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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
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第439衝 護持の鑑連

 冬の筑前、もちろん空気は乾き切り、燃えれば容易に消火することはできないものであり、


「火が着いた建物を崩せ!火を消せ!」

「馬鹿なことを!迎撃が先だ!最悪、建物は捨てる」

「天満宮にも火が迫っているのだ、いいのかそれで!」


 岩屋城下では大混乱になっていた。観世音寺を占拠しようと攻めてくる筑紫勢を相手に、鎮理は自ら最前線で指揮を執っているが苦戦を強いられている。


「鎮理を不甲斐ないと言うべきか、筑紫のガキを称えるべきか。内田、どう思う」

「はっ!筑紫勢はかなり手の込んだ策略を用いたようですのでこの場合は……」

「なら、鎮理のヤツを素直に助けてやってもいいか」

「はい!」


 鑑連の命令下、内田が率いる隊が筑紫勢を背後より強襲すると、筑紫勢はバラバラに散開し引き始めた。鑑連の姿を認めた鎮理が近づいてくる。


「鎮理」

「戸次様。救援頂き感謝いたします」

「ワシは湯に浸かりに来たのだ。救援はついでだよ」

「申し訳ありません。かなり、町を焼かれてしまいました」

「筑紫のガキが何か仕掛けたようだな」

「捕らえて確認させます。すぐに追撃を」

「ダメだ。ワカるだろうが」

「しかし」

「おい、頭に登った血を降ろせ」

「はっ……挑発、ですか」

「今、佐嘉に兵が集まりつつあるらしい。これは、その軍勢をこちらに向けようという秋月の涙ぐましい策略だよ。優しくも乗ってやった筑紫のクソガキにしてはよくやったというべきか。付け火の仕掛けまでこさえてな」

「これは……危うく引っかかるところでしたか」


 と言う鎮理だが、動揺の色は見えない。頭に登った血が早々に降りたためだろうか。鑑連は周囲を確認し、口を歪めて曰く、


「だが秋月勢の姿がない。焚きつけるだけ焚きつけて、筑紫のガキを見捨てたのかもな。とするならば、だ。これで秋月と筑紫の協力関係も終わりだな。さて」

「戸次様」

「ワシは湯に浸かりに来たのだった。鎮理、しっかり後始末しておけよ」

「今、温泉近くの城には、筑紫勢が詰めています」

「鉢合わせになれば面白いのになあ。内田、備中、ついて来い」

「は、はっ」



 筑前、武蔵寺。


「と、殿」

「なんだ」

「あ、あちらで気配がしたような」

「そうか。では見て来い」

「えっ!」

「湯に浸かっているのに刀を手放さないとは、良い齢をして仕事熱心、結構なことだ。ほら、行ってこい」

「は、はっ……」


 家来と共に湯を嗜む無礼講を認める、というより強いた鑑連。一同が身に帯びている得物だが、鑑連は鉄扇、内田は刀、備中は祐筆道具一式のみである。湯から上がり、褌を締め直した内田は気配がした方を改めに行く。


「実に良い気分だ。筑紫のガキも入浴に来れば面白いのに。なあ備中」

「はっ?」

「貴様、聞いていなかったとでも」

「はっ!いえ!聞いていました!」

「そうか。で、筑紫勢の城から、ワシらは見えているかな」

「こ、これだけ篝火を起こせば間違いなく」


 鎮理救援のため、少数で急行してきた鑑連勢である。襲われればひとたまりも無いのではないか、と落ち着かない。


「かつては、あの城もワシらが抑えていたのだがなあ」


 吉弘兄弟の父が生きていた頃を思い出し、しんみりとなる備中。なのに、


「鎮理に委ねられてみればこの様だ」


 そういう話か、と恐れ入る。


「備中、貴様の口車に乗って、その倅どもの面倒をまさかここまで見させられることになろうとは思わなかったぞ」

「はっ、ありがたき幸せ」

「チッ」


 皮肉を流しても良い空気があった。舌打ちの鑑連だが、険は感じさせない。


 戸次武士らも交代で入浴をする。無尽の体力を誇る鑑連はずっと浸かっており、みな恐縮する。


「ここのうたい文句はなんだったかな。切り傷、刺し傷、打ち身、節々の痛みとこわばり、痺れ」

「あ、あとは胃の痛みや冷え性、腹下しなどです」

「備中君、養生していきたまえ」

「……はっ」


 こういう裸の付き合いもありかも、と備中がしみじみしていると内田が戻ってきた。藪を走り回ったのか擦り傷だらけである。


「戻りました。筑紫勢の姿はありません」

「今、ワシは裸一貫湯に浸かっており、首を取る好機なのにな。やはりどこまでいってもガキはガキ」

「殿からの反撃を恐れているのでしょう……おっ」

「空が白みはじめたわい」


 だんだんと天拝山が見えてくる。菅原道真公が慟哭したという神聖な山に、敵は詰めている。その彼らが天満宮を焼いたのだ。石宗風に言えば、天道に外れた行いである。


「その通り、筑紫のガキは不心得者だな」

「あ、し、失礼しました」


 思わず独り言ちでいたらしい。


「飛梅も燃えてしまったかもしれんなあ」

「わ、私、み、見て参りましょうか」

「それより備中、筆と硯を持ってきているな」

「は、はい」

「今の文句を認めて、張り出しておけ」

「文句……こちふかば」

「それじゃない。全然違うぞ」


 しかし、鑑連は笑った。ご機嫌でなによりであった。



 その後、岩屋城の鎮理を支援するため、しばらく太宰府跡地に滞在していた鑑連の下へ、甲斐相模守からの書状が届く。曰く、菊池郡に入っていた佐嘉勢が南下し、薩摩方に寝返っていた合志勢を下して竹迫城その他諸城を占拠したという。


「竹迫城……」

「古きを思い出す名前だな」


 三十年前、先代義鑑公亡き後の混乱の中、鑑連も攻めたことがある城。当時攻め落としたのは佐伯紀伊守であり、今やその名も懐かしい。


「あの頃、ワシは若く、佐伯、小原、吉岡ジジイらを何とか出し抜いてやると、気合が入っていた。備中そうだったろ」

「は、はい」

「今から思えば、平凡な連中相手に息巻いていたものだ」

「平凡……」

「ああ、みな平凡にこの世を去った。秋月や筑紫のガキも今は頑張っているようだが、いずれ同じ道を辿るだろう。果たして、佐嘉や薩摩の頭領はどうなのかな」


 備中には鑑連の真意は掴めなかったが、素朴な質問をしてみる。


「と、殿は佐嘉勢と薩摩勢、どちらが勝つとお考えですか」

「どこで睨み合いとなるかにもよるな。肥後白川や菊池川であれば、地の利に通じ、兵数も多い佐嘉勢が有利だろう。その場合、薩摩勢の補給線も長くなり、そもそも肥後を確保するためだけの戦に、数多くの兵を動員できるとも思えん。平野での戦いは避けたいだろうよ」

「し、しかしそれでは……」

「そう、親薩摩勢を見殺しにすることになるからそうもいかんだろう。佐嘉勢が南下してくる以上、どこかで戦わねばならず、仮に国家大友が日向での大敗が薩摩勢の身の上に再現された場合、肥後の親薩摩派はみな佐嘉勢へ寝返る。そうなれば、薩摩内城までの道は開けるということになる」

「りゅ、龍造寺山城守の天下、ということに」

「この狭い九州に限って言えばな」


 佐嘉勢が薩摩勢を打ち破れば、国家大友はその軍門に降ることになるのかもしれない。そうしないためにも、感情のわだかまりを棄てた薩摩勢との関係改善こそが必要なのではないか、とそれが如何に困難かを承知しつつも、頭を悩ませる備中であった。

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