第481衝 莫逆の鑑連
「連中から、筑後川を渡ろうなどという気を消し去ってやるぞ。ワシらに手を出せばどうなるか、思い知らせ、こちら側には来させない。その上で柳川を包囲する」
鑑連といえば攻勢あってこそ、もはや言を待つものではない。
「柳川城を満足に包囲するためには兵力が足りないのも事実であるが、ワシはこれを政治力によって解決する。この正月から戸次の者が二名、老中に就任している。他にいるのは悪名のセバスシォン、腑抜けた奈多のガキ、義鎮のイヌ二匹だけ。老中衆が誇ったかつての栄光はどこへやらだ。よって、鎮連と鎮秀にはワシの代理人として、大いに豊後を引っ掻きまわさせる。すなわち兵の徴発だ。ワシの意向を源流に、豊後人は義統の国主としての命令に従い、立ち上がらねばならん。そして、若い武者に率いさせ、柳川の包囲陣に加える。何の遠慮もなく、戦って功績を挙げれば、立身出世の道が開けるようにこのワシがするのだ!臆病風に吹かれたセバスシォンという悪しき事例もできたのだ。身分高い者であろうとも、国家に害を為した者には相応の罰を与え、身分卑しくとも国家の生きる道を広げた者には確かな褒賞を与える。それこそ、佐嘉勢や薩摩勢のようにな」
鑑連はどうやら軍事の方位に立った経綸を語っているようだった。気宇壮大な鑑連、家来を見て次々に命令を発する。
「薦野」
「はい」
「去年焼き払った西牟田勢の領域の監視は続けているか」
「はい、怠りなく」
「あの連中は短気で粗暴だから、こちらが誘えば容易に突出してくる。その好機を探り続けろ。ワシらが筑後川を越える突破口は、この凶暴な連中の住処になる。内田」
「はっ!」
「坂東寺に残している兵は、志賀の残兵も含めて全てこちらへ連れて来い。無論、お前もな」
「は、はっ!まさしく望む所ですが、柳川の東側の守りはいかがいたしますか」
「蒲池に任せる。山下城も返してな。今となってはこの蒲池一族が筑後で最も名声高いのだし、喜んで引き受けるに決まっている。城に入れた宗像掃部との関係も良いと聞いている」
「殿のご威光の賜物で」
「宗像掃部にはこう伝える。ワシの代理として、蒲池を確実に支援することに成功した暁には、筑前宗像郡の相続に全面的に協力するとな。無論大宮司の地位を含めてだ」
凡人にはとても不可能な思い切った提案である。鑑連と現大宮司との間に入った亀裂は、大宮司妹亡き後、修復の手掛かりを失った。
が、この人物は亡命者一族の出身者であるから、国家大友としては正しい用い方に立ち返ったとも言えるだろう。
「山門郡の秩序は、蒲池と宗像掃部に命懸けで死守させる」
「か、かしこまりました!」
「小野、猫尾城の田北の様子を報告しろ。ヤツについて聞いているのは、殺戮者パウロについて帰国しなかったというところまでだ」
「それから高牟礼城の椿原殿と協力しながら、無難の一言です。田北大和守殿の一件以来、田北一門は落ち目。それが残ったのですから、家名回復の手掛かりを吉利支丹宗門ではなく戦場に求めたということでしょう」
「つまりワシを取ったということだ。目端は利くな。猫尾城の田北にはこう伝えろ。限られた兵力しか与えられないが、上妻郡の死守に成功した暁には、豊後における田北一門の復興に尽力するとな。備中何か意見あるか?」
「い、いえ。彼らも進んで殿に協力してくれるのではと」
「見返りが無ければ他人は動かん。今に限ったことではないが、今の状態では特にな。そしてこの話はこの山の座主や問註所家も例外ではない。今の味方にも大盤振る舞いが必要だ」
「し、しかし、義統公とご老中衆の許認可が無ければ動かない話なのでは?」
確かに、かつては老中筆頭を輩出した田北家だが、その追討を命じ滅したのは義統公である。さらに言えば、この場にいる朽網老人が下手人だ。この話を前に、微動だにしていないが。鑑連続けて曰く、
「今の義統は必要なことがなんであるかはしっかり理解している。それにこのワシが約束するのだ。必ず通す。通さねばならん。ワシの禄を削ってでもな」
「と、殿」
「今の味方にも大盤振る舞いは欠かせない。確かにその通りだと私も思う」
ここまで一言も口を開いていない朽網殿が顔を上げて曰く、、
「我が朽網一門は、鑑連殿から何を頂けるのかな?」
「何が欲しいのかね?」
質問を、即質問で被せた鑑連はやはり有能な人物である。が、朽網殿の分配要求は少し違った。
「鑑連殿の寛恕を」
「寛恕、だと?」
「入田一門への」
いきなり爆弾発言を投げてきたこの老将も、伊達に長生きしているわけではないのだな、と吃驚感心の備中。が、長きに渡り怨念を燃やし続けてきた鑑連が受け入れるだろうか。幹部連一同ゴクリと息を飲む。
「いいだろう。佐嘉勢を破って柳川城を落とし、薩摩勢を撃破した時点でそれを与えよう。高良玉垂命に誓ってな。もしも、吉利支丹の神に誓えというのならば善導寺のこともある。殺された坊主達と同じ数だけ伴天連の首を刎ねた後なら、考えんでもないが」
「そ、そんなことは言わない」
「そうか」
危機が、鑑連と朽網殿の仲も取り持ちつつあるように見えた備中、喜ばしく思うのであった。
「申し上げます!」
坂東寺からの伝令が姿を表した。内田の家来のようで、
「昨年秋に我らが焼き払った鷹尾城に、佐嘉勢の護衛を伴い、田尻丹後守が舞い戻った模様!」
「何?矢部川を東に越えた様子は」
「無いとのことです、この報せ、山下城からのものです!」
「佐嘉勢、まずは南の守りを固めたか」
「それもあるが、佐嘉勢にとっては裏切り者の田尻を旧領に戻したことで、筑後勢に対する姿勢を示したのだと思う。苛烈なことはしない、というような」
鑑連のすぐ近くに座る鎮理は、この軍勢における事実上の副将だ。これまで無言によって、鑑連の主張に同意を示してきたが、武士として血が滾るのだろうか。この指摘はまさにその通りだろう。さらに続けて曰く、
「田尻丹後守は薩摩勢との大きな繋がりを持っている。一方で、城は既に焼け落ち、すぐ防衛力を備えるわけにもいかない。佐嘉勢からすれば、田尻は我らにとっての良い標的に思えたのだと思う」
「ならば、鷹尾城の田尻は餌だな」
「御意」
「クックックッ」
鑑連が久々に嗤った。地面から揺るがしてくるような恐ろしい響きである。
「この陰湿さ、死んだ五州二島の太守の頃には感じなかった」
そして、悪鬼の笑顔。
「鍋島飛騨守の指示だとすれば、相手に不足は無い」
「少々あからさまのようにも感じます。よって、我らが田尻を攻めず、他の場所を狙った場合についても、敵の罠に注意をするべきです」
鎮理の指摘に頷いた鑑連、幹部連を睥睨し、
「それは当然として、薦野」
「はい」
「筑後川左岸の西牟田勢を攻める時の先発は任せる。罠があればまずお前の隊に引き受けてもらう」
「承知いたしました」
「で、西牟田勢の戦いぶりは」
「持久力に欠けます」
「よーし、筑前でお前が示した力が戻ってくるか否か、ワシは見ているからな。そのことを忘れるな!」
「はっ!」
昨年、西牟田勢相手に深入りした薦野へ、汚名返上の機会を与えるということだ。また、優秀ゆえ嫉視されることも多い武者の失敗に気を良くしていた連中への掣肘でもあるだろう。
ついに総大将としての光を放ち始めた鑑連。安芸勢との戦い以来だから、十五年ぶりだろうか。自身も興奮を感じ始めた備中は、奇瑞の徴を探し始めるのであった。




