第471衝 賊害の鑑連
「野盗の如き星野勢に我らが尚武を示そう!出発!」
勢い良く来た道を戻って行く問註所隊、彼らが攻撃を仕掛けていた個所は、直ちに戸次勢が埋めた為、数の減少はあっても包囲陣に支障は起きなかったが、
「殿、いけません。せめて支援可能な援兵を付けねば」
「うるさい黙れ」
「問註所様を見殺しになさってはいけません」
「ヤツがそう望んでいるのだ。誇りを踏みにじってどうする」
「殿がお止めせずしてどうするのです。義理の兄上に当たる方ではありませんか」
小野甥が鑑連に食い下がる。その視線には、どうしても批判めいた感情が立ち上がっているようだった。しかし、鑑連も自身の拙速が失策に繋がった自覚があったのかもしれない。
「では小野。貴様の隊が付いていくことは許す。それ以上は却下だ」
「結構です。では」
鑑連に諫言することの多い小野甥だが、戦場での勇敢さでは、戸次家屈指である。武士の矜持を発散させながら、先行した問註所隊を追っていった。
味方が抜けた後も鑑連は猛攻の手を緩めなかった。よって、堅守の姿勢を続けていた井上城も、攻撃側が塀を越えるやたちまち三の丸で火の手が上がった。将兵の歓声も上げる。
「よーし、いいぞ。城主を逃がすなよ。これまでの雑魚どもとは違い、大物だからな」
「油断するな!包囲の手を緩めず、敵将を捕らえろ!」
城主狩りが展開される中、石塀の上で兵らが声を上げた。
「あれは……敵ではないか」
「ど、どこ」
「あそこ。筑後川の向こう側だけど色々な旗が立っている。あの旗は……」
「み、三つ撫子の旗?」
「さすが備中殿。目が良いですね」
それは秋月勢の旗指物である。
「でも。この距離だと怪しいかな?」
「い、いえ!あの方面から来る集団なら、秋月以外いないはず!」
報告を受けた鑑連、ずおと立ち上がり、まさに悪鬼そのものの容貌を作り嗤った。
「クックックッ、ヤツと戦ってはや何年になるかな。もはや、愛しさすら覚えるよ」
この場で唯一、鑑連と秋月種実の邂逅を知っている備中、ふと質問をしてしまう。
「や、やはり殺しておけばよかった、ということでしょうか」
「いいや、ヤツは戦場で始末してこそ価値を生む。これだけワシに執着する下郎なのだ。人生の先達として、可愛がってやらんとなあ」
不気味な嗤いに幹部連全員無言になるが、その後に出る命令については理解していた。
「井上城の征討は高良山の連中に任せよう。どうせそのうち、朽網も西からやってくる」
「で、では」
「ワシらは戸次隊のみで秋月勢を蹴散らす」
相変わらずの鑑連節。諫言役の小野甥が居ない以上、ここは自分の出番、と備中が手を上げる。
「で、ですが、小野様の言う通り、豊前の兵力を連れてきているとなると、我らの手に余るかもしれません」
「愚か者」
怯懦に喝撃を放った鑑連、静かに、自信に満ちた声で、目を光らせて曰く、
「戸次武士たるもの、今更どう行動するべきか、ワシの前で展開するマヌケはいないよな」
「……」
薦野は戦術について口出しをしないし、備中は戦術を理解しない。他の諸将は鑑連に心酔しきっている以上、何かを言える者など事実上存在しない。だが、
「……申し上げます」
それは由布であった。出会った頃から全く変わらない泰然たる態度は、この時も健在である。
「……我らに有利な今、あの秋月勢が旗を掲げて堂々と進軍する以上、その目的は勝利することではなく、敵対者たちが反撃の狼煙を示すということにあると考えられます」
寡黙な由布の発言には必ず向かい合う鑑連、姿勢を正して曰く、
「そうだ。だからここでヤツを討つことができれば、東からの敵を心配する必要は無くなる」
「……これまで秋月種実と幾度も戦い合って来ました。一度敗北を喫したこともありますが、そのほとんどが我らの勝利です。しかし、あの者に手が届いたことはありませんでした。秋月種実が死なないことを前提に、戦場に出るためです。我らが策を用いても、相手が逃げの姿勢を堅守している以上、戦場でかの者を討ち果たすことは期待できません」
「それでは、相手にしないということか?」
「……いいえ。出てきた以上は叩くべきです。とは言え、周到な秋月種実ならば、ここで我らに勝てるとも思っていないでしょう。逃げの姿勢で来ることが目に見えているのなら、我らも秋月種実の首を上げるのではなく、敵が想定している拠点、補給地を潰し、上筑後の安全確保を優先した動きが肝要であると考えます」
なるほど。由布は先々を考えて、鑑連の短期決戦傾向に修正を施そうとしているようだった。備中は、敢えてマヌケの任を受けた由布を心の底から尊敬した。
だが、鑑連はこの提案を却下した。
「由布の提案は戦術的には極めて正しく、善導寺の一件が無ければワシもそうしていた」
戦って、敵の拠点を火にかければ、寺社へ戦火は及び、国家大友のこの面を非難する秋月種実の思うつぼ、ということなのだろう。吉利支丹勢の不始末に対して配慮を欠かせないならば、不自由な戦いを強いられる。
「……恐らく、秋月勢は佐嘉勢と合流します。今は様子見の佐嘉勢が、渡河する契機となる危険性があります」
「それも承知の上だ。下筑後を平定するには、柳川を攻めねばならん。遅かれ早かれ、佐嘉勢は出てくるのだから」
鑑連がそう述べると、由布は頭を下げ、後ろに引いた。敵襲撃が決まった。
「では行くぞ!」
戸次隊は井上城を離れた。由布の指揮統率力の所産か、あるいは鍛錬の結果によるものか、ともかく疲れ知らずの戸次隊は、筑後川へ向かって突進、丁度、秋月勢の渡河直後を奇襲することに成功した。当初の見通し通り、秋月勢は逃げの姿勢であった。
「秋月種実の姿を確認できません!」
「相変わらず、引くのが速いですな」
「没個性の田舎者め。ワシの首を狙って大金星を上げようとは思わんのか。これだからあのガキは勝ちきれんのだ」
「申し上げます!秋月勢と豊前勢の連携が乱れているようです」
「逃げたい秋月と、それを良しとしない豊前の連中とでは戮力協心とはいくまい。ここが狙い目だ!豊前の恩知らずどもを散らしたら、秋月勢を逃がすなよ、徹底的に潰せ!」
反大友の唱導者に真っ向から対峙した鑑連の姿勢は称賛に値するだろう、と老いてなお矍鑠たる鑑連に惚れ惚れしていると、戻ってきた小野甥の隊が合流した。
「殿、戻りました」
「その様子では、長岩城は無事だったようだが」
「はい。撃退に成功です。確認できた敵は星野勢及び秋月の家臣らで、我らが井上城へ進んだ様子を見て、奇襲を選択した模様」
「問註所が頑張ったのだな。ワシとの約束を違えぬとは見上げた根性だ」
「はい。その命と引き換えに」
「何?」
「殿、ご報告申し上げます。長岩城を守るため、問註所様は討死され、そのご家来衆も数多く落命しました」




