第451衝 示威の鑑連
「クックックッ!幸先の良い事だ!」
自陣に高牟礼城主を迎えてご満悦の鑑連である。そして、
「椿原」
「……はい」
いきなりの鑑連節である。椿原殿も鑑連の人格を目の前にびっくりしているが、
「まずまずの判断だった。この城は貴公に任せるほかあるまい」
「……はっ!」
「諸将の列に加わることを許す」
決断の速さに感じ入り、頭を下げた。備中も、言葉を選んだ鑑連の技に感心し、首を垂れた。
備中は、城内に居ただろう佐嘉武士について報告をしているが、鑑連はその事を含めて不問にした。問題にしても仕方のないことは無視したのだが威圧することも忘れなかった。
「そなたの行いを見た佐嘉勢に親しい連中は、どう動くと思うかね」
親しい中には、当然椿原殿も含まれている。言葉の意味を悟った降将は思い切りよく述べた。
「私から声を掛けていきましょう」
大きく頷いて、満足の意を示す鑑連であった。
「さて諸君。これからどうしたいかね?」
と諸将へ問う鑑連。諸将と言っても、その言葉が真に該当するのは鎮理と椿原殿しかいない。後は鑑連の家来なのだから。
鑑連が幹部達に明かしていた作戦は、猫尾城の陣への参加に至るまで。味方の陣までの距離はあと僅かだが、高牟礼城に対する調略成功はいい土産話になる。恐らく鑑連の言う諸将には入っていない、内田が声を張り上げて曰く、
「怒涛の勢いで、猫尾城包囲に加わりましょう!是非、私に先陣のお役目を!」
「いや、先陣は薦野に任せると決めている」
「……はっ」
薦野を睨みかけた内田を、一瞬のみで我慢できて偉い、と同僚を心中で讃える備中。
「薦野」
「はっ」
薦野が出た。備中の見立てでは、宗像家との一件で、鑑連の不興を買っている筈だが、さてどうなるか。
「これより手勢を持って、佐嘉勢近くまで兵を進めて、ワシらの到着を広く喧伝して来い」
「承知いたしました」
「良いか。派手に暴れてくるのだ。何なら城を奪っても構わん。かつて宗像郡や鞍手郡で為したことを、佐嘉の田舎者どもの目の前で行うだけだ。猫尾城はそれによって落ちる」
「はい。心得ております。殿の存在をこの国の人々に印象付けてご覧に入れます」
見る限り、どうやら和解というか寛解はできているようである。そして鑑連の戦略は理解できた備中。成る程ね、と主人の戦略眼に感心するが、椿原殿を始め事情を理解しきれていない者もいる様子。ここもまた自身の役目か、と思い挙手する備中。
「と、殿?猫尾城の黒木勢を攻めるのではないのでしょうか」
鑑連は、正気か、という目で備中を睨み説明して曰く、
「二ヶ月囲んでまだ落とせていない。志賀や朽網の無能だけが原因ではあるまい。佐嘉勢の支援を宛にできる黒木勢の士気が高いのだ」
「は、はい」
「強すぎて妬まれてばかりのワシが城攻めに加わるよりも、ずっと効果的だろうが」
「は、はい!ありがとうございました!」
椿原殿は納得してくれただろうか、と様子を見ようとしていると、小野甥曰く、
「功績を彼らと分け合う形にもなるでしょう。殿にしては見事なご配慮だと、私も思います」
「ふん」
最近明らかに上手くいっていない小野甥の賛意から目を逸らすような鑑連、椿原殿との関係構築も重要だろうが、こちらの主従関係の改善こそが急務のように見える備中であった。
そして高牟礼城の陣をたたみ、猫尾城の陣へ移る戸次勢。彼らを出迎えるのは志賀殿と朽網殿である。セバスシォン公は遅れてくるとのことであった。
「……」
「戸次様」
会談の場で出迎えた二将の挨拶には応えず、陣の中心に進み重々しく座った鑑連は黙っている。厳しい顔つきで、二将と目も合わせない。この振る舞いに憮然とする志賀殿と、狼狽する朽網殿。この鬱勃とした空気を破ったのは薦野隊の動きであった。軍勢が陣の横を駆け抜けるように西へと進軍していくと、朽網殿が意を決したように訊ねて曰く、
「戸次様、あれは?」
朽網殿の声は老いていた。鎧を着込んでいるから何となくワカらないものだが、かなりの高齢で、鑑連よりも一回り以上なのかもしれない。憮然としているのか、そのふりをしている志賀殿は朽網殿よりも幾らか若く見えるが、備中がかつて府内の女郎屋で見た時と比べて老いが進んでいる。
「この城を落とす」
鑑連の発言に気圧されている様子の二将である。思えば老人ばかりの陣である。戦略云々よりもこれでは城一つ落とせないのも無理が無い。一方、その人が持つ闘気によるのか、鑑連が最も若く見える。
「鑑連殿、この陣の大将は親家様である。勝手な事をしてもらっては困」
「ワシは義統公の命令に従ってやって来た。よってセバスシォン殿とよくよく打ち合わせるだろう。で、遅れて来られるとか」
「そうだ。よって、打ち合わせが済むまで、行動は慎ん……いや待ってもらいたい」
鑑連を恐れているのか、朽網殿の声の調子が弱い。かつての筑前肥前の陣ではもっと鑑連に対して素っ気ない人物だったが、老いて変わったのだとしか思えない。この消極的な発言に対して鑑連は多少の侮蔑を込め、
「いいとも。ワシはこの場にいよう。が、西に進んだワシの家来どもは別にこの城を落とす為だけに動いているのではない。よって、このままとさせてもらおう」
対して、猫尾城を前に手詰まりであった二将は有効な反論ができなかった。
冷えた空気が陣を覆う中、セバスシォン公がやってきた。
「戸次伯耆守」
「セバスシォン殿、ご機嫌如何かな」
「わ、悪くない」
「それは何より」
本人を前に吉利支丹の法名を言い放つ鑑連はやはり強い。備中は公を初めて見るが、二十そこそこの若者らしさが溢れ、老将の中にあってはその青さが際立つ。
鑑連は片膝つくこともなく、セバスシォン公と並び立っている。若者は鑑連の儼乎たる姿を前に、固かった。




