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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
441/505

第440衝 装置の鑑連

 鑑連が居る以上、岩屋城における会議といえども、鎮理は上座から下りる。今回の佐嘉勢南下の報せは、薩摩勢との直接衝突が予想されるため、筑前の大友方が有効な対処を取るには統一行動が必須となる。


「佐嘉の田舎者が今や五州二島の太守などと名乗っている。十年前には考えられなかったことだが、これが現実だ。今更だがな」


 高橋武士らを前に鑑連はの表情はいつも通りである。


「この名乗り、語呂も語感も良いが、残念ながら実態が伴わん。なぜなら筑前にはワシがいる」


 ワシら、でないところが鑑連らしい。鎮理が発言する。


「佐嘉勢が薩摩勢を破れば、肥後が手に入る。多少の実態が伴うということでしょう」

「そうだ。よって佐嘉の頭領にとって、この戦いは必勝でなければならん。今、佐嘉に集結している軍勢は、周到に用意された戦略下進むだろうよ」


 筑紫勢迎撃時に不在だった小野甥が、情報を携えてやってきていた。曰く、


「有明海には船が集まり始めています。よって、佐嘉勢は海路、島原を経由して、八代を目指すことが予想されます」

「陸路ではなく?」

「今、両陣営が肥後衆に対して調略を乱発しています。そのため、陸路を進んだ場合、寝返りから思わぬ攻撃を受ける恐れがあるのではないでしょうか」

「特に、それなりの余力を持つ阿蘇勢がどちらにつくかワカらない」

「島原には有馬勢がいる」

「有馬勢は明白に佐嘉勢の敵です。ここで勝利を得れば、前哨戦としては上々なのでしょう」


 小野甥の冷静な分析を前に、我慢できずといった声を上げる高橋武士。


「本国豊後で動きはないのですか。佐嘉勢が薩摩勢を破ると同時に日向へ攻め込めば、捲土重来が実現します」


 回答するのは鎮理である。


「具体的な動きは、無い」

「何故ですか!」

「豊後国内の主戦力は豊前に行っている。日向は広大だし、我らは一度失敗している。征服には前回以上の兵力が必要になる、となると実現性は皆無だ」


 口惜しそうに沈黙する高橋武士へ、補足を入れる小野甥。


「それに征服には、水先案内人も必要になりますが、伊東三位殿は現在豊後国内におられません」


 頷く鎮理。なにやら小野甥との調子がよく合っており、胸が騒ぐ備中。


「佐嘉と薩摩の争いの漁夫の利を狙うには、時間が必要です。そして義統公は、畿内の羽柴筑前守との交渉を強めております。いずれ至る都の軍勢の到来まで、如何に慎重に動くか、これが基本戦略であり、それ以上の選択肢は残念ながらありません」

「そ、それでは伺いますが……」


 恐る恐る手を上げる高橋武士。


「……戸次様は、そ、その……筑前の東を回復されるおつもりであると伺っていますが」

「そうだ、私も聞いている!」

「事実、昨年は宗像郡を制圧された!」


 鑑連の積極策こそ義統公の戦略と一致していないのではないか、それが容認されるのなら、佐嘉勢と薩摩勢の鍔迫り合いに介入するべきだ、ということだろう。


 そして高橋武士の顔には、宗像郡制覇を担当した統虎への誇りがありありと浮かんでいる。我らが育てた若武者の力によるものだ、という。


 攻めるべし、という高橋武士の喧騒が頂点に達するころ、


「クックックッ」


 鑑連の嗤い声がそれを撃った。


「何も貴様らをして、秋月種実の代理人とすることもあるまい」

「……」

「万事休すの秋月はどうにかして佐嘉勢をワシらにぶつけたい。何故か。山深い古処山に篭っていれば命は存えることができても、いざ戦っては勝てないからだ。ワシと戦って勝てないのは佐嘉の頭領も同じだが、万の軍勢を操る相手に勝ちきれないのはワシらも同じ。まあ、ワシも龍造寺も、互いに戦いたくない」

「そ、それではこの好機を見逃すということに……」

「好機でもなんでもない。天正六年以降、危機は続いているのだ。忘れるな」



「私の部下たちが失礼を申し上げました」

「なに、可愛いものだ」

「桜が咲く頃には筑前の東に兵を出す。無論、率いるのは統虎だ。その間の南の堅守は貴様次第ということだ」


 静かに頷く鎮理であった。鑑連の出兵を了解した、ということだろう。笑顔になった鑑連、鉄扇を開いて曰く、


「しかし、貴様の息子は本当に非の打ち所が無いな」

「恐れ入ります」

「忍耐もできるし、判断も良い。強いて気になるところを探すとすれば、その振る舞いが偽善的に見えるくらいだが、家中での評判も良いままだ。だろ、備中」

「は、ははっ!」

「倅の活躍に比べ、我が身を恥じております」

「まあそういうことだ」


 鉄扇をパシと閉じた鑑連、鎮理を睨みつけて低い声を発する。


「倅に負けるようなことがあっては、後世に残るのは統虎の父親だった男、という事実だけだ。筑紫のガキ如きに、二度と足をすくわれることのないように」

「はっ!」


 一連の会話から、鎮理もついに鑑連の統率下に深々と置かれたように、備中には見えた。


「ところで筑紫のガキとの折衝はどうか」

「秋月種実や龍造寺山城守との間で、苦しんでいるようではあります」

「だろうな」


 鎮理によると、すでに滅びた肥前の名門少弐氏の流れである筑紫家は家柄を誇り、出自定かでない龍造寺一門の風下に立つことをよしとしていない。また、筑後柳川勢の最期や、田尻丹後守の転封を見て不安になっているという。


「筑紫のガキにその気があれば、秋月との仲を裂くこともできるだろう。問題は、貴様にその手の汚い調略が可能かどうか、ということだ」


 仕掛けるなら、筑紫殿の縁戚である鎮理がてきにんだ、ということだ。ここで鎮理曰く、


「筑紫広門が最も恐れる存在は、戸次様なのです」

「ワシ?」

「天正も初めの頃、年始参りで戸次様に恥をかかされた、と筑紫広門は恨んでいます」

「やはり」


 声が漏れた備中を、鑑連と鎮理が同時に見る。思わず顔を伏せた備中だが、


「森下備中も知っている通りのようです」

「ワシは知らんぞ」


 そう。恥をかかせた側は覚えていないものなのである。鎮理続けて曰く、


「戸次様が前非を詫び、親しい付き合いが為されれば、筑紫広門も当方に与します。これが折衝を続けてきた私の結論でございます」


 秋月との仲を裂くだけでは不足、ということだ。少し考え込む鑑連をみて、やはり鎮理も只者ではない、と感心する備中であった。

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