第467衝 勿怪の鑑連
目下、高良山より東の筑後は、佐嘉方が優勢を占めているが、まだ大友方に心を残す土豪らも残っている。この地域を平定する作戦が始まった。
早く薩摩勢と対峙したい鑑連にとっては、敵の突出を誘う意味合いもあり、士気高く臨む。同時に筑後完全平定の為にいずれは為さねばならないことではあった。
耳納の山上を進む鑑連に対して、朽網殿率いる軍勢が平野部を進む。
進行方向左手からは絶景が望めるが、右側も深い上妻の森林が見る者に強い印象を与える。
絶景は良いが、こんな場所で挟み撃ちなどに遭えばどうなるだろう、と不安を感じないでもない備中だが、小野甥や薦野は大きな不安の様子も無い様子。文系武士、ここは戦地の専門家に身を委ね、頼りなく馬を進める。
幸い、高良山僧兵の案内が険しい山道の困難を軽減してくれる。鑑連も何も言わないし、全て作戦に進んでいるに違いなく、戦いを前にみな口数が少なくなっていた。
進軍からしばらくして、敵城に到着、早速攻城が開始された。警戒していた敵勢が果敢に反撃を試み、激戦となる。ただでさえ山上の城、満足な道も無く、平地の戦いとは誠に勝手が違うが、それでも自他ともに認める国家大友最強集団戸次隊の敵ではない。数と練度で上回った戸次隊が万事に勝った。
「申し上げます!草野勢、発心城から逃げ出しております!」
「予定より早く陥せました。上々ですな」
「それより、下での戦いの様子はワカるか」
やはり、鑑連にとって気にかかるものは安定要素では全くない豊後勢の動向である。
「朽網勢が草野の城を激しく攻めております!」
「我らの勝ちでしょう。もう、敵はこの山に逃げこむことは出来ません」
「ワシがここまでお膳立てしてやったのだ。超戦下手なあの老ぼれでも、さすがに一網打尽にできるだろ」
と、豪快に鼻息を吐いた鑑連。
「では、後は朽網様にお任せして、我々は一足先に次の標的を攻めますか」
次の標的は星野勢、初めて戦う相手ではない。が、鑑連は少し考えて曰く、
「いや、今回は的確に潰して行きたい。山道を強行してきたこともあるから、交替で掃討と休息を与えよう」
「みな、掃討命令を与えられた方が喜びましょう」
「いいからそうしろ」
「はっ!」
さして広くない山上の地での陣営、地上から見ればさぞ目立つに違いない。鑑連としては、大した敵とは言えない勢力を相手に、薩摩勢へ向けて攻勢を誘うつもりなのかもしれない。
だが、この滞陣は思いもよらず長くなる。朽網殿が追った敵草野勢は、山上の城が失われたことを知り、付近の寺に逃げ込んでしまった。
「どういうことだ」
耳納の山より険しい鑑連の顔に、小野甥が説明する。
「草野勢がそれなりの兵数を保ったまま善導寺へ逃げ込みました」
「念仏屋どもは何と言っている」
「仏の道に照らし、匿うことに決心したとのこと。和解を勧めてきています」
「生意気な坊主どもめ!」
鉄扇を激しく叩いて吐き捨てる鑑連であった。しかし善導寺は、高良山を除けば、筑後でも指折りの寺院、放置することは許されない。
「ととと降伏しろ、とっとと敵を追い払え、と文書で命じるぞ。坊主どもには、世俗の争いに関わるなとキツく伝えてやらにゃならんな。備中」
「は、はい!」
鑑連は草野勢と善導寺双方に向けた書状の備中に作成を命じた。こういうのは決まり文句があるもので、さらさら書き上げた書のお目通しもすぐに終わる。
「ところで、星野勢は何か言ってきているか」
「当主からは反応がありませんが、幾人かの重臣が降伏の意向を示してきています」
「チッ、連中も草野の件を見ている筈。片がつかねば先に進まんじゃないか。あの老ぼれ、本当に足を引っ張りやがるぜ」
鑑連は本当に朽網殿が嫌いなんだなあ、としみじみする備中。ただ様々な事情があるとはいえ、因縁を抱える二人を主要な将として起用せざるを得ないところに、国家大友の限界を見た気がした備中。何やら胸の騒ぎを感じた。
「と、殿」
「ん?」
「そ、その、善導寺へこちらからも誰かを送り込む、と言うのは如何でしょうか」
「誰をだ」
「た、例えば鎮理様とか」
「何のために」
「ば、万事をつつがなく進めるためにと言いますか……そ、その……」
「こら、ハッキリしろ」
「……」
何が不安と言うのは形容し難いものがあった。戦に敗れた敵を寺院が匿う、この経過そのものに嫌な予感を覚えた、と言っても鑑連は納得すまい。納得を得るには別の理由を捻り出す必要があったが、
「く、朽網様の戦術がおぼつかないということであれば、さ、作戦により安定をもたらすためにも」
鑑連は黙っている。
「と、殿の知見を承知した鎮理様が行けば本国豊後の方々との相乗効果が期待できるといいますか」
鑑連は黙り続けている。
「た、大切な筑後平定を前にま、間違いがあってはいけないと思いまして……」
それでも鑑連は何も言わない。これはダメだな、と確信した備中だが、
「高橋隊を率いる鎮理を外すことはできん。ただ、ワシが代理を送るのはもっとやり難い。よって、鎮理の名代として、誰かを送ろう。人選は鎮理に任せる」
「と、殿」
「備中貴様、ワシの前で頭さえ下げ神妙にしていれば良いとか思ってはいないか」
「め、滅相もありません!」
「今の言葉も何度聞いたか、思い出せん」
「と、ともかく高橋様にお話しして参ります」
「早く行かせろよ」
掃討作戦を指揮していた鎮理は快く承知してくれた。高橋家の二人の家来が書状を手に山を下りていった。
だが、悲劇が起こった。
「戸次様」
「鎮理、書状を届けた家来が戻るには早すぎる。何かあったか」
「善導寺に送った私の重臣二人が斬られました。他にも朽網様の家来も同様に」
「ええっ!」
思わぬ不祥事である。
「何が起こったのか」
「善導寺に逃げ込んでいた草野勢ですが、書状を受け取った後、降伏の打ち合わせをしたい、ということで使者を誘い込み、そこで討ち果たした、とのこと」
「この連中は一体全体何を考えているんだ」
「今、仔細を調査させていますが、山の上と下で、伝達が万全ではありません。よって私は手勢を持って朽網様の陣に加わりたく思います」
「もう出るか」
「はい」
「仕方がない。だが片がついたら戻ってこい」
「片はどのようにつけましょうか」
「さすがの念仏師どもも、草野勢を追い出すだろう。連中が追い出されたらそこを囲んで討ち果たせ」
「承知しました、では」
だがそれまで朽網勢の動きは止まる。鑑連も先行するわけには行かない。万事、鎮理の戻り待ちとなった。
その日の夜。鎮理の戻りより先に、小野甥が不吉な表情にてやってきた。一才の笑みが無い。短く曰く、
「悪い報せです」
「聞こう」
「善導寺の数多くの僧侶たちが殺されました」
幹部連がみな騒ぎ出す。まさか、という思いだ。
「ま、まさか高橋様が」
「いいえ、違います。事情はこうです。朽網隊に追いつく為に接近してきた志賀隊に襲われると思ったらしい善導寺の衆が、弁解を試みるためなは高僧らで訪問をした折にいきなり捕らえられ、裏切り者として処断されたとのこと。高橋様は間に合わなかったのです」
「志賀隊と言ったな。では、吉利支丹の判断か」
「志賀パウロ様のご判断でしょう」
「坊主を殺めた後、あの連中がなにをしようとするか、ワカる気がする」
悪い報せを聞き切った、という顔の鑑連、憤慨の感情は顕していないが、その心を知る術もない。ふと誰かが叫んだ?
「ああっ、あ、あそこ!火が」
それは善導寺の方角だった。山上から眺める夜の闇の中で、火の手が立ち上がり、それは不敵に踊る不吉の姿そのもののようであった。




