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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
471/505

第470衝 失着の鑑連

「チッ、余計な時間を食ったな」


 耳納連山の山上へ戻った鑑連主従、次の標的である星野勢攻めを開始した。善導寺における不祥事の余波は気に掛かるが、


「起こってしまったものは仕方がない。小野はごちゃごちゃ言っているが、前向きに活用できる面があるかもしれん」


 と妙に達観した様子の鑑連である。主人がそう言うのなら下郎としては信じるしかないが、鑑連も多少の手は打った。この騒動で家臣を失った鎮理を現地に残し、朽網、志賀パウロ、セバスシォン公、そして動揺を深める寺社勢力との折衝調整を命じていた。


 進軍を開始する際、鑑連は高良山の僧兵らに対しては、焼討について明確に自身の立場を説明した。


「草野勢を匿っていた善導寺、使者たる高橋の家来を殺した草野勢、双方を敵と見做した志賀勢による報復が起きた」

「ワシが命じたことではないが、果たすべき責任から逃れるつもりはない。それは国家大友の敵を打倒することだ」

「高良山の座主だけでなくその与党について、このような悲劇は起こさない、と約束しよう」


 鑑連の毅然とした態度が受けたのか、元々宗派間の諍いもあったためか、幸いにも高良山の戦線離脱は起こらず、その案内の下、星野勢の領域へ無事侵入を果たした。


 しかし、善導寺以前に進めていた内応の話は、ほぼ全てご破算となっていた。


「城砦からの連絡が絶えました」

「こちらから近づくと、矢を射かけてきます」

「話になりません!殺されるところでした……」


 星野勢は敵対心剥き出しに襲撃戦を展開してきた。


「連中やる気のようだな。蹴散らすぞ」


 山上の砦を次々に破壊して進む戸次勢、あっという間に星野勢の本城へ到達。ここで、鑑連は若き安東を呼んだ。


「永禄から元亀に変わる頃、そなたの祖父がこの城を包囲している」


 備中も覚えている。第二次佐嘉攻めの時の話だ。


「佐嘉攻めはしくじったが、祖父安東は星野勢の封じ込めをやってのけた。連中は国家大友に逆らうこと一度や二度では利かん。ド辺境の野盗紛いの連中故、今回は見逃すわけにはいかん。徹底して叩け」

「はっ!」


 かつて安東の嫡男は高橋鑑種との戦いで命を落としたが、今、その孫が立派に家督を継いでいる。武士として、かくも名誉なことはないだろう。自負を胸に、果敢に鏑城に取り掛かった安東隊。だが、その攻撃は意外な報せをもたらした。


「殿、申し上げます。安東隊によると、鷹取城には僅かな敵しかおらず、多少攻撃を交わし合った後、逃げ出したとのことです」

「ほう。これは何かあるな」

「こ、今回ばかりは、下の朽網様も殿と歩調を合わせ、敵の砦を制圧しながら進んでいるとのこと。おいそれと逃げる場所など……」

「いや」


 顎を撫でてやや考えた鑑連、


「山奥に棲み、手前勝手な引きこもり生活によって憎悪と凶悪さを増大させたのが星野一族だ。この極めて好戦的な連中が本城に居ないとなると、誰かが手引して逃したのではないか」

「だ、誰か……」

「備中、貴様の直感では誰だ?」


 これは一択しかない。


「あ、秋月種実」

「だな。ワシもそう思う。もはや手勢の限られたヤツにとって、凶暴なだけの星野は格好の駒だろう。由布、この城を放置して、このまま進軍し、問註所の叔父を攻める。速攻だ!」

「……承知しました。伝令を強行させ、朽網様へもお伝えします」

「そうだな」


 由布が立ち上がるとともに、鑑連は若き安東に優しく話しかけ、


「今回は敵が逃げたせいだ。名声を稼ぐ出番は、これからいくらでもやって来る。また気合い入れるぞ」

「はっ!」


 と若き安東は実に嬉しそうな顔で元気よく応えた。鑑連の人心掌握術を感心して眺める備中だが、もう若手とも言えない自分の倅が鑑連と言葉を交わすことがあったら、なんと言ってくれるだろうか、と勝手な想像を膨らませるのであった。



 耳納連山もかなり東に到達した大友方。道案内役が、高良山僧兵から問注所殿に代わる。


「滝の音が聞こえるな」

「大小の滝が近いあたりです。また、この小川は巨勢川に繋がっていて、山から平野へ降りた場所に、我が叔父が籠る井上城があります。よって、連中にとって重要な土地と言えます」

「なら、敵の攻勢に要注意、ということだな」

「はい」


 だが、進めど進めど、予想された星野勢の攻撃がない。どこかで敵の集中攻撃があるのかもしれない、と緊張ばかりが高まり、自軍の士気の高まり過ぎを懸念した由布が進言する。


「……まず連中の動向を探らせ、集結地点を割り出します。それからの進軍がよろしいかと」

「いや、ダメだ。動きが鈍る本格的な冬が来る前に、決着を着けねばならん」

「……御意」


 拙速と言われようが、鑑連には攻勢が性に合っているはずだから、備中も同感であった。善導寺の一件で足を止められていた分、それを取り戻すかの如く、鑑連の指揮は迅速だった。結局、敵の攻撃が無いまま、井上城表に到達した。


「問註所殿。そなたの叔父貴はこれまで幾度もワシらに逆らってきた」

「はい……」

「思うところはあるだろうが、交渉の余地はあっても、するつもりはない。よろしいかな」

「はっ、むしろ我らが先陣を切ってご覧に入れます」


 常に国家大友の側に立ち続けてきたこの武将にとって、一族の裏切りは恥ずべきものに違いない。だが、彼が国家大友の未来を信じているかどうか、傍で見ているだけの備中にはワカらない。


「我々も負けてはいられない。命がけで取り掛かるぞ!」


 遠く、薦野が味方を鼓舞する声が聞こえる。これまで耳納連山の諸城を抜くも、大きな戦いも無く善導寺の不祥事があった。そして敵が現れない。この手綱を引いていた由布だが、それを鑑連が解き放った。


 山岳戦ではないため、これまでの城砦に比べ、井上城は包囲しやすいと言えた。よって、敵は堅守の姿勢を崩さない。



 そこに、急報が入った。


「も、申し上げます!長岩城が敵に包囲されています!」

「なんだと!私の城が!」


 何かの間違いではないか、と悲鳴を上げる問註所殿。


「急に現れた敵が、瞬く間に城を囲みました!懸命に防戦しておりますが、数が違います!何卒救援を!」


 問註所殿は救いを求めるような表情になるが、鑑連からその顔を隠した。この戦いは国家大友の命運を決めるものである。己の本拠地可愛さに一族の裏切り者への攻撃を止めるなど、誰でも難しいのだろう。


 そして、それを理解できない鑑連ではなかった。


「内田!は居なかったな。由布、足の速い兵を集め、長岩城の救援に向ける。急げ!」

「……御意」


 由布の動きを、小野甥が止め、鑑連に進言する。


「お待ちください。敵の目的は豊後勢がこの筑後入りに使用した道を塞ぎ、士気を断つことにあると考えられます。とりあえずこの井上城は捨て、全軍をもって長岩城の救援に当たるべきです」


 小野甥の目は鑑連を批判しているようであった。由布の提案を入れ、周囲を丹念に調べさせていればこの事態は避けられたかもしれない、というような。備中も鑑連の速度を指示したため、顔が上げられない気分になる。が、当の問註所殿がそれを辞退する。


「今、我が城は倅が守っている。堅城を誇る城で、これまで幾度も星野勢を撃退してきた。よって、私にお任せ頂きたい」

「ですが、これまで遭遇しなかった星野勢の多くが長岩を囲んでいるとすると、ただでは済みません。仮に城が落とされれば、豊後への入り口が開くことになり、結局我らは奪還のために戻ることになるのです」


 だが、問註所殿の決意は固かった。


「狭隘な地に、いきなり多くの兵を動員すれば、それこそ敵の思い通りになる危険もある。城の包囲は崩すべきではないし、仮に包囲が解かれれば、我らを侮った連中が大挙して立ち上がることにもなる。それもまたただでは済まない事態になる」

「しかし」


 鑑連の家臣でしかない小野甥に比べ、問註所殿は領主であり、その地位と力の差は大きい。また、主張を弱めざるを得ない小野甥を、鑑連も支援しなかった。


「裏切り者でないことに誇りを持って生きてきた我らの名誉の為にも、井上城の攻撃をご継続下さい」


 こう言われては却下などできないだろう。鑑連には情実で動く余地があるからだ。


「では、お願いいたす」


 目線で言葉を交わし合う、武士の美しい景色がそこにはあった。そして、この場面は悲劇によって彩られるのが常と言えた。

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