第437衝 外野の鑑連
「今年は宗像郡の制圧が為り、上々の年であった。統虎」
「はい」
幹部連勢揃いの広間にて、戦果を総括する統虎。共に働いた武将たちも、満足でいっぱいの顔で聴き入る。
家臣の手前、顔を引き締めている鑑連も、心中は同じはずである。もはや、統虎の養子縁組が成功であることを疑う者はいない。今は亡き吉弘鑑理の孫、鎮信の甥であり、鑑連に忠実、若くして戦場での統率力も十分、また戦況を突破できる勇気も備えている。実績も上げた。これで誾千代との間に嫡男が誕生すれば、この鑑連軍閥は盤石となる。
「来年から、佐嘉勢と薩摩勢の争いは肥後を舞台に激しさを増すだろう。両勢伯仲しているこの時こそ、天正六年以降の失地を回復する好機である」
「はっ!」
元気よく平伏する戸次武士一同の中、備中は一拍遅れ、頭を下げる。筑前の東に進むという鑑連の戦略に賛成できかねるためであった。
「これまで国家大友は周防や安芸と争い、名声を高め、時代を牽引してきたものです。なのに今や佐嘉と薩摩が争う様を眺めるのみで、ただの観客たるを甘んじるのでしょうか」
「佐嘉と薩摩が争うのなら、我らもその争いに加わり、活路を開くべきではないでしょうか。今更、荒れ果てた筑前の東を取り戻したとて、如何程のことがあるでしょうか」
「何より、それこそが殿らしいのではありませんか」
すると広間の全員が備中を見た。心臓停止間際になる備中。まさか独り言ちていたか。鑑連、気怠げに曰く、
「ワシらしいとは、積極策に出ることか。クックックッ!」
どうやら最後の一言のみを呟いていたようである。どうする、ここで意見を述べることが、佞臣備中の真骨頂なのではないか。
しかし、それ以上の発言はできなかった。平伏して誤魔化すのみである。このような場で不用意なことを述べれば、息子にも害があるかもしれない。鑑連は年齢だけ老いているが、自分自身は心身ともに老いたのであろうか、と自問する備中である。
内田が意見を述べる。
「これまでの戦果により、秋月種実は古処山から出てくることが少なくなっている。無論、佐嘉勢と薩摩勢の和を取り持つということもあるのだろうが、この敵に天正六年以後しばらくの勢いは無い。油断は出来んがな」
鑑連に異存は無いようだ。最近活躍の機会が少なかった薦野は頷き、賛意を示している。由布は常と同じように無言である。最近、こういう時に積極的な発言をしなくなった小野甥も黙っている。若手はみな賛成だ。
「その秋月の舎弟が豊前小倉から香春岳まで出張ったままだが、安芸勢からの支援が途切れがちな今、この小倉勢を追う。田川郡を押さえれば、秋月種実をさらに孤立させることができるし……未だに封鎖が続いている彦山に対しても有利に立てる」
鑑連の戦略は、筑前の鑑連自身と国家大友双方にとって最善と思われる方角を向いているのだろう。であれば、尚更自分が口を挟む必要はない。備中は自身にそう言い聞かせた。
「筑後方面は岩屋城の兵が監視する。よって、当城の兵が主力となるだろう……」
この年最後の会議終了後、満面の笑みで内田がやって来た。
「備中君、宗像郡の制圧は実に意義があるものだったよ。なにより若殿の尚武!君にも見せたかったなあ」
活躍の場と満足な褒賞を鑑連から得たのだろう。愛想笑いでいなす備中へ、内田はしつこく絡んでくる。
「来年はさらに活躍の場が増える。前と違って、殿は今や名実ともに、実戦最大の大将だ。もしかしてもしかすると城一つ任せてもらえるかもしれんぞ」
「さ、左衛門……」
この中年同僚はかなり舞い上がっているようで、彼のために掣肘が必要と判断した備中曰く、
「それにしても、最近肥後から数多くの報せが入るね。阿蘇大宮司も代わり、困難もありそうだよ」
「佐嘉と薩摩の間にいるのだ。苦労はあるさ」
「甲斐相模守の話では薩摩側が最前線に城を築いたらしいし、肥後北部は佐嘉武士の息がかかった者ばかり。衝突があれば、筑前にも影響があるかもしれない」
「まあ、我らが香春岳辺りまで奪還する間に決着がつくこともあるまい」
「仮にだけど、南から攻める薩摩勢と呼応できれば、佐嘉勢を打ち破ることもできるんじゃないかな」
「な、なんだって?」
「そうすれば、西の筑紫勢や原田勢を含めて、殿の力が大きくなる……」
会議の場で鑑連に言えなかったことを内田に言っている自分がいた。まるで自分の書いた草紙の世界を披露しているようで、気恥ずかしい。
「遠交近攻というヤツだな。まあ、そうかもしれないが、殿お一人のご判断のみで、佐嘉勢と戦端を開くことはできないだろ。それに薩摩勢は不倶戴天の敵だ。手を結ぶなど、できるはずがない」
急に真剣な表情になった内田、意気込んで曰く、
「備中。私には死ぬまでにやりたいことがある。それは薩摩勢に対して日向での復讐をしてやることなんだ」
去っていく内田の後ろ姿を見て、薩摩勢に対する負の感情の程を知った備中。確かに、内田は命からがら戻ってきた日向帰り、地獄からの帰還者なのだ。生あるを無邪気に喜ぶ男に水を差してしまったか。
内田に対して言葉を選ぶべきだったと後悔していると、廊下の先へ統虎が小野甥を連れ立って歩いていく姿が見えた。最近、小野甥と話し合う機会が無く寂しさを感じる備中、詫びを入れるため内田の後を追うのであった。
そして年が明け、天正の年号も十二年目を迎えた。




