑後で戦い続ける伯父上のためにも、私は頑張るつもりでいる。鎮秀殿も協力してくれている。全力を投じて、軍勢をまとめて見せる。備中、伯父上にはそう伝えてほしい」

「はい!」


 鑑連から命じられた豊後での任務は達成された。それも良い報告ができる形で。喜び勇んで馬に乗ろうとする備中、ふと何者かの視線を感じた。


「……あ」


 柴田弟が道の真ん中に立ち、こちらを見ている。親しみを込めて近寄ろうと馬を降りると、相手の厳しい表情に気が付いた備中。府内にいたってから、ずっと監視していたのだろうか。掛ける声を失っていると、


「敵は、生半可な覚悟で戦える程の相手か?幾人の同胞たちが豊後へ帰れなかったか、思い出せ。戸次伯耆守とて無事でいられる保証はないのだ」


 そう言い放った柴田弟は、備中との会話を拒絶するように背を向けて去った。

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