表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
481/505

第480衝 今猶の鑑連

 筑後で迎える新年。戦場での年明けはいつ以来だろうか、と指折り記憶を遡っている備中に、帰還した内田が近づいてきた。


「久しぶりに合流だ」

「無事だったか左衛門。坂東寺は大丈夫?」

「まあな」


 元気の無い様子の同僚である。お互いに歳を取り、溌剌さが失われているのだろうか、などと考えていると、


「相変わらず、お気楽な顔しやがって。豊後勢の多くが去ったのに、筑後制圧がまだ可能だなんて考えているんじゃないか?」

「そりゃまあ」

「気が知れないね」

「く、朽網様は残ったじゃない」

「志賀隊より数に劣り、我らより練度に劣る隊が残ったからなんだって?」


 内田はこの戦役の見通しに失望している様子であった。その気分のまま鑑連に眼前で挨拶をする。


「ワシらが上筑後に行っている間、良くやった」

「はっ」


 珍しく褒められているのに嬉しそうではない内田。これもまた珍しい。


「かつて立花山城に入ったばかりの頃、筑前の連中の年始参りを愉快に眺めたものだが、今年はこの高良山でそれを為す」

「は……」

「内田に備中。来たのは誰で、来なかったのは誰なのか、ちゃんと控えておけよ」


 感情が出やすい内田の顔曰く、戦役の行方も定かでないのに年始参りの心配ですか、ということだった。備中は同僚を力付けてみる。


「やっぱり殿はまだ諦めていないのではないのかな」

「そう……なのか」

「セバスシォン公の件は確かに痛手だけど、殿は筑前に帰らず残った。高橋様も。まあ、朽網様も。打開策はあるはずだ」

「そうか、そうだよな」

「ああ、元気出して行こう!」

「それは微妙かな……うーむ」


 思案し唸りながら何処かへ去る内田であった。同僚を力付けたものの、戸次武士の多くが、内田と同じような心境に至っているのではないか。事実、鑑連の置かれている現状は厳しい。総大将セバスシォン公の戦線離脱は、ある意味以上に裏切りも裏切りであった。味方の裏切りにより、危機に瀕した戦線は、ある意味で古典的ですらある。


 また、本国豊後からは、弟の勝手な帰国に義統公の怒りが爆発し、兄弟間の諍いが一気に激化。父義鎮公が何とか間に入って宥めているという実にお寒い話が入ってきていた。義統公は追加派遣の将兵を募り始めているというが、肥後や日向における薩摩勢の動向が無視出来ないものになってきているため、本領防衛を口実に返事を濁す者が相次いでいるという。義統公から鑑連へは、弱気に落ち込んだ書状が日々送られてきていた。


 備中は小野甥と話をしてみる。


「この正月から、殿ご推薦の二名が老中に就任しています。その方面から、義統公を支援することは出来ないでしょうか」


 この年からの老中衆の顔ぶれは、


  田原親家 筆頭に非ず、評判急落中

  田原親賢 前筆頭、義統公後見担当

  朽網鑑康 筑後担当、親家公後見担当

  橋爪鑑実 穴埋め担当

  戸次鎮連 鑑連の代理人(新任)

  戸次鎮秀 鑑連の代理人(新任)


となっている。新任の一人は鑑連の甥で養子、もう一人は分家の当主、本国における鑑連の手足と考えて良い。


 義統公の強い意思もあり、戸次一族の勢力伸長目覚ましく、反面嫉視されることもあるだろう。セバスシォン公の戦線離脱も、鑑連の勢力強大化を嫌悪した、ということだって考えられる。


「当然お二方への指示もあるに違いなく、実際に殿は義統公へ、ご心配無く、と返しております」

「よかった、ならば」

「が、現実には厳しい」

「え」

「義統公の怒りは至極全うですが、このまま筑後平定に失敗すれば、佐嘉勢を先頭に薩摩勢が本国豊後に侵入することすらあり得るでしょう」


 豊後に外敵が侵入するなど、先々代の頃にあったきり。永禄の戦だって、安芸勢もついに豊後には到らなかったのだ。考えてみれば、内乱はともかくとして、豊後は五十年近く侵略を受けていない。


「親家公の評判が急落したことは事実で、それは国家大友が頼りにならないという証明でもあります。ならば自分の領地は自分で守る、という主張が本国内でも急速に広がりつつあるとのこと」

「……」

「今になってみれば、上筑後の平定よりも、殿の野心に任せて島津兵庫守を誘き寄せる方策を取るべきだったのかもしれません」


 小野甥のように極めて優れた人格の持ち主ですら、弱気になっているように見える。ここは力づけるしかない備中。


「そ、そんなことはありませんよ。殿が選択した道ですし何より、島津兵庫頭は本国の指示で突出してこない、という判断だったのですから。事実、島津兵庫頭は肥後平定を優先して、筑後には見向きもしなかった、かどうかはワカ、ワカりませんが……」


 備中をジッと見ていた小野甥が急に顔を近づけてきた。かなりの不気味な行動にドキドキする備中。爽やか侍は端正な顔に笑みを乗せたまま曰く、


「もしや備中殿は、私が傷つかないとでもお考えですか」

「えっ?い、いやそんなことは……」

「……」

「あ、あるかも」

「私は超人でも仙人でもありません。これが最善、と考え抜いて示し、採用された提案が様々な所で裏目に出て悪しき結果を招いているのです。本当に残念でなりません」


 セバスシォン公の戦線離脱は小野甥にしても読めなかったのだろう。が、それも小野甥に責任ありと考える者は皆無のはず。


「……と言って進言を控えるをつもりは無いのでしょ?」

「ええ、もちろん」

「よかった」


 思えば小野甥も四十路が近いはず、自分も齢を取るはずだ、としみじみ感じ入る備中であった。



 高良山にやってくる筑後の土豪達の目当ては、鑑連に挨拶をすることである。突出した領主の限られている筑後において、夏から国家大友に協力してきた面々は、概ねやってきた。


 皆、したたかな土豪衆には違いないが、武名すこぶる鑑連と面会適ったことを、素直に喜ぶ素朴さがあった。


「で、来なかったのは?」

「西牟田家、草野家、星野家……あと柳川の城主、これらに関わっている一族が」

「そうか、とりあえず安心できるかな」


 セバスシォン公の離脱の悪影響は、筑後においてはまだ表立った形には顕れてなく、せめてもの幸運と言えた。あるいは皆が鑑連の実力を認めているということか。主人は、有難い客人たちに力強く語って曰く、


「本来、ワシは上筑後の平定より、高瀬や柳川を攻め落としたかったのだが、思いの他、ワシらを呼ぶ声が大きかった。だから、この作戦の本番を新年まで取っておいたというわけだ」

「年明け前に柳川の連中が足を伸ばしてきたが、数は少ない、弱気、すぐ退いたと、追撃するにしても盛り上がりに欠けた。が、これからは楽しめるだろう!」

「総大将交代の真意について?クックックッ、もう楽勝だからさ」


 とはいえ、正確に言えば、セバスシォン公の代わりに、鑑連へ総大将の地位を与えられたわけではなかった。その為の働きかけは新任老中二名の活躍にかかっているのであった。


 新年参りの客が帰った後、鑑連も幹部連にはより真意に迫る言葉を発する。接客に汗を流した後は家臣の統率にも気を配らねばならず、備中は多忙に負けない主人を仰ぎ見る。


「危機にある国家大友は薩摩勢撃破により救済される。その薩摩勢と戦うためには、佐嘉勢を破らなければならない。これは絶対的な条件だ。その前提条件である筑後平定を達成するためには、柳川を奪い返さなければならない。やらねばならないことは多いが、単純だ」


 幹部連、鑑連の言葉に同意を返す。


「年の瀬に柳川から佐嘉勢が出てきたが、これはワシらへの揺さぶりであると同時に、柳川城の佐嘉勢が油断ならんという単なる示威だ。今の佐嘉勢には、こちらを攻撃し続ける必要は無く、ご主人である薩摩の田舎者どもの到来まで、守りに徹していればいいのだからな。よって、佐嘉勢の軍事目標は柳川死守、この判断で間違いはない」


 だからこそ、筑後完全奪還はそもそも難しい。


「無論ヤツらも、肥後を手放した以上、筑後の権益奪還を求めているはずだ。よって当座は、佐嘉勢自身ではなく、ヤツらが支援する筑後の反乱勢が前面に出てくるだろう。連中は、裏切りに不実を重ねたどうしようも無いクズ揃いだが、このゴミクズどもを排除しない限り、佐嘉勢は相手にはならん。よって、このクズどもを誘い出すために、今度はこちらから攻勢を仕掛ける」


 すでにその心で戦略は決していたようだ。曰く、


「筑後川を越えて肥前に入り、佐嘉勢の土地を焼き払う」


 鑑連の自信に満ちた表情があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ