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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
437/505

第436衝 老鷹の鑑連

「肥後には双方の本隊が入っていたのに、和睦が成立するとは!」

「秋月種実が相当走り回ったらしい。曰く、真の敵は国家大友であって、無益な争いは避けねばならない、と説得したとな」

「大したものだが、この和睦が長続きするとは思えんぞ」


 まさか佐賀勢と薩摩勢の間に和睦が成立するとは誰にとっても思いもよらないことであったため、鑑連が召集した会議は若手武士一同を中心に、大いに盛り上がった。


「それで、和睦の詳細は」

「期間は一年。高瀬川を境にして北と南で分ける、という内容だ」

「それじゃあ、肥後ほとんどが薩摩勢の手に渡ったということか」


 一同呻き声を上げる。佐嘉勢も嫌いだが、薩摩勢は憎いのだ。


「ところが、そうとも言えない。阿蘇大宮司家を筆頭に、薩摩勢に抵抗している者も多い」

「人吉を押さえ、八代を押さえた薩摩勢の方に勢いがあるように見えるが……高瀬川を境に、ということならば、菊池の旧領は佐嘉勢側だな。当然、高瀬の町も」

「こんな曖昧な和睦、長続きするはずがない」


 一同、そうともと頷く。


「肥後の佐嘉勢を率いる龍造寺山城守の嫡男には、やはり、親父程の力は無いようだな」

「そうかもしれんが、残酷だという評判は無い。佐嘉勢の歩みが遅いのも、親父に原因があるのでは」

「いずれにせよ、佐嘉の真の頭領が出てくるだろう」


 一同、そうだと述べ合う。


「肥後の分裂は長い。国家大友への謀反勢に対して、我ら方の連中が白川で勝利を収めたのは僅か三年前だ。なのに、今は佐嘉と薩摩に分かれている。血を見ずには済むまい」

「そう言えば有馬勢とともに、天草の連中も薩摩勢へ与したらしい。吉利支丹の繋がりなのだろうが」

「今回、吉利支丹どもは薩摩方か。大村の殿様はどうするのだろうな」


 一同、首をひねるのみである。


「肥前肥後はいい。その後、筑後の田尻勢はどうなった。ついに佐嘉勢に降伏して、首を打たれたか?」

「いや、許された。許されはしたが、筑後の本領は失い、引き替えとして肥前国内に新たなる領地が与えられるそうだ」

「といって、佐嘉の頭領に斬られるんじゃないかね。田尻攻略にてこずった今回、怒りのとばっちりで殺された者が多いらしいが」


 一同、殺されたらしい人々の名前を指折り数えだす。


「この和睦の条件に、田尻丹後守の命の保障がある。いかに龍造寺山城守でも、粗雑なことはしないだろ」

「降伏したとは言え、籠城一年以上だ。敵ながら大した者だ」

「蒲池殿も一年近く籠城していたはずだ。結果、殺されたがな」


 一同、それは呼び出されてのこのこ出て行く方が悪い、と述べる。


「蒲池殿亡き後、筑後勢の一極ではあった田尻勢が消える。となると、筑後は本格的に佐嘉勢が押さえ込んだ、ということになりますな」

「義統公は田尻を救けると宣言されたがこの結果である。焦っておられるのでは?」

「それはそうだろう。事実、筑後が完全に誰かの物になれば、我々は孤立する。そうなれば、本国豊後はただ一国のみで、身を守らねばならなくなる」


 一同、現実を思い知り不穏な表情になる。そして一様に、上座の鑑連に視線を移すが、当の悪鬼は退屈そうに話を聴いているのみであった。



 天正十一年も終わりが見えて来た。統虎隊も宗像郡の制圧行から無事帰ってきた。


 さらに年の瀬が迫る折、肥後の阿蘇大宮司がこの世を去り、その弟が地位を継承した旨、知らせがあった日、鑑連は備中に質問をした。


「鎮連について、何か聞いている話はあるか」

「鎮連様、で、すね……いえ格別なものは」


 亡き戸次弟の息子も、戸次の頭領となって十年、本領の豊後藤北にあって、鑑連の残照に与ることがあるのだとしても無難に一門を率いていた。筑前の鑑連へ、援軍を送ってくれたこともあるが、


「それではいかんな」

「え!」

「あれはワシの甥だが、戸次の家督を継ぎし者だ。平凡なままではつまらん、おい、あれを出せ」

「あ、あれ?」

「そうだ、あれだよ、早くしろよ」

「こ、ここここ」


 これかな?と紙を出す。


  空席   筆頭不在

  田原親家 豊前平定担当

  田原親賢 前筆頭、義統公後見担当

  朽網鑑康 筑後担当、親家公後見担当

  橋爪鑑実 穴埋め担当

  空席


 三年前から特に変わっていない、老中衆の顔ぶれである。すると、


「今はこうだ」


 と鑑連が筆を走らせ、微修正をする。


  田原親家 筆頭、豊前平定担当

  田原親賢 前筆頭、義家公後見担当

  朽網鑑康 筑後担当、義統公後見担当

  橋爪鑑実 穴埋め担当

  空席

  空席


「老中筆頭など、もはや名目だけ。功績も実績も権威も、何もかもを欠く。その為老中も同じだな」


 老中に空席が生じてそのまま、ということは、有資格者の中に成り手すら居ないということなのだろう。これほど国家大友の弱体化をあからさまにするものはあるまい。


「とは言え、ワシの役には立つかもしれん。廃物利用だな」

「……」

「文句あるか?」

「い、いえ。ご老中衆の仕組みを蘇らせることができるのは殿しかいない、と……」

「仕組みねえ」


 鑑連は表情のみで嗤って曰く、


「老中への就任は家柄も関わってくる。ワカるな」

「は、はい」

「今、義統を支える人材の不足は義鎮だけでなく、この役立たずどものせいでもある」


 多分鑑連は、国家大友を構成する人々の質の劣化を嗤っているのだろう。


「よって、ワシは空席を埋める者を義統に推薦するぞ。その一人として鎮連を入れよう」


 戸次家は老中を務める家柄ではないが、鑑連は国家大友の中でも自分が特別な存在であることを利用するということだろう。よって、その推薦を断れる者は、鎮連本人を含めていないだろう。


「あともう一人だが、誰にするかな」


 高名な武将処では、鎮理や統虎が思いつく備中だが、その能力を本国の無駄な政治で消耗させることを鑑連が望むとは思えない。しかし、力ある人物ならば、何事か成し遂げることができるとも期待できる。ふと、鎮信の遺子の活躍について思い出した備中だが、口にするわけにも行かないが、


「そいつはダメだな」


 鑑連に心を読み取られ、ギクりとする。


「吉弘家に限らず、日向の大敗に関わった家の者どもでは納得は得られん」


 豊後の分裂とは、吉利支丹だけでなく、日向に関連しても存在するのか、と目から鱗が落ちた思いの備中であった。となると、佐伯家、田北家、臼杵家、吉岡家の人々の納得を得られないということになる。自分で言っておいてだが、確かに、高位武士のみが就任の対象となる老中衆という仕組みは破綻しているのかもしれない。だから、


「誰でもいいか」


 備中も深く同感であった。


 と、そこに統虎と共に戻ってきた内田がやってきて曰く、


「平和な年は時の流れが速く感じますが、戦場にでると充実します」

「クックックッ、それはワシも感じている。で、来年の予想は?」

「充実するに違いありません」


 何か報せを持ってきた時の顔だ。


「申し上げます。佐嘉勢と薩摩勢の和睦、早速破れる気配にて、特に佐嘉勢が数多くの兵を集める動きを見せています」

「予想通りだな。ではワシらも来年の出兵の準備を整えるか」

「しゅ、出兵」


 惚けた声の備中に鑑連は呆れ顔で曰く、


「ワシらとの和睦もある佐嘉勢が薩摩勢と争う、これは好機だろうが。筑前の東を平らげるぞ」


 内田は手を打って賛意を表した。だが、備中はそうしなかった。

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