第453衝 表裏の鑑連
鑑連本来の目的が薩摩勢との戦いにある以上、筑後に引き入れて戦った後、勝利するつもりであるはずだ。すると、
「薦野隊、西牟田勢との戦いが激しさを増しています!」
「クックックッ、増時には、派手に狼煙を上げよ、と戻って伝えるべし!」
薩摩勢がその火の手を確認したら、肥後高瀬から北上してくるに違いない。今、この筑後には一万を超える大友方の将兵がいる。この兵力を思うがままに操ることができれば、薩摩勢を打ち破るに足る、と鑑連は考えているはずだった。
「戸次様」
その思いを知ってか知らずか、鎮理が鑑連に進言する。曰く、
「薦野隊の活動を支援するため、より有明海と柳川に近い箇所を進軍する必要ありと存じます。柳川攻略の布石にもなるかと」
「よかろう、ただし手加減は無用だ。あの辺りの集落を徹底的に焼き払ってこい」
「進軍への参加を求める筑後勢がおります」
「いいだろう、連れて行け」
「はっ」
鑑連の了承を得た鎮理が坂東寺に駆けつけはじめた筑後勢と打ち合わせを進める姿を見た備中。人の話を良く聞いている。話をする人はきっと好意を抱くに違いない話ぶりだ。兄鎮信よりも静かだが、安定している。その出発の後、嬉しくなった備中、鑑連に曰く、
「十数年前、筑後勢を率いていたのは斎藤様でした」
「そうだったな」
「その令嬢をご正室妻とされた鎮理様に、懐かしさを覚える者も多いのかもしれませんね」
「だからなんだ」
「い、いえその……」
その戦略冴え渡り、ここまで絶好調であるからといって無条件に機嫌が良いわけではないのは、ワカりきっていたことであるが、不安、というより不信があるようだった。
「ワシらがこちらに出て来ている理由は幾つかある」
「は、はい」
薩摩勢を惹き寄せることであるが、根本的には猫尾城を包囲する豊後勢を側面支援する、ということだ。
「セバスシォンに、あの城を落とせるか」
「え」
「どう思う」
考え込む様子の鑑連、どうやら真剣に悩んでいる様子だ。ならば阿諛を廃して述べるしかないが、
「諸将の適切な支援があれば……」
「諸将とは誰だ」
「す、すでに適切な活動をしている殿を除いて、志賀前安房守様、朽網様ということに……」
「貴様の言う適切な支援が得られるか、怪しい気がしてきてな。志賀と朽網の仲も良好ではない」
「はい……」
二将は色々なものが違いすぎる。老練と実直、大身と宗家のイヌ、伝統派と吉利支丹、そもそも先々代の頃、入田一門を引きずり下ろす陰謀に、志賀家は加わっている。志賀前安房守も朽網殿も鑑連と同じく長生きで同年代同士と言って良い。
「実は朽網から頻繁に書状が送られて来ている。大した内容ではないが、これは意外なことだ。これまで有り得ない現象だからな」
執念深い鑑連は未だ入田一門を許していない。それは元義弟殿に対する態度の通りだが、
「薦野が戻った後、猫尾城に戻るつもりだ。その時にヤツの話をきいてみるか」
「と、殿に対して何をお望みか、ということですね」
鑑連は、フンと鼻を鳴らした。今回の戦役は鑑連にとって極めて重要であるはず。故に、過去に生じた屈辱を呑み干す気になったのか、遂に。
奇瑞を求めて周囲を見渡す備中。しかし、そこでは何も見つけられなかった。
数日後、鎮理が戻ってきた。
「増時ではなく鎮理だと?」
筑後勢を多く連れて行った鎮理の作戦は予定通りに進行した様子で、兵らの士気は高い。
「村々を焼く煙は、佐嘉でも見えることでしょう」
「曇ってなければな。増時の様子はどうだった」
「西牟田勢とかなり激しい戦いになっています。助力を伝えましたが、近く戻るため不要とのこと」
「そうか」
鑑連と薦野、宗像家の一件でこの主従の関係に変化があったのは間違いないが、意外にも薦野の側に生じたものが大きいのかもしれない。小野甥が呼ばれる。
「薦野隊の出迎えに行け」
「承知しました。所詮陽動なのに、少し深入りしすぎているような気はしていました」
「ワカってるなら、さっさと行ってこい」
小野甥の隊が出発した翌日、急報が入る。
「申し上げます!佐嘉より軍勢が筑後川方面へ動き出しました!その数およそ一万!当主自ら率いているとのこと!」
「と、殿」
敗れたりとは言え、佐嘉勢一万は、筑後に展開する国家大友の軍勢に匹敵する。鑑連一人で相対して良い兵力ではない。が、鑑連は落ち着いている。少なくとも、備中にはそのように見える。
「軍勢の向かう方面は」
「動き始めたばかりで詳細は不明!しかしながら西牟田勢救援であるとの噂があります!」
「こ、薦野殿が危ないのでは」
「チッ」
舌で打った鑑連、続けて曰く、
「一万と言うと今の佐嘉勢が動かせるほぼ全軍だ。筑後川を渡りはしても、こちらには来ない。柳川に入るのだろう」
「そ、そうですか」
しかし、龍造寺山城守が戦場で斃れた後、疑心暗鬼が渦巻いていた佐嘉勢は、僅か半年で、とりあえず混乱を収拾できたということだろうか。だとすれば、後継者である嫡男は優れた人物なのかもしれない。
「おい、聞こえてるぞ」
「えっ、あっ!」
独り言ちていたらしい。が、飛んできたのは叱責ではなく解説だった。
「敗北後、柳川に居た筆頭家老が直ちに佐嘉に戻っている。そいつの協力があったらしいという話だ」
「た、確か鍋島飛騨守……」
「佐嘉攻めの時に逃した騎馬隊を覚えているか」
「は、はい。思い出してました」
「その中にソイツが居たとすれば、皆殺しにしておけばよかったな」
「……」
備中が思っていた事は他にもあった。すなわち、日向の大敗の後、鑑連が直ちに豊後へ帰還していれば、国家大友のその後の姿もまた違ったものになっていたのだろうか、ということだった。
「……」
今度は独り言ちていないが、この憶測は鑑連には酷だろう。君臣の関係、筑前立花山と豊後臼杵の距離、鑑連に与えられていた立場、全てがそれを許さなかった。国家大友最高の武将としてもはや疑う者の居ない鑑連だが、これまで老中筆頭になることだけはなかった。老中の地位低下を見越した鑑連自身、それを望まなかったこともあるが、それでも夢想が止まらない。あの時、老中筆頭戸次伯耆守が国家大友を率いていたならば、と。
「小野と増時はまだ戻らんのか!」
イラつきを露わにする鑑連を見て、備中は何故か今は亡き石宗との会話を思い出した。そして、追憶の中で死者に問うて見る。まだ戸次家は天道に沿って歩んでいるでしょうか、と。怪僧は回想の中でも、漠然たる言葉で備中を煙に撒き、哄笑するのであった。




