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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
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第474衝 予言の鑑連

 高良山に入ると、出迎えた座主を振り切り、参陣を始めていた筑後の要人らを振り切り、公の幕僚を振り切り、鑑連はセバスシォン公の宿舎へ直行した。無論、取次などは勢いで弾き飛ばしてしまう。


「戸次伯耆守」


 驚愕の表情のセバスシォン公だが鑑連は止まらない。ずっと追い続けてきた備中、既のところで、鑑連の草摺を摘んで引く。


「む」


 かくも小さな合図で冷静さを取り戻してくれるかはワカらない。


「取次も通さぬとは無礼な」

「至急のお話があって参った」

「で、では幕僚らを呼ぶ」

「いや良い。総大将たるセバスシォン殿と差しで話をしに来たのだ」

「ますます無礼ではないか」


 相手は前国主の息子であり、現国主の弟だから、当然のことを指摘されている。重鎮とは言え、将の一人でしかない鑑連が、言葉遣いにも遠慮なく、こんな強訴じみた行為をしてよいのだろうか、と不安でいっぱいになる備中。小野甥はずっと超真剣な表情をするのみ。強心臓の爽やか侍と言え、二人の間に割って入ることは許されない。


「……気分が悪い。今日は引き取られよ」

「そうはいかん。森下備中、小野和泉。人払いをせよ」

「げっ!」


 こんな時に名前を呼ばなくてもいいのに、と思いながらもそこは鑑連流上意下達方式の性、体は命令通りに動いてしまう。大友家先々代や大内左京大夫、織田右府に手をかけた者達の下っ端は、こんな気分だったのかな、と忸怩たる思いになる。


 公の顔には、これは謀反か、と書いてあるが、それを口にしては過激化は避けられないとの判断だろうか、代わりに曰く、


「其の方らの名は忘れんぞ」


 表情と声が怖い。


「いや、小野和泉か」

「はっ」

「我が父の近習だった其の方が何故だ」


 どうやら小野甥のことは知っている様子で、いくらか羨ましく思う備中。小野甥は片膝ついて曰く、


「申し上げます。戸次伯耆守殿には、申し上げたき儀ありとのこと。何卒お話を聞いて頂きたく、お願い申し上げます」


 落ち着いた調子で、鑑連との間に線を引いてみせた。これで少し緊張が解けた様子の公は、備中をじっと見た。何かな、と緊張が高まるが、その目線は恐らく武具を携えていない備中自身の姿を捉えていた。鑑連追尾に全力を振り向けてここに到った文系武士が刀を馬に預けてきた為だが、どうやらそれも幸いした。


 ただ不快は解消されていない。仕方なく話を聞く姿勢をとった公と立ち尽くす鑑連とを残し、戸を閉める小野甥と備中であった。



 外で控えながら、備中は小野甥の気迫や胆力に驚きの連続であった。様子を確認するため、セバスシォン公の家来達が近づいてくるが、それを目線や所作で防いでいるのは小野甥一人である。無論、あの戸次鑑連一行、という評判もあるのだろうが、それでも憤慨する短気者は近づいてくる。それを巧みに遠ざけていくのだ。誰も公と鑑連の会談の場に近づけない。同僚の達人技に、関心することしきりの備中。


 その実、背後から漏れ聞こえてくる会話が聞きたくなくて、同僚の練技に現実逃避していただけかもしれない。


「もう私は、豊後へ帰国すると決めたのだ」

「そのようなこと、断じて許されん。話を聞こう」


 若い貴人の声は、不満が溢れ、同時に怒りと不安が漂っている。


「私は侮られるわけにはいかない」

「そもそもこの筑後攻め、兄の計画である」

「その兄に何の力があるか。失敗ばかりだ。それなのに、父を隠居させ、国の方向を謝らせている。其の方はそれに加担している。兄の失敗に付き合わされたくはない」


 対して悪鬼は、悪鬼らしく無く、


「仮に侮蔑を生むとして、行いにいささか以上の不首尾があるからとお考えあるべし」

「国家大友の国主が命で、我らはここに来ている。そして、誰が立案したかはともかく、総大将はそなたである」

「兄と弟の話など、この筑後攻めとは何の関わりもないこと」


と跳ね返す。だが生産的な会話には発展しそうもない。言いたいことを言い放つセバスシォン公に対して、鑑連が冷たくあしらっているようにしか聞こえないのだ。


 二人の物抗を聴きながら、セバスシォン公について考える備中。正直なところ、公の環境が恵まれていないとは思えない。国主の子で兄弟ともなれば、家督を巡る争いの中で命を落とすことも珍しくない。それが、兄弟不仲が噂される中、国主である兄は、弟が家臣団の頂点に立つ老中の地位を占めることを認めているのだ。父の懇願を受けた結果であるとしても、兄なりの配慮もあるためだ。


 それなのに、弟公の不満は尽きない。兄と自身の比較が止められないためだろうか。


 さらに考えれば、義鎮公が嫡男へ家督を譲った後も、吉利支丹宗門を活用する形で国家大友への影響力を行使して来たツケが回ったのだろうか。義鎮公は多情多感な人物と言う。セバスシォン公は自身の不満を晴らすため、それに縋り、総大将として筑後へ入ったのだろか。


 ならば、戦場で名声を高めなければならないが、筑後戦役で大きな戦果を挙げるのはいつも兄を支える鑑連である。まあ、面白かろうはずがない。兄に対抗する以上、鑑連と手を組むこともできない。だからといって責任放棄が許される理由にはならないが、それがあからさまである以上、この争議の行き着く先は、


「このまま豊後へ戻れば、その名声に傷がつく。それは癒しようのない不名誉となる」

「老中筆頭どころか、老中の地位を喪うことになるやもしれない」

「国家大友の吉利支丹で最も高い地位にあるそなた戦線離脱は、門徒らを、そしてそなたの父君を失望させることになる」


 この発言にならざるを得ない。言い合いが止まった。公は言葉を失った様子だが、鑑連は静かに反応を待っている。


 しばらく無言が続いた後、


「ならば問う。伯耆守は私の名声を高めることができるか」


 静かなまま、鑑連曰く、


「このまま筑後で戦い、ワシの言う通りに従えば」

「どのように?」

「戦いの勝利は、まず総大将の功績だ。すでに上筑後は平定した。あとは下筑後の柳川を奪い返すのみ。今、大友方の参じる土豪らが増え、軍勢は拡大を続けている。二万もの軍勢となるのも現実味を帯びて来た。佐嘉勢とも薩摩勢とも、事構えることができる数と言える」

「では、筑後を平定し、佐嘉勢や薩摩勢を撃退した後、私は老中筆頭に成れるか」

「成れるとも」

「本当か」

「成れるさ」

「では成り上がったその老中筆頭は、かつて吉岡長増や田原の伯父が振るった力を備えているだろうか」


 今やその名も懐かしい吉岡長増は、確かに義鎮公を凌駕する権能を持っていた。田原民部も日向の大敗で失脚するまでは、少なくとも傍からはそう見えただろう。


 鑑連はこの質問に対して、明確に断言した。


「無理だな」


 一息後、


「何故」

「困難な時期にお父君が許したことを、兄君が認めるとは限らんし、そもそも父と子は違うものだ」

「おかしいだろう。不合理だ」

「おかしくない。合理に従っている。次男とはそういうものだ」

「兄がいる限り、私は日陰者のままではないか」

「老中の地位にあり、総大将でいるのにか」

「所詮、どちらも飾りではないか」

「否定しないが、万事につけ、お飾りは必要だ。将軍家を御覧じろ」

「よくも!私を名目だけの者と吐かしたな」

「ワシに嘘を吐いてもらいたかったのかね?クックックッ」


 鑑連の地が顕れはじめたか。


「嫌だね。そなたの為にならん」

「そうだろうとも、其の方は兄の味方だからだ」


 これは……ドツボにハマってしまっているが、鑑連の側ばかりに問題があるわけでもないようだ。隣の小野甥も動かない。鑑連は忍耐強く踏ん張っているが、先行きに待っているのは失望のみという予感に、気が重くなる備中であった。

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