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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
428/505

第427衝 臆度の鑑連

 豊後国、府内、大友館。


「備中殿」

「門番殿」


 対応に出てきたのは吉弘家家臣の柴田弟であった。二年前は親家公の傘下に入っていたはずだが、今は身なりも各段に良くなり、まずはとりあえず無礼を謝罪した備中へ曰く、


「今は、フランシスコ様の命により、義統様の命令下、仕事をしているんだよ」


 吉利支丹人事か、と恐れ入りもう一度頭を下げる便佞武士。


「ほ、本当にし、失礼しました。門番殿などと……」

「なに。私は吉利支丹宗門を守る門番のつもりだからね。構わないよ」


 そう笑ってくれる相手に、ようやくホッと一息の備中。用件を伝えて曰く、


「主人鑑連から、義統公宛の書状を持ってまいりました」


 一瞬、驚いた顔になった柴田弟。


「フランシスコ様ではなく?」

「え、ええ。府内の義統公へ、と」

「ということは、直接渡すように?」

「は、はい。言われております」


 すぐに考えを切り替えた様子の柴田弟、笑顔に戻って曰く、


「承知した。丁度時間が空いていて良かった。すぐにお通しできるよ」

「よ、よろしくお願いします」



 広間にて、義統公が現れた。陪臣である備中は初めて会う人物である。備中はすぐに頭を下げたが、一瞬、チラリと姿が見えた。


 その風貌は、目鼻立ち整っており、美形と評判の母親に似ているのだろうか。背高く、一瞬で貴人とワカる雰囲気を感じる。鑑連なら柔弱と断じてしまいそうだが……


 だが、義鎮公の次代の家督として、本来であれば備中のような陪臣が参上できるはずのない人物であることは間違いない。備中は、深々と平伏し、書状を床に差し出、震える声で舌を噛みながら、挨拶と用向きを伝える。と、


「柴田」

「はっ」


 なんと柴田弟が書状を受け取り、義統公の下へ取り次いだ。こいつ出世しやがったな、と独り言ち、相手への共感と友情を瞬時に無くしてしまった備中であった。書を繰る音が微かに聞こえる。


 顔を上げるのも恐れ多いと伏したままの備中、


「柴田。しばらく人を遠ざけるように」


との声が聞こえて来てびっくりする。返事をした柴田弟が去って行く。えっ、と驚き、つい後ろを振り向いてしまう備中、無礼を恐れてもう一度顔を沈めた。


「面を上げよ」

「は、はぃ」


 恐る恐る顔を上げる備中。貴人と対面し、いよいよ緊張が高まって行く。


「戸次伯耆守は、今の困難な情勢でも、相変わらず敵無しと聞いている。かの者がいなければ、とうに筑前も失われてしまっていただろう」

「は、はぃ」

「これまでにも書状を得る機会はあったが、どちらかと言えば我が父の時代の大物だ。私はあまり伯耆守を知らない」

「はぃ……」


 義統公は言葉を選んでいる、と備中は直感した。三年前、田原右馬頭を犠牲に供しようという時、鑑連が豊後の衆に国家救済のための行動を呼びかけた際、当時義統公が抱えていた側近らが結果的に排除されている。その結果、義統公は己の力を減じさせた鑑連を相当恨んでいるに違いないのだ。


「だから、このような心温かい文を頂けるとは、誠に有難い気持ちだ。今日中に返信を認めるので、渡してもらいたい」

「は、はぃ!」


 鑑連にしても、代わって入った者が、柴田弟のように吉利支丹にまつわる人物と知ったらどう感じるのだろうか。基本、吉利支丹を対等と見做していない鑑連だが、それよりは自分の息のかかった人物を送り込みたい、と思うのではないだろうか。柴田弟には気の毒だが。


「ところで、そなたは吉利支丹か?」


 義統公からの唐突な質問が出た。身分差を前に当惑していると、義統公曰く、


「柴田と親しい様子であったが」


 結構振る舞いを見ている、と不思議と少し落ち着いた備中。


「し、柴田殿……様とは顔馴染みで、も、門司の戦場などでもみ、見かけたり……き、吉利支丹ではございませんが……あ、あの」

「戸次伯耆守の下には吉利支丹は居ないらしいと聞いているが、事実か」

「は、はい。事実でございます」


 この貴人が威圧的な人物ではないためか、さらに血圧が安定してくる森下備中。質問が続く。


「戸次伯耆守は、吉利支丹を嫌っているのか」

「家中で一人負け知らずである理由はどこにあるか」

「今最も欲しがっているものは何か」


「き、嫌ってはないと思いますが……あまり気にしてないというか……そ、その……博多の伴天連と会談をしたこともありましたし……」

「あっ、気が強いためですかね……」

「兵力ですね」


 鑑連の話を伝えると、義統公はどことなく嬉しそうな気配を見せる。鑑連を恨んでいる、というのは備中の気のせいかもしれない。あるいはただのお人好しであるということも考えられ、気がつけば、全く緊張しなくなっていった備中。


 ふと、話の途中で、何かが聞こえていた。義統公、親切に曰く、


「吉利支丹門徒の歌声だ」


 内容はワカらないが、気高い印象を受ける。寺院のお経とはまた異なる趣だ。


「この府内には学寮が設けられた。天正八年のことだ」

「左様ですか……不思議な調子です」

「博多では聞かんだろうな。九州どころか西国一の町に無いものが、この府内にはある。多少の格を誇る寺などはどの町にもあるが、学寮はまだ限られている。この町の格を高めていると思わないかね」

「は、はぃ」


 備中の情報において、義統公は、義重公が臼杵に移った後も、この町で過ごす日々が多かったはずである。愛着も深いのだろう。


 しかしながら、義統公の口調には明るくないものも混じっている様に聞こえる。その為、ゴマスリ太鼓持ち武士の森下備中としても、同意の声がか細くなるが、どうもそれを契機に流れが変わったようだ。義統公曰く、


「そなた、吉利支丹になろうと思った事はないのか」

「は、はい」

「何故かな」

「そ、祖先のことが……頭に浮かぶもので……」

「そうだな。吉利支丹宗門の教えは、我々の祖先について重きを置かないからな。もっと個人的な神との関係に関するものだ」


 義統公の講釈が始まった。

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