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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
457/505

第456衝 金石の鑑連


 数ヶ月囲んでいた城をようやく落とせたことで、大友の陣は喜びに沸いた。なにより豊後勢久々の勝利であった。陣には重要な武将達が集った。彼らを前に現れたセバスシォン公曰く、


「よくやってくれた」


と諸将を労う。公自身これまで勝ち戦に恵まれなかったためか、何処となくぎこちないが、鑑連の前に来て、


「よくぞ戦局を変えてくれた」


と絶賛した。当然だな、という表情の鑑連だが、備中の目から見ても満足気ではあった。その流れ諸将を褒めて回るセバスシォン公は、丁度戻ってきた一人の人物を見て歩を進めて、


「最前線で誰よりも率先しての働き、見事だった」


 と激賞した。見るからにまだ若いその人物は、頭を下げ、視界に入った鑑連を見た。そして近づいて曰く、


「戸次伯耆守様、お初にお目にかかります。志賀パウロと申します」

「パウロ?」


 鑑連の強い疑問形に、セバスシォン公が応えて曰く、


「志賀安房守の嫡男だ」

「はい」


 親父の方か、倅の方か、恐らく倅の方だろう。それにしても姿勢美しく、一際目立つ。極めて凛々しく、セバスシォン公よりも若く、貴く見える。名前についてよく聞き取れなかった備中が、名乗りを思い出していると、


「この度、父上は志賀家の跡目としてパウロを正式に承認した。よい魁となったな」

「身に余る光栄です」


 それからもしばらくセバスシォン公による志賀パオロ讃歎が続いた。一々云々頷いている健気な武将らの中で、一人鑑連は不動と無言を貫いており、両者の様子を眺めていた。


 降伏してきた猫尾城主黒木殿に代わり、大友方の城主を決めねばならないが、鑑連はここで我を出さなかった。セバスシォン公を始め諸将は気にしている様子だったが、鑑連が主張をしないと知ると遠慮なく、その推薦者を城主に任じた。志賀パウロの縁者だった。



「と、殿」

「ん?」

「猫尾城の件よろしいのでしょうか」

「というと、貴様には対案があるわけか」

「い、いえ。豊後の諸将に花を持たせるということだと存じますが、そ、その、た、多少は何かをされるのかと思っていたもので」

「たわけ」


 と言うものの、鑑連は左程怒ってはいない。


「この一帯の中心となる城が落ちたのだ。明日以降、この上妻郡では降伏の申し入れが増えるだろう。恐らく、肥後国境の辺りでもな」

「は、はい」

「肥後の多くを抑えている薩摩勢なら、気になって仕方がないはずだ」

「で、では何らかの軍事行動が」

「あるいは交渉だな。ま、ワシらはそれに対していつでも動けるようにしておけばいい。ん?」


 戻ってきた戸次の陣には客がいた。


「前安房守」

「鑑連殿」


 志賀前安房守であった。


「待っていたよ。二人だけで話をしたい」

「さて、話の内容にもよるな」

「内々の話だ。とりあえず人払いをしてもらいたい」


 備中が二人から離れようとすると、鑑連の鋭い言葉が走った。


「ここはワシの陣だ。貴様の陣ではない、ワカるな?」

「……鑑連殿」

「備中はワシの命令は守る。くだらん心配はするな」

「……」


 志賀前安房守は鑑連と同世代のはずだが、それよりも老いて見える。春を買い漁った報いだろうか。それより不意に耳にした鑑連の自分への評価に嬉しくてたまらない備中。だが、その相談内容は中々に深刻であった。


「倅のことだ」

「安房守がどうした。家督を子に譲り、悠々自適なのだろう。結構なことだ」

「家督交代を強制されたのだ」

「義鎮に?」

「そうだ」

「義統が……そうか、止めなかったのか」

「そうだ」


 備中も、志賀安房守が女性問題を巡り、義統公と諍いを起こした事は聞いている。結果、老中の地位を失っているはずだが、


「まさか家督移譲を強制されるとは思わなかった」

「だが志賀パオロは孫だろう。何が不満だ」

「鑑連殿、その名を呼ぶなよ。親次というまともな名前がある」

「ほーう、クックックッ、そういうことか」

「可笑しいかね?」

「もちろんだ」


 つまり、志賀前安房守は吉利支丹嫌いなのだろう。


「笑いごとではないぞ。孫の親次は義鎮に極めて近い。しかも吉利支丹で怪しげな法明を名乗っている。我が家の恥とはこのことだ。きっと頭がおかしくなってしまったのだろうが」

「クックックッ」


 嗤い続ける鑑連を睨んだ志賀前安房守の目には強い力がみなぎっている。


「ならば、治療してやればいい」

「治療法は無い。あれば義鎮に受けさせていたよ」

「義統は吉利支丹の魔力から解き放たれたぞ」

「それは日向の大敗のためだろう。解き放たれたというより、目が覚めたというのだ」

「ならば」

「言っておくが、またどこかで大敗をするとなると、今度こそ国家大友は終わるぞ」

「ほう、志賀親守殿ともあろう者が、国家大友の未来を案じるか」

「当然だろう」

「らしくない」

「国家大友は俺が豊かに生きるための生簀。せめて俺が生きている間は頑張ってもらわねばならん」


 備中も眉をひそめるほどの不快な発言だ。朽網殿とは異なり、独特の道徳観を備えているようだが、そこに胸を打つ言葉は何も見いだせない。


「で、相談とは」


 ここに来て、朽網殿、志賀殿と相談事が立て続いている鑑連、これも権力の強さを現しているに違いない。


「単刀直入に言う。倅の復権に力を貸してもらいたい」

「義統と安房守の問題は女についてだろうが。復権は不可能だな」

「これは驚いた。女に淡白な鑑連殿が、それを語るか」

「再婚して、娘を得た。女についての見識が積みあがったのさ」


 鑑連が大宮司妹を亡くしたことは口にしなかったことが、備中にはどうしようもなく嬉しかった。だが、志賀前安房守は怒気を放ち始める。


「鑑連殿。これまで俺は、あんたに多くの功徳を施して来た。数年前、援軍として御船勢を筑前へ送ったのはこの俺だぞ」

「僅かな期間だったがね。あれはまあまあ役に立った。結局、引き戻されてしまったが、ワシに恩を着せようと?」

「それは義鎮が同意していた以上どうしようもなかったのだ。俺は善良にもあんたの要求に応え、出来る限りのことはした。次はあんたの番だろう」

「そうかな?」

「なあ、このままでは志賀家が割れてしまう。手を貸してくれ」


 倅と、義鎮公に追従する孫とで、という事だろう。


「今、公式にも実質的にも大友家督は義統に移っている。ワシにだってどうしようもない」

「よく言う。今、義統はあんたの言い成りだぞ。巧く篭絡したものだ」

「知るか」


 志賀殿は、義鎮公や義統公にも敬意を払わないしゃべり方を貫徹している。この点は鑑連そっくりだが、この親子を擁立したのは自分だという自負が為せる業だろうか。志賀殿は歯切れよく、備中も驚くような豊後の情勢を伝えてくれる。


「老中衆についても、あんたが義統に推薦した戸次家の二人。年明けとともに就任することが内定している。今、国家大友の主催者はあんたなんだ」

「知るか」

「吉利支丹門徒の側に立つのか?」

「それこそ知るか、だ。宗派争いなどワシには一切関係ない」

「この……恩知らずめ。俺が送った甲斐相模守も篭絡しやがって」

「クックックッ、ワシは若者に持てるからな!で、肥後の情勢について、何か聞いてないか」

「……すでに、薩摩勢は阿蘇領を侵し始めているが、一進一退のようだ」

「阿蘇勢もしぶといが、これは意外なことだ」

「親父の後を継いだ甲斐相模守が頑張っている。で、あれは俺が育てた代理人の一人だ。何かに使うなら遠慮して俺に連絡ぐらい寄越したらどうだ」

「そんな必要もない程、あれはワシに心酔しているのだ、クックックッ!」

「この野郎」


 二人の会話をやや離れて眺める備中。険悪なようだがそう染まり切らない、節度の良さがあった。均衡の取れた言い争いを聞いていると、どことなく心が落ち着いてくる備中であった。

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