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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第41衝 術中の鑑連

「氏貞が城にいないだと?」

「はっ、間違いありません」

「根拠は」


 これは直感であるが、勘です、などとは決して言えない森下備中、青い顔をして隣に並ぶ安東が下がりたがっているのが伝わってくるため、機会を与え無いように、出来るだけ論理的に説明する。


「大内家の代官だった者を、この城で見かけたという声がありました」

「だからなんだ」


 呆れ顔の鑑連だが、短期決着と行かない攻城戦に無関心ではいられない幹部連はそうではない様子。備中、勇気を胸に踏み込んでいく。


「大宮司氏貞の潜んでいる場所はどこか、それはワカリません。海かもしれない。ですが、現に我々は宗像郡の入口であるこの地から動けずにいます。これこそ策略に違いありません」

「策略だと」


 鑑連のこめかみがズクりと痙攣した。


「……大友方をここで食い止め、被害を最小限に抑えること、つまり田北様ご指摘の陽動か」


 そう発言したのは由布である。にわかに幹部連の発言が活発になる。


「確かに救援が来るまで堅守するような戦い方ではある」

「城の周囲に敵の姿は無かったのは、時間を稼ぐためか」

「だが、どこから救援が来るというのか」

「安芸勢ではありませんか」


 備中の一言により、沈黙が広がる陣幕。それがもし事実なら、という隊長らが感じた恐怖が備中にも伝わってきた。戸次叔父が発言の真偽を問い質すように、備中へ向き直る。


「安芸勢が、なぜだ」

「安芸勢は、博多の町を欲しているのだと考えられます」

「石見の銀山があるのに?」

「いや、あれを安芸勢はまだ確保していないと聞く。資金難の安芸勢は是が非でも博多が欲しかろう」


 さすがは筑前の情報通、と会話の助け船を渡してくれた立花殿に感謝する備中続けて曰く、


「殺された大内殿の仇を討ったのは、安芸勢の統領たる毛利元就。旧大内領全てを手中にする資格がある、と考えているのではないでしょうか」


 なかなか自分も世情に通じてきた、と自賛の気分も湧いてくる備中。そこに鑑連太い声で言うには、


「我が大友家と毛利家は不可侵を約束している」


 えー、それは知らなかった。しかしまだ弁は走る。


「それも相手に守る気が無ければ……」

「備中!」


 鋭い雷が落ちた。反射的に片膝ついて頭を垂れた幹部連だが、雷の耐性が付いてきたのか、備中は片膝ついた所で止まった。面を上げている者は二人、備中と立花殿である。立花殿、備中へ質問する。


「備中殿、大内家の代官だった者が、亀山城内にいるというが、噂は誰を指しているか、ワカるかね?」

「申し訳ありません。そこまでは……」

「いや、見当はつくのだ。元々、亀山城主は河津といい、確かに大内家の代官だった者だ」


 鑑連の質問。


「どのような人物かね」

「今の当主は若輩者だが、彼の叔父はやはり大内殿が虐殺された時に、最期まで主君を守って戦い、斃れている」

「つまり?」

「あー、つまり……その……」


 口にし難いことを確信的に平然と尋ねるのは主人鑑連の悪い癖だと感じていた備中、身分の差を弁えずに飛び込んでいく。


「仁義に厚い……」


 無言で頷く立花殿。つまり仁義に反してばかりの国家大友とはそもそも相性が悪い、と言うことだ。


 いよいよ不愉快が蓄積されてきた鑑連だが、亀山城の守りは堅く、長期戦を覚悟しなければならない程であった。


「亀山城が敵主力である事は間違い無い。今の時点で、他の手など打てようはずがない。不安があるなら一日も早く城を落とせ!気合いを入れろ!」


 鑑連も経過に不安を感じているのだろう。落ちた雷の数はそれほど多くなく、迫力も大したことはないのであった。



 そんな折、ついに急報が入る。


「大変です!豊前門司城に安芸勢が入りました!」

「何!」


 騒然とする陣幕内。一人冷静な由布が使者に尋ねる。


「安芸勢の目標はどこか」

「この宗像郡と思われます!」


 全員が背筋に冷たい嫌な汗を感じた。備中や立花殿の予想どおりではないか。


「いけない、このまま攻城戦を続けていれば、挟み撃ちになる!」

「殿!」


 こんな時とばかりワシを囲んで平伏しおって……と言う主人鑑連の怒りが備中に伝わってくる。


「殿!」

「黙れ!」


 家臣どもの催促に怒りを破裂させる鑑連。思えばこれは、鑑連最大の危機かもしれない、と備中しみじみと運命の妙なる采配に感じ入る。だが、危機に対し後手に回る鑑連では無い、とも思うのだ。行動力では誰にも負けないはずだ、と。苦々しく、だが決意を込めて吐き出した言葉は、


「全軍早急に豊前企救郡へ向かう、急げ!」


 そう、それしかないのだ。義鎮公が筑前豊前の守護であるならば、国を守ることは義務なのだから。


「我ら立花隊は、宗像兵が追撃をしないよう、残留して見張っていよう」

「ああ。由布!お前の隊が先方となって宗像郡を一気に走り抜けろ!決して、敵の進軍を許すな!」


 由布が無言で頷き足速に陣幕を出ていくと、鑑連は吠えた。


「吉岡ジジイや臼杵は何をしているのか!」


 猛る鑑連の目が怪しく光る様を、備中はえもいえぬ恐怖そのものとして捉えた。主人鑑連が恐ろしいのは敵に対して果敢であることによるのではない。同胞に対しても容赦のない批判を実行するから、誰もが恐れているはずなのだ。


「安芸勢の侵攻、誰の不始末かわからないが、誰を批判し陥れるのかな……」


 手に持つ鉄扇が歪むほどの怒りを表す鑑連の姿を見て、備中は未来に不吉なる予感を感じ取った。

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