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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
459/505

第458衝 警鐘の鑑連

「薩摩のご当主の弟からということだが」


 鑑連の前で深々と頭を下げる坊主の立ち姿は中々凛々しく見える。鎮理や幹部連だけでなく、鑑連も礼節を持って対応する。


「これは直ちに返答をしなければならない類のものかな」

「いいえ。実行に移して頂きたいものです」


 言葉が理解できる!と驚いた備中。薩摩人は佐嘉人に比べて訛りが強くないのか、それとも教育を受けた僧侶だからだろうか、とふと増吟を思い出した備中。


「実行に移さない時は?」

「そんなことはない、と私を遣わした方はお考えなのでしょう」

「クックックッ、そうだろうが。もしもの時の話さ」

「それを承らずに参りました。非礼をご容赦下さい」

「それこそあり得ん話だと思うがね」


 どうやらこの僧侶は薩摩勢の意図を伝えに来ただけであって交渉役ではない様子。そこまでの権限を与えられてないからこその、ゆとりが見える。


「そなたらの要求を容れ、ワシらが筑後から豊後へ戻ったとしよう」

「はい」

「薩摩勢は八代まで退くということか」

「はい。風光明媚かつ温暖な土地で、みな休めるというわけです」

「すると佐嘉勢が筑後川を越えて舞い戻って来るだろう」

「左様ですな」

「本来、筑後の諸将は国家大友の麾下にあった者たちだが、帰ってきた佐嘉勢から報復を受けるかもしれん」

「そのようなこと、龍造寺様は致さぬものと思います」

「そうだろうか。かつて佐嘉勢は博多の町を火の中に投じたぞ」

「伺っています」

「柳川では蒲池一族を殺戮したではないか。僅か三年前の話だ」

「それも存じております、無論」

「それを恐れ相談してくる家もある。どうかね、道理が通らんとワカるのではないかね?」

「かつてそのようなことがあったかもしれませんが、今の龍造寺様は穏やかなお人柄と聞いております。お父君亡き後、島津家による保護を願っているのも、平和を愛する気持ちから出たものではないでしょうか。平和を愛する方が、人を害することはありますまい」

「筑後人が、佐嘉勢乱入以前に戻ることを望んでいるのだ」

「すべての筑後人がそれを望んでいるわけではありますまい」


 筑後から手を引け、という薩摩勢と、一切引くつもりの無い鑑連のやり取りは終始穏やかに進んでいる。問答も坊主らしいところ、この人物は石宗や増吟とは異なる立派な得僧のようだ。が、


「御坊は嘘を吐いたことはあるかね」

「さあどうでしょうか。なるべくそうせぬよう努めてますが、生涯修行の身にて……」

「ワシの見立てでは大嘘吐きのようだぞ」

「そんな……戸次様。お戯れを」

「人を殺した事もあるだろう」

「いや、そんな……」

「隠さなくても良い。御坊、生まれは?」

「はい。薩摩の市木という地です。風光明媚かつ温暖な土地で……」

「肥前の破戒僧から聞いたことがあるのだ。薩摩に移り住んで、その後坊主となって寺領を横領した海賊あがりの武士が居ると」


 話の出所は増吟に違いない。


「それが私と?」

「ああ。都で出会ったと言っていたかな。ならば、薩摩訛りがキツくなくて当然だ。海賊も色々だな」

「ご、誤解です」

「そも薩摩のような鬱蒼たる地に風光明媚などあるか!貴様、嘘ばかり吐かしているな!」


 急に大喝しはじめた鑑連に、さすがの僧侶もビクとした。


「この大嘘吐きめ!高瀬へ帰れ!」

「へ、戸次様」


 鑑連が愛刀千鳥に気配を向けると、


「ワカ、ワカりました。拙僧は帰りますので。はい。あの、筑後から兵をお引きになる件、どうぞよしなに」

「出ていけ!」


 火山のように噴火した鑑連の感情に声もない戸次武士一同。が備中は、逃げ出す折の僧侶が武士そのものの表情をしていたことを見逃さなかった。鑑連の言う通りだったのかもしれない。


 沈黙を破り、小野甥が発言する。


「肥後の高瀬に、肥後方面の総大将が入っているのは間違いありません」

「例の島津の公子か」

「一門には違いありませんが、また別の兄弟です。伊東三位入道殿を撃ち破ったという序列二位の」

「クックックッ。例の公子は、龍造寺山城守を討った褒美に、総大将の地位は得られなかったのだな」

「いずれにせよ大物です。事実、高瀬に兵が集まり始めています。如何いたしますか」

「高瀬に攻め込むぞ」


 おお、と歓声が上がる。ここまで鑑連の電撃作戦により、佐嘉方面は劫掠が済み、柳川に籠る佐嘉勢は動けず、援軍も渡河できていない。


 鑑連は佐嘉勢よりも薩摩勢と戦うことで、国家大友の苦境を斬り開こうとしている。そして今、筑後には一万を超える軍勢が展開している。立花山城に入って以来、最大でも五千の軍勢しか与えられなかった鑑連にとって、大軍に影響を及ぼせる現状は色々と好機であった。


 そして、誰も口には出さないが、衰微する一方の国家大友の命数を数えると、これが最後の賭けとなるかもしれないのだ。


 反対する者はいないと思われたが、食い下がる者がいた。小野甥である。


「私は難しいのではと考えます」

「貴様はワシではないからな」

「背後の佐嘉勢をどうなさるので?」

「今この時、筑後川を渡らなかった連中が出てくる筈が無かろう。肥後入りは、安全な冒険だ。佐嘉勢が瞬きしている間に、高瀬を奪還してやろう!」

「危険な冒険ですな。背後を突かれれば、殿の冒険はそれで終わりです」

「だから大丈夫だと言っとるだろうが」

「その確証は無い」

「貴様!確証が無ければ戦が出来んというのか!弱腰を恥とも思わなくなったか!」

「私がではない。豊後勢が、です」


 小野甥にしては熱くなっているが、その言葉には効果があった。鑑連の動きが止まったのだ。


「志賀や朽網が怖気付くと?」

「この戦場の総大将は親家公です。そもそもこの戦いは筑後の失地を回復するためのものです。ところが相手は父と兄を窮地に追いやった薩摩勢になろうとしている。心の準備をせよという方が無理というもの」

「ウチの内田だって日向で辛い目に遭ったが、それでも薩摩兵と聞いて喜び勇んで飛び出して行ったではないか。武士たるものこれくらいの心意気を備えていて然るべきだ」

「では、そう豊後の諸将の前でご高唱下さい」


 退出こそしなかった小野甥だが、目を瞑り沈黙する。由布を筆頭に他の諸将は鑑連の戦略に賛成しているから顔を上げている。では鎮理は?


「鎮理」

「はい」

「高瀬に攻め入ることについて、セバスシォンの同意を取ることは容易でないと、お前も思うか」


 即座に鑑連へ向き直った鎮理曰く、


「説得は必要です。今回、豊後勢に薩摩勢と戦うまでの覚悟が無いのも事実ですから。そしてその言葉に力を備えるのは、戸次様以外おりません」

「セバスシォンは今、高良山を目指して進軍中だったな」

「来客の対応をしながら、今は坂東寺の陣に」

「鎮理、同行するのだ」

「承知いたしました」


 立ち上がり歩き始めた鑑連、ふと振り返り念押しをした。


「もはや佐嘉勢など敵ではない。薩摩勢さえ打ち破れば、国家大友の威信は相当程度にまで回復する。真の敵は佐嘉勢ではない、薩摩勢なのだ」


 理解している鎮理は再度頷いたが、鑑連はまるで自分に言い聞かせるように、そう述べているように備中は感じた。そして再度小野甥を見た鑑連だが、爽やか侍は微動だにしなかった。

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