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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
423/505

第422衝 凝望の鑑連

 佐嘉勢が出てこない。それだけで、鑑連の負担は少なくなる。大友方、というよりも鑑連が責任を負う領域もじりじりと拡大していく。これは喜ばしいことで、立花山城の雰囲気は明るい。


 ある時、備中が業務をこなしていると、武士の声が聞こえて来た。


「最近、佐嘉の頭領について悪い噂が多いな」

「博多の連中にあれだけ嫌われれば。ま、多少はね。話を伝えて来てるの、その連中だろ」

「残忍、残酷だけならともかく、呑ん兵衛、怠け者まで加わってる」


 佐嘉の頭領は家督を息子に譲り、隠居の身という。それは鑑連と同じように形ばかりであることを知らぬ者はいない。


「真の隠居の心境に達したとか?」

「まさか。謀反の対処ばかりしてるし、倅の評判は可もなく不可もなく。安心して引き込める状態でもないだろ」

「なら本当に荒れてるのか。何故かな」

「上手く行かないことが多いんだろ」

「というと?」

「本当なら大挙して肥後に攻め入りたいのに、あちこちで頻発する謀反。その謀反勢は当然、我らが殿の動きを注視している。そして佐嘉勢は、本当の意味で殿に勝ったことがない」

「そうか!板挟みなのか。で、イライラしてると」

「なのに原田勢とか筑紫勢は、佐賀勢を利用しようと、勝手に殿と戦ったりしている」

「じゃあ、龍造寺山城守の悪い評判はしばらく続くかな」

「きっとな」

「大した分析じゃないか」


 同感の備中。誰かな、と覗いてみると、解釈を垂れているのは内田の倅であった。ふと、老いを感じるのであった。



 山の新緑を眺めている鑑連に近づく備中。


「と、殿」


 緑を嗜む老人は相性が良いが、鑑連だと戦争の匂いがするのみである。古希となったのに、この印象は天性のものなのだろう。


 眺めている方角としては古処山か。秋月種実の戦略について思いを致しているのかもしれない、と想像しながら恐る恐る報告する備中。


「お知らせが二つほど……」

「うん」


 一つは、織田勢が四国へ攻め入る準備を開始した、というものである。織田勢の敵は、土佐勢である。


「織田勢の用意する兵力は?」

「少なくとも、す、数万とのこと……」

「大将は」

「織田右府の庶出の息子の一人ということです」

「参謀に吉利支丹門徒はついているか?」

「と、特別な報告はありません」

「なら、この勝負、織田勢が勝つな」


 あっけらかんと言い放つのみの鑑連である。一条殿を追放した土佐勢は国家大友の敵であるから、望ましいことではあるのかもしれない。しかし、土佐、伊予にまで織田勢が進出してくれば、国家大友もついに織田勢を目前に見ることになる。鑑連には感じるものは無いのだろうか。


「もう一つは?」

「は、はい。その織田右府に呼ばれて、博多の衆が、上洛するとのこと」

「そんな話がありそう、とは年始に島井から聞いていた。表向きは、博多の町とその守護者である国家大友をどうぞよしなに、ということだろうが」

「表向き……」

「実際は、織田勢の九州到達後のネマワシだろうよ」


 よかった。鑑連も織田勢の存在を変化の予兆として認識しているようだ、とホッとする備中。が、鑑連は不吉なことを述べる。


「その時、国家大友が筑前に足を置いておける保証など無いがな」

「えっ」

「島井の本音としては、憎き佐嘉勢を駆逐できないワシや義鎮よりも、織田右府に期待したいところだろう」

「で、ですが織田勢が容易に勝利できる保証もまた、無いのではありませんか。織田勢が相手になる以上、土佐勢は安芸勢と結ぶはずです。織田右府にとって、これは大きな障壁であるはずです」

「聞けば織田右府は戦場から遠ざかっているという。かつての頼朝公のようにな。それならば、我らがフランシスコ殿とのように、惨めな逃避行をにより名声を損なうこともない。日向攻めの大敗は国家大友にとって大打撃となったが、織田勢は二十万もの兵の主人だ。如何に安芸勢と言えども、兵力差が大きすぎる。手こずりはしても負けることはあるまい」

「で、では国家大友も織田勢に対して積極的な協力を与えれば、織田右府の心証良く、本領安堵を得られるのではありませんか」

「すでに、義鎮は織田右府に打倒安芸勢への協同を約束しているらしい」

「おお」

「そういう情報もある、ということだ。考えて見ろ。今の国家大友のどこに、それを為せる兵がある。大将は何処へ?」


 自嘲するような鑑連だが、備中は即、断言した。


「殿をおいて他には」

「ワシはこの筑前から動けんだろうが」


 何を言う、と否定の鑑連へ、心を込めて説く備中によると、


「この筑前で親安芸勢と対峙し続ける、それだけで、遠い畿内の織田勢にとっては、殿が頼もしく見えるに違いありません」


 ということになる。だらしの無い国家大友には不可能な評価も、日の出の勢いの織田勢からは期待できる、と備中は力説したのだ。そしてそれは、鑑連が得て然るべき正当な評価であるはず。


 が、鑑連はプイと横を向いてしまった。織田右府と言っても所詮が成り上がり、気に食わないのかもしれない。備中は心の本音を持って、鑑連の心へもう一歩の接近を試みる。


「義鎮公も殿をそう利用すると、私は考えます。何も無いままでは、織田右府は義鎮公の空手形に憤慨するのではありますまいか」

「む」

「織田右府が安芸勢と土佐勢を倒した時、こう言うはずです。門司の突破はならずとも、安芸勢の後方撹乱に貢献した戸次伯耆守とはこちらの者です、と」

「あのガキ」


 怒りが込み上げて来た様子の鑑連に胸ときめく備中。やはり鑑連は怒っていてこそ、真価が発揮されるというものである。


 ふと、自分が奸臣のような行いをしている気になる備中だが、この状況では致し方ないだろう。人相悪く、鑑連は山を睨み続けるのであった。

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