第429衝 構想の鑑連
豊後から戻った備中の報告を受け、義統公からの書状に目を通した鑑連、歓迎の意を示して曰く、
「貴様が聴いた話とここに書いてあること。ワシの見通しでは、義統は吉利支丹宗門から離れるぞ」
「ま、誠ですか」
「もっと正確に言えば、吉利支丹を支持し続ける義鎮から、かな」
義鎮公と吉利支丹門徒が親家公の側に立つのならば、国家大友が分裂してしまう、と備中は危惧を深める。そんな事態を防ぐには、主人鑑連の動きが必須になるはずだが、
「吉利支丹どもがワシを歓迎していない、ということだが、なるほどなあ。義統の意見には納得だ。それもまた、色々あって豊後からの援軍が到着しない理由の一つなのかもな」
きっとその自覚はある、と信じたい。
「それで、備中。貴様はこのお人好しをどう見た?」
府内で感じた貴人の印象を思い出してから曰く、
「……義鎮公だけでなく、あまねく誰かからよく思われたいという気持ちが、つ、強すぎるのかも……と」
そしてそれに伴う欲望は決して強くない。貴種たる人の弱みと言えるのかもしれない。一方の鑑連は権勢欲の権化である。
「それで、義鎮を見限った今、ワシの歓心を得たい、ということだな。クックックッ、哀れなヤツ」
深く響く嗤い声にやや安堵の備中。これが聞けたということは、力関係は鑑連が上、という話であるはず。惧れるべきは、それが義統公という現実のみだ。
「今更の判断だが、それは間違っておらんがな」
「で、では」
鑑連、噴、と鼻を鳴らす。そういうことなら義統公に協力してやってもよい、ということだろう。すでに老中でもなく、国家大友の中央から遠い鑑連にとって、それは越権にあたる。しかしながら、頼ってくる人に対して、無下にする性格ではない。それに、今回は書を送り備中を送って相手の心を解し、「頼らさせた」のだから。思えば随分と鑑連らしくない手法だ。
鑑連の存在感に拠って、国家大友を割らずして、全てを義統公に集約できるかもしれない。そうすれば、危機への対処も現実的になる。日向での大敗からすでに四年近く、一向に事態を収拾できない義鎮公を鑑連が完全に見限ったということでもあるのだろう。それはつまり、
「義統の側にいた柴田の件。間違いなく、義鎮が送り込んだ目付だ」
「わ、私も、そのように感じました」
来た、と備中、胃がキリキリする。義鎮公の影響力を排除する戦いが始まるのだろうか。
「門番風情が出世したものだ。なあ、備中君」
「はひ」
「あれはゴリゴリの吉利支丹だが、ワシの恐ろしさを知っていよう、約束は守るはずだ。糸は切らさないようにしておけ」
「はっ」
これは、柴田弟については使い用、ということなのだろうか。旧知の人が知らぬ内に出世し、嫉み止まない備中だが、柴田弟の立場の困難を思えば、それも弱くなる。できれば敵対はしたくない。
「兄弟仲を取り持つという……苦しみもあるでしょう」
「クックックッ、ワカらずやの兄弟主君の間でさぞ苦しむだろうよ。しかも、片方にはワシが、もう片方には義鎮が付いているのだからな!」
身を置き換え考えてみると、今度はさらに胃がシクシクしてくるのであった。
と、そこに、近習がやって来て曰く、
「殿、申し上げます。佐嘉勢が再び筑後に出兵しました。この度は、田尻丹後守の裏切りを罰する為であると、佐嘉勢喧伝しております」
「佐嘉の頭領は速攻後の養生に失敗したようだ」
「た、田尻勢に何がしかの支援をいたしますか」
んなわけあるか、という顔をして鑑連は言い放つ。
「あのクズは疑われて当然の裏切り者。年貢の納め時だろう。勝手に滅びればいい」
つまり、今は佐嘉勢との和睦を維持する、ということだ。
「それよりも、秋月のガキをもっと追い詰めるのが先だ」
「気にかかる点として、薩摩勢が田尻勢を支援する気配ありとのこと」
「薩摩はまだ肥後を越えてはいないはずだ」
「筑後国内に、薩摩派を標榜する連中が現れております。薩摩勢がその者共を資金面で支援しているのです。それに博多の商人で、薩摩勢と協力している者がいます。仲介役として」
鑑連、顎を撫でて曰く、
「佐嘉勢と薩摩勢が全面対決したとて、日向でのことがある。ワシらは薩摩勢と連携はできん。と言って、共倒れなど期待できんが、この抗争がなるべく長く続くようには出来るかも知れん」
それは両勢が肥後と筑後で喰い合っている間を、体勢を立て直す時間とする、ということだろう。ただし、そのような繊細な取り扱いが要求される調略、鑑連に行えるかは疑問の備中。となると、この人物しかいないが、
「備中、小野を呼べ」
「げ、現在、岩屋城にいらっしゃるはずです」
「ヤツめ、怠けてるのか」
「と、殿のご命令で」
チッ、と舌打ちをする鑑連であった。
それから小野甥が戻るまでに、肥後においても佐嘉派と薩摩派の抗争が激しさを増していること、土佐勢が織田右府が消えた後の阿波を制圧したことなどの話が入ってくる。織田右府の死から世の流れが激変しているのに、国家大友のみ取り残されてしまっているのではないか、と不安になる備中であった。
そこに、秋月勢の急襲を受けて穂波郡への入り口である城が奪われた旨、報告が入った。
「この重大な時期に、鎮理は何をしているのだ!」
と、怒りを爆発させ、援軍を出陣させた。やはり鑑連はこうでなくては、と安心する備中。しかし、調略に力を入れるとなると、鑑連自身で出陣する機会も減ってしまう。勇姿を見る機会が減るのは残念だが、もしや鑑連も老い体力を減じさせているのではないか、という言いようの無い不安を感じるのであった。




