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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
474/505

第473衝 怒髪の鑑連

 急ぎ戻った二人は、憤怒の爆発により膨れ上がった悪鬼を目撃した。高良山の使者は恐怖に震え、腰を抜かしていた。ここは悪鬼鑑連との付き合いが長い備中が出るしかない。


「と、と、と、殿!お気を確かに」

「黙れ!」

「ひい」


 呼ばれて戻ったのに酷い扱いである。一体何が起こったのだろうか。かくも怒りを爆発させる報せが入ったと言うことだろうが。


「クックックッ!」


 今度は嗤いだした。しかし、顔色は赤黒く変じたままであり、不気味である。高良山の使者は恐怖が極まったようで、口をパクパクするばかりである。


「クックックッ、まったく、もう。ワシも生を受け七十余年、こんな話は聞いたことがない」


 何か言い始めた。


「馬鹿げた話さ、本当に。なあ、お使者」


 口パクの使者は何事も発することはできない。


「クックックッ!」


 鑑連は嗤い続けた。延々と嗤うため、一体何事かと覗き込んだり耳をそばだてたりする者の気配多数である。この寺の周りでは火焔が燃え盛っており、由布が操っているとは言え、悪鬼の爆笑が響く中、生きた心地がしない備中。隣の同僚を見てみると、真剣そのものの顔で鑑連からの発言を待っていた。


 そうだ。鑑連は嗤いで心の怒りを鎮めているに違いない。自分より付き合いの短い小野甥はそれを感じ取り、悪鬼が正気を取り戻すのを待っているのだろう。主人との付き合いもあと数年で四十年に達する自分がここで動揺してはならない、そうこころを強く持った備中。鑑連からの連絡を待ち続けた。


 その状態のまま半時ほど過ぎると、


「クックックックックッ備中、都の情勢はどうだ」

「羽柴筑前守の動向についてのその後を申し上げます」


 見事な対応を実現できた、と自信を強め、備中は続ける。といっても、折に触れすでに報告済みの事柄が多い。半年にも及んだ尾張三河勢との戦いが和睦により終わったこと、朝廷の計らいにより公卿に列せられたこと、これにより主家を凌駕したと見られていること。新しい報せとしては、


「尾張三河勢とは和睦したものの、敵の一派であった紀伊勢、土佐の謀反勢との和睦交渉は失敗し、来年には紀州及び四国への出兵があると、都では誰もがそう話しているとのことです」

「速ければ二年、三年で九州に到達するか」

「そ、そんな噂もあるようです。すでに博多の豪商らは羽柴筑前守の到来に備え始めて……」

「それなのにだ。セバスシォンは豊後へ帰ると言っている」

「え!」

「そうだな、お使者」


 口パクしながら、慄えて頷き、なんとか報せを示す高良山からの使者。すると、小野甥が使者の前に座り、優しく話しかけた。


「どうぞ落ち着いて下さい。間違いがあっては行けません。今一度、座主様からの報せをお話ください」


 悪鬼の姿を遮ったのだろう。発作が収まった使者は訥々と述べ始めた。


「座主良寛はすぐに戸次様にご対処を願う、ということで私を送り出しました。高良山の本陣において、田原親家公、豊後へ戻ることを決定されたと」

「それは、豊後で年を越し、また筑後に戻ってくる、ということではありませんか」

「い、いいえ。お、お、お」

「どうぞ、深呼吸して下さい」


 優しく促され、深呼吸を経た使者続けて曰く、


「畏れながら、誠に畏れながら、そ、その」

「はい」

「こう仰せであったと。この筑後奪回作戦、総大将とは名ばかりで、全ては戸次伯耆守が意の侭にしており、自身の在陣は不要である」

「そ、そんな」

「ゆ、故に豊後へ帰る、と。座主良寛だけでなく、高良山にていみじくも大友方に心寄せる者どもはみな、お諌めいたしましたが、そのご決意固く、ともかく戸次様にお知らせするべしと」


 鑑連の恐ろしさに加え、国家大友にとって前代未聞の恥を伝えなければならない重圧の為せる業か、息が荒れ、恐怖に打ち勝ち何とか話し終えた使者は顔面蒼白になっていた。


「クックックッ、聞いたか貴様ら!」

「殿、急ぎ高良山へ戻りましょう」

「セバスシォンの頭の中は一体全体どうなっているのか。嗤いが止まらん!」

「殿、親家公は何か気分を害されただけかもしれません。良く良くお話頂ければ、解決する問題と考えます」

「クックックッ、義鎮め!ガキを際限なく甘やかし、つけ上がらせた始末がこれだ!」

「殿、元々ご兄弟の間での引け目があるのなら、それを解きほぐすのは年長者の役目でしょう」

「豊後に帰りたければ帰れば良い!飾りの役割も果たせないようなら、そうすれば良い!老中筆頭の地位も灰になる!」

「殿、それでは行けません」

「これはガキの遊びではない!生きるか死ぬかの闘争なのだ!そもそも、日向の大敗から始まっている尻拭いの続きだぞ!義鎮のガキめ!そのガキの不始末までワシに押し付けるか!許せん!」


 義鎮公、セバスシォン公と怒りの矛先が行ったり来たり、鑑連の爆発は止まらない。


「殿、義統公は殿に全幅のご信頼を置いておいでです。それで良いではありませんか。それ以上は望み過ぎというものです」

「義統は良い義統は!だがこの腐れ次男坊はなんだ!ヤツがヘソを曲げようが、寺にぶち込んでおけばよかったのだ!クソ、そうしておけばよかった!ワシはなぜそうしなかったのか!」

「殿、お忘れですか。その頃の殿は筑前へ遠ざけられ、老中の地位も自ら譲り、国家大友に絶望した挙句、立花山から九州を睥睨しておいででしたから」


 火に脂を注ぐ様に吃驚した備中だが、


「殿、お忘れですか。かつて他国へ置き去りにされた今は亡き弟君について、義鎮公は心に傷を抱えておいででした。だからこその親家公へのご配慮なのは明らかではありませんか」


 どうやら空耳だったようだ。が、小野甥の顔はそう言っているようにも見える。


「そして吉利支丹だ!また吉利支丹か!いい加減にしろ!」

「殿、吉利支丹門徒の間で親家公の評判は必ずしも芳しくありません。地位固めの為の利用があからさまなためですが、頑なでなければ応談の余地があり、結構なことではありませんか」

「頑なだろうが!ワシが、このワシが妬ましくて豊後へ帰るとほざいていやがるんだぞ!」

「殿、それはともかくとして、ここで親家公が戦線を離脱すれば、多くの豊後勢がそれに続くこと必定。薩摩勢どころか、佐嘉勢にすら手こずる恐れがあります」

「そんなことは絶対に許さん!」

「殿、では高良山へ。急ぎましょう」

「殿殿殿殿やかましいぞ貴様!備中馬引け!」

「と、殿」

「貴様もか!」

「うわっ!」


 空気投げで備中を弾き飛ばした鑑連は、高良山へ向けて単騎走り出した。小野甥と備中が急いで追いかける。如何に鑑連といえ、戦地を一人駆けは不味い。


 安長寺を出る際、由布がこちらを見て頷いていた。こちらは任せろ、ということだろう。感動で涙が溢れそうになる備中、熱く目礼して、馬を進めるのであった。

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