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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
477/505

第476衝 震駭の鑑連

 朽網殿の急な訪問があった。鑑連との共同作戦から戻ってきたばかりだが、血相変え、手が震え、老いたその顔は年相応になっていた。


「どういうことだ鑑連殿」

「何の話だ」


 不愉快極まる表情で朽網殿をあしらう鑑連。が、朽網殿は珍しくもさらに詰め寄り曰く、


「セバスシォン様が豊後へ戻るという話だ」

「なん」

「戦いに嫌気を覚える方ではない。何かあったのか」

「だその話か」

「制圧ならぬ時に総大将が撤退すればそれは負けということになるぞ」

「おい貴様うるさ」

「マズイ、マズすぎる」

「いな。おい備中!」

「は、はっ!」


 怒声で主導権を取り戻す鑑連、一転、落ち着き払って曰く、


「貴様が説明しろ」

「私は鑑連殿に尋ねている!貴殿がついてながら、どうなっている!」

「なんだとこの老ぼれめ!」


 激昂した鑑連、弾かれたように立ち上がって距離を詰め、鍛え抜かれた鬼の如き指で朽網殿の甲冑を押した。


 老人同士争い合う場面は実に見苦しい。といっても、悪鬼鑑連はあまり老人に見えないのだが、と備中、決死の思いで両老将の境に飛び込み、説明を展開。


「……という次第にて、筑後への駐留継続の再確認を頂いております」

「……」

「そういうことだ。鑑康、ワカったか。ワカったなら後ろ回れして帰れ」

「……」


 しかし、朽網殿は納得には至っていない様子。それを見た鑑連身振り手振りを大きく曰く、


「ワシとて貴様に言いたいことはたくさんあるのだがな。耳納連山では貴様らの眠たくなる戦術のせいで、完璧な連携は取れなかった。善導寺の件もそうさ。あの虐殺、貴様が草野勢をあの寺に逃さなければ、防げた話でもあるのだからな。貴様に対してこの落ち度を追求しないワシにまず感謝しろ。で一連の戦闘で、豊後勢の練度は高まったかね?ワシらはこのまま高良山で年を越すことになるが、その間も鍛錬を絶やせば戦場で死ぬ者が増えるだろうよ。それが嫌ならば、徹底してシゴけ。ここで喚いている暇は無い。なんなら、ワシが見てやっても良いがね」

「……ならば何故」

「ん?」

「ならば何故、セバスシォン様とその幕僚らが、高良山を離れたのか」

「離れた?いつ?」

「今朝方だ」

「何を言っている。今朝だと?今朝、ワシはセバスシォンと話をしたぞ」

「すでにセバスシォン様は高良山を離れたぞ」

「誰が」

「セバスシォン様が」

「離れたってどこを?」

「ここ」

「ここってどこ?」

「この高良山の本陣」

「ここ?」

「ここ」

「ついにボケたか」

「ボケてなどいない。本当だ。私は戻ってきたばかりで、面会を求め伺うともうご不在だった」

「……」

「……」

「!」


 まさか、という顔で地を蹴り立ち上がった鑑連。


「備中、小野、来い!」


 すでに走り出していた鑑連に、返事する間もなくついていく二人。セバスシォン公の宿舎に飛び込むが、朽網殿の言う通り、既にもぬけの殻だった。


「人の気配がありませんね」

「はあはあ。あ、朝あった調度品とかも……な、無い!無くなってます!」

「まさか、まさかまさかまさか!」

 

 さすがに呆然とする鑑連に、息を切らして追いついた朽網殿。


「ふぅふぅ……あ、挨拶をしに参上した際、すでにご不在だった。しかし、伝令が一人居て、私にセバスシォン様の豊後帰還を伝えてきたのだ」

「その伝令は」

「無礼にも馬に乗ったままでな。伝えた後、すぐに走り去った。方角はワカっている。上妻郡に至る道だ。豊後から筑後へ進軍した時の道を戻っているのだろう」

「あのクソガキめ!」


 朽網殿からの情報を得て、鑑連はどんどん指示を出し始める。


「備中、北野八幡の由布に警戒継続を伝えろ!坂東寺の内田にも、どんな異変でも必ず迅速に報せるよう、念押しの伝令を送れ!」

「は、はっ!」

「小野、すぐに後を追うぞ!」

「随行の手勢を至急揃えます」

「バカめ!そんな時間あるか!」

「殿、落ち着いてください」

「落ち着いているわ!」


 落ち着きの為、仁王立った鑑連、その怒りは床板をしたたか踏み抜いた。全員の視線がひしゃげた床に向かう。ややあって、


「殿、親家様の急な離脱、ご本人の意志が固いのかもしれませんし、あるいは何者かの陰謀の恐れもあります。いずれ敵にとって、まず殿を、次いで親家公を暗殺できれば、この戦の方向性は自ずと見えてきますから、何かの罠であることも考慮した用心が必須です」

「下らんこと吐かすな!殺されて死ぬワシか!」

「私が心配しているのは、殿の安全でなく、連れ戻す際の親家公の安全です」


 この主従はなんだろう、と言った怪訝な表情で二人を見る朽網殿。緊急事態なのに、ちょっと嬉しくなる不謹慎な備中がいた。


「それに、親家様が進む方角は明らかなのですから、すぐに追いつけるでしょう」

「それは、まあ、うむ。そうだな」


 いつもは鑑連の火に燃料を注ぎかねない小野甥だが、鎮静に成功し、迅速かつ周到な対応が必要と意見がまとまった。朽網殿曰く、


「で、では私もすぐに用意をする」

「それは良いが、どこを進むつもりだ」


 朽網殿、さらに怪訝な顔で曰く、


「ど、どこって決まってい」

「言っておくが、進軍時の道は引っ掛けだぞ」

「な、なに?」

「セバスシォンは日田に入る。間違いなくな」

「し、しかし伝令の方角は」

「責任放棄で逃げたヤツを、このワシが逃すと思うか?セバスシォンもワシの追跡を予測し、手を打ったのだ」

「ば、馬鹿な。そこまでして……」


 と言うことは、帰国の意思は強いと見るべきだろう。


「それ程までに耐えがたいことがあったとは」

「それは既に吐かせた」

「な、なんなんだ、それは」

「貴様には教えてやらん」

「い、一体私が居ない間に何が」

「おい鑑康。それこそなんなんだ?おい、おい、もしかして、自分は満足な仕事をしている、というような主張か?」

「……」

「違うよな」

「……日田だな。私も手勢を持って向かう」

「好きにしたらいい、備中!由布と内田への連絡の手配は!」

「い、今文書を!」


 硯一式を準備中の備中、簡易な書状を急いで拵えていると、鑑連の焦燥が爆発した。


「小野の準備に遅れたら貴様をクビにしてやるぞ!」

「は、はい!」

「速く書け!急げ!」

「や、やってます!」

「馬鹿者!書状とはこう書くのだ!」


 鑑連、備中から取り上げた筆を奔らせ、豪気峻烈な墨痕が百閃、筆先から憤怒の感情が発射された。



 戦火の傷痕残る筑後平野を東へ急行する鑑連一行。まさか今、戸次鑑連が征服なった上筑後を行きつ戻りつしているとは誰も考えなかったのだろう。敵とも味方とも出会さなかった。また悲しむべきか、この速度に朽網勢はついて来れなかった。


 生葉郡の最東端に到ると、鑑連はすぐさま要所に手勢を配置、すでにセバスシォン公一行を追い抜いていると見て、監視を強化、この予想は見事的中し、たちまちの内に公一行を特定した。如何にも不慣れな変装なので、どれが公かすぐにワカり、惨めな印象を強く感じてしまう備中。手勢が彼らを囲むと、鑑連は誰よりも速く、立ち塞がった。


「ご機嫌いかがかな、セバスシォン殿」

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